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彼の告白と

 久しぶりにルパート様とウォルフォード家でお会いできたのは、半月ほど経ってからだった。


 いつものように先に到着していた私は、レイラ叔母様と一緒に玄関でルパート様をお出迎えし、ルパート様の提案でそのままお庭に出た。

 ふたりきりになると、やはり私たちの間の空気は硬くなった。これを壊してくれる存在は見当たらない。


 お庭の真ん中あたりまで歩くとルパート様は足を止め、1度深く息を吐いてから私のほうを向いた。私もルパート様を見つめ返した。


「私があなたにお話ししなければならないのは、私は1度婚約していたということです。相手は1つ歳下の子爵令嬢でした」


 ルパート様は前置きなく本題に入った。お話がやはりそれだったので、私は少しだけ肩の力を抜けた。

 私が驚かなかったせいか、ルパート様が尋ねた。


「アメリア嬢、どこかで私についての噂を耳にしましたか?」


「はい」


 私は頷いた。ルパート様がきちんとお話してくださるのだから、私も嘘は吐かないと決めていた。


「そうでしたか。もう5年も前のことなのに、なかなか消えないものですね」


 ルパート様は一瞬だけ疲れたような表情を浮かべた。


「あなたが噂で聞いてしまう前に私の口から話すべきでした。申し訳ありません」


 私は今度は「いいえ」と首を振った。


「あなたが聞いた噂は、私が婚約者に怪我をさせたうえ一方的に婚約を破棄し、そのせいで彼女が社交界から消えた、というものですね?」


「そうです。でもルパート様がそんなことをなさるなんて、私には信じられません」


 ルパート様は微笑んだけれど、どこか苦しそうだった。


「私が婚約者に怪我をさせたこと、一方的に婚約破棄をしたこと、そして彼女が今の社交界にいないことはすべて事実です」


 私は思わず息を呑んだ。


「……事実ではあるのですが、歪曲された形で広まっているように私には思えるのです」


 そこでルパート様は再び深く息を吐いた。


「私がその令嬢と初めて知り合ったのは12歳の頃、どこかのお屋敷の庭園で開かれたパーティーかお茶会でした。子どもも大勢いて、もしかしたら子ども同士の交流のほうが主な目的だったのかもしれません。小さな子たちは男女関係なく遊んでいましたが、私くらいの歳の者たちは何となく男女で分かれて過ごしていました」


 私も同じようなパーティーに参加した経験があった。私の場合は、女の子と仲良くなりたかったのに男の子たちに絡まれてしまい、あまり楽しかった記憶はない。


「その中で、なぜか女の子がひとりだけ私たちのそばにいて、こちらを窺っていました。私たちが場所を移動しても、ついてくるんです。それで私たちはどうにか彼女から離れようとして、皆で示し合わせて同時に駆け出しました。鬼ごっこをするような軽い気持ちだったのですが、慌てて追いかけようとした彼女が転んで泣き出しました」


 確かに男の子たちがとった行動が正しかったとは思えない。

 だけれど、その女の子の気持ちも私には理解できなかった。11歳にもなって淑女の卵らしからぬ振る舞いだ。


「他の者たちはそのまま逃げてしまいましたが、私は彼女のところに戻って助け起こしました。彼女は手のひらと肘に擦り傷ができていました。彼女の泣き声に気づいた数人の大人たちが集まってきて、女の子に怪我をさせて泣かせたと私を非難する声も出ました。私が説明しようとしても言い訳するなと言われ、彼女は泣くばかりだし、一緒にいた者たちは戻ってこない。その出来事がきっかけとなって、後日、私は彼女と婚約することになりました」


 私は瞬きをした。


「つまり、婚約者に怪我をさせたのではなく、怪我をさせたから婚約をしたということですか?」


「そういうことです」


 何だか理不尽だと感じるのは私がルパート様を通して知ったからではないはずだ。


「転んで怪我をしたのはその令嬢の自業自得ではありませんか。それに、ルパート様ひとりに罪を押しつけた他の方たちは卑怯です」


「まあ、私に罪がなかったわけではありませんし、仕方ないと思いました。女性には優しくしろと、幼い頃から姉たちに教えられていましたし。それなのに、後でその姉たちから、なぜおまえも逃げてしまわなかったのだ、こんな簡単な罠に嵌るなんて、と言われました」


「罠?」


「その令嬢は、何とかして上位貴族の子弟を捕まえるよう家で言い含められていたのだろうと、私の父が」


 なるほど、令嬢の行いはそのためだったのか。娘にそんなことをさせる親もこの世にはいるのだ。


「それでも私は、婚約者となったからには彼女を大切にして、将来のために信頼関係を築いていこうと決意しました。両親も、彼女を嫡男の婚約者に相応しい淑女にするべく教育してくれました。学園の学費を出したり、ドレスを贈ったりもしました」


 私は心の中で首を傾げた。

 いくら婚約者でも、学費まで出すものなのだろうか。令嬢の実家に問題があったのではないかと邪推してしまう。


「学園に入学し、社交界デビューし、私たちは婚約者としてそれなりにうまくいっていると、私は思っていました。彼女が学園を卒業したら結婚するはずでした。ところが、彼女はある日突然姿を消しました。伯爵家の嫡男と駆け落ちしたらしいと、後にわかりました」


「駆け落ち……?」


「それこそ社交界で醜聞になっておかしくないことだったのに知られていないのは、おそらく伯爵家の対応が早かったためでしょう。伯爵は長男の病気を理由に嫡男を次男に変更し、長男は領地で療養していると公表しました。ふたりの関係どころか、ふたりに接点があったことさえ、周囲の人間も気づいていなかったので、ふたりが同時期に姿を消したにも関わらず、結びつけて考えられなかったのです」


 ルパート様はどこか納得していないように見えた。私も同じ。

 疚しい関係なら親しい人にも隠そうとするのは理解できるけれど、まったく誰にも気づかれないなんて不可能な気がする。協力者がいたのだろう。


「子爵家から最初に我が家に伝えられたのも、彼女が病のためしばらく学園を休ませるということでした。彼女を見つけて連れ戻し、予定どおり私と結婚させるつもりだったのでしょう。しかし、父が子爵の様子に違和感を覚えて調べ、出た結論が駆け落ちだったのです。父はその結論とともに私たちの婚約破棄を子爵に突きつけました」


 あまりに当然の流れに、私は頷いた。


「もちろん子爵は否定しましたが、我が家からすれば婚約を続けるわけにいきません。ただ、婚約者だった彼女への情けとして、公には婚約破棄の理由を彼女の駆け落ちではなく病ということにしましたし、慰謝料の要求はしませんでした。ところが、それからしばらくして、社交界で噂が立ったのです。私が婚約者に怪我をさせたうえに一方的に婚約を破棄した。そのために彼女は社交界に出てこられなくなったのだ、と」


「駆け落ちを公表してしまえばよろしかったのではありませんか?」


「そのとおりなのですが、宮廷にも彼女の病を理由に婚約解消の届けを出していましたから、その当時は躊躇ってしまったのです。その間にまるで別人のような人物像が私のこととして広まってしまい、状況に耐えられなくなった私は、学園を卒業してすぐに都から逃げ出しました。宮廷に入るまで3年も領地にいたのは、そういうことです」


 現在の私と同じ歳だったルパート様の心情を思うと苦しくて、涙が出そうになった。でも、ぐっと堪える。


「私が話したことはあくまで私の主観ですから、彼女の側からすれば別の主張があるでしょう。彼女と信頼関係を築こうと努力したつもりでしたが、私は彼女の本心をまったくわかってあげられなかったのですから」


「その方のお気持ちなんて、私にはどうでもいいです。辛い思いをなさったのはルパート様なのに、あなたは優しすぎます」


 ルパート様を責めるつもりはないのに、強い口調になってしまった。

 それなのに、ルパート様は目を細めて微笑んだ。


「優しいのはあなたでしょう。私などのために泣いてくださって」


 私が涙を堪えていることに、ルパート様も気づかれたようだ。


「私が泣くのはルパート様のことだからです。自分を裏切った相手に優しくなんかできません」


「私だって、長いこと彼女を恨んでいました。多少なりとも彼女の心情を考えられるようになったのは、アメリア嬢と出会えたからです。彼女の駆け落ちがなければ、こうしてあなたと向き合える今もなかったのですから」


 ルパート様の右手が、私の左手をそっと握った。私はその手を見下ろしてから、再びルパート様を見上げた。


「先日も言いましたが、あなたの相手がこんな私でいいのだろうかとずっと悩んでいました。ですが、今さら身を引くことなどできませんでした。私はあなたを守りたい。ご両親と比べれば私の持つ力などちっぽけなものだと自覚していますが、それでもあなたを堂々と守れる立場がほしい」


 ルパート様は静かに私の前に跪いた。


「アメリア・コーウェン嬢、どうか私と結婚してください」


 今度こそ、私の目から涙が溢れ落ちた。早く応えたいのに、喉が詰まって言葉が出てこない。ただコクコクと頷き、私の左手を取っていたルパート様の右手を、両手でしっかりと握り返した。

 ルパート様は立ち上がると、私の涙をハンカチで拭ってくださった。


「ル、パート様」


 私はようやく声を絞り出した。


「はい」


「ルパート様を誰よりもお慕いしています。初めてお会いした時からです」


「私も、アメリア嬢が誰よりも愛しいです」


 ルパート様は彼の右手を握ったままの私の手を引き寄せて、そっと口づけた。

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