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我が家の夜会

 その後も、ハンプソン侯爵令嬢とアダムズ子爵令嬢は何かと私に近寄ってきて、私は知らぬ顔で笑っていることの辛さを改めて実感した。


 教室でひとり悶々とした気持ちを抱えているのが苦しくて、従妹のセシリアにだけは事情を打ち明けた。ルパート様の婚約に関しては触れずにおいた。

 ヘンリー叔父様とルパート様が仲の良いこともあって、セシリアはルパート様のことを私より前から知っていた。


「まったく、ガツンと言ってやればいいのに。皆、メリーの味方になってくれるわよ」


 セシリアはおっとりしたエマ叔母様似の顔立ちなのに、ヘンリー叔父様のような物言いをする。


「狭い学園の中で敵味方なんて……」


「学園は社交界の縮図なんだから、対立がないわけないでしょ。平和主義者のコーウェン公爵令嬢の前では猫かぶってるだけ」


「何だか私が馬鹿みたいに聞こえるわ」


「コーウェン家の力がそれだけ大きいという意味よ。まあ、そういうこととは関係なくバートン家はコーウェン公爵夫人派ですけどね。とにかく、これ以上舐められたら駄目よ。いざとなったら私が出てもいいわ」


 不敵に笑うセシリアは頼もしいけれど、彼女が出ることになる展開はやはり避けたかった。




 しばらくルパート様にはお会いできなかったけれど、何度かウォルフォード家を通して花束とお菓子が届いた。

 弟妹たちは、いつもお父様が買ってきてくださる高級店のお菓子とは違う下町のお菓子もすっかり気に入ってしまい、競うように口に運んでいた。


 私も新しいハンカチにマクニール家の家紋を刺繍して、水色の花のハンカチとともにルパート様に渡してもらった。


 ルパート様が婚約していたことや、婚約者がどんな方だったのかは気になるけれど、ルパート様以外の方にそれを尋ねるつもりはなかった。




 そうしているうちに、今度は我がコーウェン家で夜会を開催する日になった。


 私が学園を早退して帰宅すると、お母様が最終確認に余念なく動き回る一方で、お父様は引き攣った笑みを浮かべて落ち着かなげに居間の中をウロウロしていた。ブツブツと口にしているのは、主催者としての挨拶の文言だろう。


「父上、平気?」


 幼いながら普段と異なる様子に気づいたのか、メイが不安そうな顔でお父様に近寄って行った。


 お父様は少しだけ表情を緩ませて、メイを抱き上げた。


「大丈夫だよ、メイ。父上はやる時はやるからね」


「うん。父上、偉い偉い」


 メイは小さな手を伸ばしてお父様の頭を撫でた。多分、いつも自分がお母様にされて嬉しいことを、お父様にしてあげたのだろう。

 お父様の目がやや潤んだように見えた。


「メイは優しくて良い子だなあ」


「お父様、私は?」


「私は?」


 ロッティとアリスもお父様に纏わりついていった。お父様の顔がさらに緩んだ。


「もちろんロッティもアリスも、それからノアもメリーも皆良い子だよ」


 お父様は3人を代わるがわる抱き上げ、そのまま戯れ合いになった。ロッティやアリスを相手にダンスの真似事もしている。

 緊張が解れるのはいいけれど、夜までに疲れてしまわないかと心配にもなった。




 夕方になり、支度を整えた私はお父様お母様と一緒に会場である大広間に向かった。

 ノア以下の弟妹たちはお屋敷の奥でお留守番だ。私たちを見送る時、メイはノアの腕の中ですっかり眠ってしまっていた。


 この夜も私のエスコートをアシュリーに頼んでいたので、ウォルフォード一家も早めにやって来た。


「ルパートも来るそうよ」


 レイラ叔母様が私にそう囁いた。


 途端に私の頭の中に、ルパート様の婚約のことが思い浮かんだ。

 だけど、おそらくルパート様の仰った「次に会ったら」というのは、約束したうえでウォルフォード家で会う時のことだろう。夜会でゆっくりと大事な話をできるとは思えない。

 だから、今夜はルパート様にお会いできることを単純に喜んでしまおう。


 それから、徐々にお客様が訪れはじめた。

 私はお父様お母様と並んでお出迎えしながら、ルパート様がいつ現れるかとソワソワしていた。だけど、ルパート様の姿が見えないまま、開会の時間になってしまった。

 遅れていらっしゃる方もいるので、落胆はしなかった。


 お父様は無事に主催の挨拶を終えられた。もちろんお母様がピタリと隣に寄り添っていた。

 ふたりが手を繋いでも皆が温かい目で見てくれる領地のパーティーとは違い、意味ありげな視線を交わしたり、何かヒソヒソと囁き合ったりする方々も見受けられた。

 きっとあの方たちもお父様とお母様の前に立てば、「本当に夫婦仲がよろしくて羨ましいですね」なんて仰るのだろう。


 陰で誰に何を言われようが仲の良いふたりは、堂々と見つめ合って最初のダンスを披露した。お父様はやっぱりステップを踏み間違えたりしているけれど、ふたりともとても楽しそうだった。

 私もアシュリーと踊ったけれど、どうしてもルパート様のことを考えて気もそぞろになった。


「別にいいけどね」


 アシュリーは呆れ顔だった。


 ダンスを終えてから私はアシュリーと分かれ、大広間の入口あたりをウロウロしていた。我が家での夜会なので、いつもより叔父様叔母様方の目も厳しくなかったのだ。

 近くにいる方々に話しかけられて返事をしながらも、絶えず人の出入りを気にしていた。


 だが、ふいに思いがけない顔が扉からこちらを窺った。ノアだ。

 ノアも私に気づくと手招きしてきた。珍しく焦った表情をしているので、会話していた方々に断わってからそちらに近づいた。


「姉上、メイを見ませんでした?」


「見ていないけど、いないの?」


「はい。あれからメイは居間のソファに寝かせてたんですけど、いつの間にかいなくなってて」


「誰も気づかなかったの?」


「皆、夜会の様子が気になってこっそり覗いたりしてたから」


 ノアが申し訳なさそうに言った。私もデビュー前は同じことをしていたので、責めることはできなかった。


「奥のほうは探してるんだけど、まだ見つからないんです。母上や父上にも知らせたほうがいいでしょうか?」


 私は悩んだ。

 夜会の主催者であるお父様とお母様は忙しい。それに、お客様にまで知られて騒ぎになってしまうのは望ましくない。だからと言って、ふたりに知らせなくていいとも思えない。


「もう少し探してみましょう。私も会場を探すわ。それでも見つからなければお母様にお知らせする」


 ノアが頷いた。


「じゃあ僕は庭を見てきます」


「もう暗いから気をつけて」


 そうしてノアと分かれようとした時、向こうから歩いてくる背の高い姿が目に入った。私はハッとして、そちらを見つめた。


「どうかしましたか?」


 私とノアの顔を見比べて、ルパート様が尋ねた。


 ルパート様の存在は、やはり私を安心させる。私はつい本当のことを口にしてしまった。


「実は、メイがいなくなってしまって」


「それは心配ですね。私も探しましょう」


「いえ、ルパート様はどうぞ夜会を楽しんでください」


「このままでは楽しめませんよ。最後に見たのはどこでしたか?」


 ルパート様の問いに、ノアが再び状況を説明した。


「それなら、ご両親に会いたくてこちらのほうへ来てしまった可能性が高いかな。奥から会場に来るにはどこを通るんだい?」


「屋敷の中は僕がここに来るまでにすべて探しました。あとは庭です」


「そうか」


「まさか、ルパート様が行くおつもりですか? 危ないです」


 夜会のために普段よりたくさんの灯りが点されているとはいえ、庭には暗い場所だってある。


「だからこそです。灯りを貸してもらえますか?」


「僕も行きます。少し待っていてください」


 急いでランタンを取ってきたノアとルパート様は、大広間からだと目立つかもしれないので、別の部屋から庭へと出るために屋敷の奥へと向かった。


 私は大広間に戻り、メイを探して歩いた。お客様用の入口は先ほどまで私が見張っていたが、メイなら他の入口だって知っている。

 たくさんの方がいる中をそれとなく移動しても、声をかけられれば無視するわけにはいかず、なかなか進めなかった。


 ようやくという感じでバルコニーへの出口まで辿り着いて庭のほうに視線を向けると、わずかに揺れる灯りが近づいてくるのが見えた。

 目を凝らしていると、やがて庭に点された灯りの中にルパート様とノアの姿が浮かび上がった。

 ルパート様がその腕の中に何かを抱えているのに気づいて、私は咄嗟に駆け出した。それがメイだとはっきり確認できると、安堵の溜息が漏れた。


「メイ」


「茂みの中に座り込んでたんです。母上に会いたくて賑やかなほうに来ちゃったけど、途中で、皆と良い子で待っているようにって言われたのを思い出したみたい」


 ノアもホッとした様子で言った。


「とにかく見つかって良かったわ。ほら、メイ、こちらにいらっしゃい」


 私はメイへと両手を伸ばしたけれど、メイはルパート様にしがみついて離れなかった。


「僕がちょっと厳しく言ったから、拗ねてるんです」


 ノアも拗ねたように口を尖らせた。


「面倒をおかけして申し訳ありません」


 私はルパート様に深く頭を下げた。


「いえ、無事で何よりです。このまま奥まで連れて行きましょう」


 メイの様子を見ると、ルパート様の言葉に甘えるしかなさそうだ。

 そう思って、返事をしようとした時だった。


「誰? そこで何をしてるの?」


 突然、背後から聞こえてきた鋭い声に、私は振り返って目を見開いた。

 お父様が猛然と走ってきたかと思うと、ルパート様の腕から強引にメイを奪った。メイは吃驚して大声で泣き出したが、構わずお父様はしっかりと抱きしめた。


「メイをどこに連れて行くつもりだったの?」


 お父様は今まで見たことのない剣幕だった。私は慌ててお父様とルパート様の間に入った。


「お父様、違います。メイがお父様とお母様に会いたくてこちらまで来てしまったのを、マクニール侯爵子息がご親切に見つけてくださったのです」


 メイの泣き声に負けぬよう、私も大きな声を出した。

 騒ぎを聞きつけてバルコニーからこちらを見ている方が少なからずいた。あの方たちにも、届けなければ。


「え?」


 お父様は私を見下ろして瞬きした。泣いているメイ、ノアやルパート様の顔も順に見つめた。

 険しかった表情が、毒気を抜かれて真顔になった。


「そう、なの?」


「そうです。僕がちゃんとメイを見ていなかったのがいけないんです。ごめんなさい」


 ノアがきっぱりと言った。


「……あの、メリーが慌ててバルコニーに出て行くのが見えて、どうしたのかと思って来てみたら知らない人がメイを抱いてたから、すっかり人攫いだと勘違いして」


 お父様がボソボソと仰った。

 勘違いはもちろん、会ったことがあるはずなのに知らないというのもルパート様に申し訳ない。


 いつの間にか、中庭にお母様もいらっしゃった。お父様を追ってきたのだろう。

 お母様はお父様の横に寄り添って立つと、お父様の腕の中にいるメイの頭や頬を撫でた。お母様に気づいてメイの泣き声が止んだ。


 さらにお母様はお父様とメイを纏めて抱きしめる形でご自分の両腕をお父様の体に回した。見る角度によってはただお父様を抱きしめているように見えるだろう。

 ルパート様だけでなくバルコニーにも人目があるのにお母様がそこまですることに少し驚いたが、よく見るとお父様の手は微かに震えていた。

 お母様は何度かお父様の背中を撫でてから、体を離した。


「セディ、我が家の庭に人攫いなんているはずがないでしょう」


 お母様はことさら穏やかにそう言った。


「うん、そうだよね。ええと、失礼なことをして申し訳ありませんでした」


 お父様はルパート様に頭を下げた。ご自分の非を認めれば潔く謝るのはお父様らしいけれど、公爵に謝罪されてルパート様は目を瞠った。


「こちらこそ差し出がましいことをしました」


 ルパート様もお父様に頭を下げた。


「いいえ、子どもたちが色々とお世話になったようで、本当に感謝するわ」


 お母様もにっこりと笑って優雅に頭を下げた。おそらく、「子どもたちが色々と」には先日の私のことも含まれているのだろう。


 何にせよ、これでルパート様に新たな悪い噂が立つことはないはず。コーウェン公爵はマクニール次期侯爵に借りがある、という感じになれば、ルパート様を守る力になるかもしれない。


「ああ、セディ、メイの涙や鼻水で服がぐしょぐしょじゃない。1度戻って着替えないと駄目ね」


 お母様の言葉でお父様だけでなく、私やノア、ルパート様もお父様の胸元に注目した。確かにだいぶ濡れてしまっていた。


「本当だ」


「ふたりは夜会に戻りなさい。メリー、トニーに会ったら伝えておいてね。それから、私の分もしっかりマクニール侯爵子息にお礼をしてちょうだい」


 私はお母様の笑みにしっかりと頷いた。


 並んで中庭を歩きながら、私は改めてルパート様に向かって口を開きかけたが、ルパート様のほうが早かった。


「お礼や謝罪はもう必要ないですよ。過ぎるほどにいただきましたから」


「ですが、父が本当に失礼なことを……」


「お子様を本当に大切に思っていらっしゃるのでしょう。でも正直、驚きました。今だから言いますが、もっと冷たい方だと思っていたので」


 私は目を瞬いた。


「父が、ですか?」


「はい。宮廷でご挨拶に伺った時、ほとんど言葉をいただけず、無表情で睨まれたような気がしたもので」


 ルパート様のお話を聞いて、納得した。


「それは、初めてお会いする方だったので緊張していたのだと思います」


 それでも相手から目を逸らしたりしないよう、必死に顔を上げていたのだろう。


「一応、社交界デビューの時もご挨拶したので2回目だったのですが……」


 ああ、もう、お父様っ。


「申し訳ありません。父はお顔を覚えるのも苦手で。社交の場なら母の補助があるのですが」


 ルパート様は大らかに笑ってくださった。


「さすがに、今夜で覚えていただけましたよね?」


「もちろんです。父は受けたご恩は絶対に忘れませんから」


「恩などと言われるほどのことはしていませんが、せっかくなのでお礼はいただきましょう。アメリア嬢、私と踊っていただけますか?」


 ルパート様が手を差し出した。


 ルパート様とのダンスなんて、ルパート様へのお礼どころか私へのご褒美だ。


「はい、喜んで」


 私はルパート様と手を重ねて、バルコニーから大広間へと戻った。

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