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彼の噂

 帰宅後、私は夜会での出来事をお母様に報告した。


 バルコニーで私について語られていた言葉をお母様の前で口にすることには躊躇いもあった。

 だけど、コーウェン家の娘への誹謗をお母様に知らせないわけにはいかない。


 私の話を聞いたお母様は顔を顰めて深く息を吐いた。


「あなたには他国に婚約者がいるのではないかと憶測されていることは私も把握していたわ。公爵家の娘の婚約が決まっていないはずがないと思われたのね。我が家は外国にも縁があるし」


 外交官だったお祖父様、隣国に留学していたお父様、どちらも国の外に伝手があるのは間違いない。だけれど、おふたりこそ私を遠くへ嫁に出すことを望まないだろう。


「私のせいで婚約が延期になった方がいるというのは本当なのですか?」


「メリーのせいではないわ。そもそも令嬢の一方的な思い込みで、男性には最初から婚約するつもりはなかったようよ。たまたま男性のダンスの誘いをあなたが受けたから、巻き込まれたのね」


「そういう話はいつ頃から流れていたのですか?」


「今シーズンになってからかしら」


「今まで何も知らず、私は呑気だったのですね」


「親としては、呑気なままでいてほしかったのだけど」


「お父様もご存知なのですか?」


「いいえ。でも、公爵家に生まれようと王族の血を引こうと、平穏に暮らせるわけでないことはお父様が1番よくわかっているから、メリーのことも心配しているのよ」


「お父様のことまで酷く言う方がいるのですか?」


「ああ、いえ、そうではないわ。お父様が言われるのは、せいぜい『伯爵家の娘なんかにいいように転がされて』っていうくらいね」


 それもむしろお母様に対しての言葉だけど、お母様はちょっと可笑しそうな顔で口にした。


「どうしてお母様はそんな風に平然としていられるのですか?」


「良い気分はしないけれど、セディが隣にいるのだから妬まれるのも仕方ないと思ってしまうのよね。何にせよ、私へのことだってお父様に聞こえるところでは誰も言わないわ。お父様が社交の場で私から離れないのは、そのためではないかしら」


「社交が苦手だからではなかったのですか?」


「もちろん、それもあるけれど」


「お父様はお母様のことも守っていたのですね」


 お父様はずっと私を守ってくださっていたのに、その庇護の下から勝手に離れたのは私なのだ。


「そうよ。でも、そのあたりはルパートも頼りにできそうで良かったわ」


 お母様はそう仰ったけれど、私は単純に喜べなかった。


「ですが、私を庇ってくださったことで、ルパート様やマクニール家にご迷惑がかからないでしょうか?」


「3人はどちらの令嬢なの?」


「ハンプソン侯爵家、ウェスト伯爵家、アダムズ子爵家です」


 お母様はチラリと考える様子を見せてから仰った。


「その3家なら当主はマクニール家と敵対することは望まないでしょう。娘可愛さに正常な判断力を手放すような愚かなことはしないはずよ」


 そこでお母様は普段は私たちに見せない種類の笑みを浮かべた。


「むしろ、その危険が1番高いのはあなたのお父様ね」


 万が一お父様が今夜のことを知って何らかの措置をと考えても、お母様が反対すれば諦めるはず。

 だけど、お母様の表情を見ると、反対するつもりはなさそうだ。ご自分のことなら笑って流すのに。

 私のために腹を立ててくださっているのはありがたいけれど、大事になるのは居た堪れない。例え、苦境に立つことになるのがあちら側だとしても。


「私は仕返しのようなことはしたくありません」


「あら、そう?」


「学園の卒業まであと半年ほどですし、できればこのまま穏やかに過ごしたいです」


「あなたらしい賢明な判断ね。でも、何も知らない顔で笑っているのは辛い時もあると思うわよ。それに、相手が同じように考えてくれるとは限らないし」


「あちらは我が家との敵対だって望まないのではないですか?」


「あくまで当主は、ね。令嬢方もメリーの悪口を言ったなんて親にも正直には言えないでしょうけど、だからこそ何か企むかもしれないわ。メリーが聞いていたことに気づいていないなら、ルパートより先に自分たちに都合良く脚色した話を吹き込んであなたを味方にしようとする、とか」


「それなら、ルパート様にご迷惑をかける可能性はあるということですね?」


「メリーが令嬢たちの戯言に心を揺らしたりしなければ大丈夫でしょ」


 お母様の言葉に私はしっかりと頷いた。




 翌日、休み時間の教室で私に近づいてきたのは、マクニール家のバルコニーにいた令嬢のうちのふたり、ハンプソン侯爵令嬢とアダムズ子爵令嬢だった。


「メリー様」


 前夜のことなどなかったかのように、いつもどおりの笑顔を浮かべている。ふたりともやはり私があれを聞いていたことに気づいていないのだ。


 私は体が竦みそうになるのを堪えて、微笑を返した。私はお母様の娘だ。心の内を隠してきちんと笑ってみせる。


「昨夜、マクニール家の夜会にいらっしゃいましたね」


「あら、あなたたちもいらしたの? お会いしなかったわね」


「私たちは早めにお暇しましたので」


「ところでメリー様、以前、別の夜会でマクニール次期侯爵とダンスをされていましたわよね?」


 ルパート様が話題に上ったので、私の警戒心が強まった。


「ええ、何度か誘っていただいたわ」


 そこで、ふたりの顔から笑みが消えた。


「あの方とは、あまり親しくされないほうがいいと思いますわ」


「どうして?」


「あの方は、女性を人とも思わないような方なのです」


 いつかレイラ叔母様は真逆のことを言っていた。こんな嘘を私に吹き込んで、ルパート様を貶めようとするなんて。お母様の言葉どおりだ。

 今まで私が知らなかっただけで、きっと彼女たちはそういうことをできる人間だったのだ。


「マクニール次期侯爵はとてもそのような方には見えませんが」


 不快な気分が表に出ないよう、私は必死に平静を装った。


「メリー様はあの方に関する噂をご存知ありませんの?」


「噂?」


 私は首を傾げてみせた。今度はいったい何を言うつもりなのだろう。


「マクニール次期侯爵は婚約者に怪我をさせたうえ、一方的に婚約破棄をしたそうです」


「……まさか」


 思わずそう口にした私に、ふたりがしたり顔になった。


「本当ですわ。婚約者だった方は子爵家の令嬢だったのですが、そのために社交界から姿を消してしまったんです」


「信じられないわ。もし婚約破棄をされたのだとしても、きっと何か理由があったのよ」


 声が震えそうになって、自分が動揺していることに気がついた。


「ですが、昨夜は私たちもあの方から理由もなく恫喝されて夜会を追い出されたのです。とても恐ろしくて、身の危険を感じるほどでしたわ」


 ハンプソン侯爵令嬢の言葉にアダムズ子爵令嬢が頷いているけれど、私の頭は冷静になった。

 昨夜、ルパート様がそんなことをしていないのは、私が知っている。


「ごめんなさい。やはりあなたたちの一方的なお話だけでは私には判断できないわ。マクニール次期公爵のお話も聞いてみないと」


 私がそう言うと、ふたりがやや焦ったように見えた。


「そんなことをしたらメリー様も危険です。もうあの方には近寄らないほうがいいですわ」


 結局は、ルパート様と私を引き離すことが、彼女たちの目的なのだ。


「だけど、真偽のわからない話を鵜呑みにしてそれを広めるようなことをしては、父に叱られます。父はそういうことをとても嫌うので」


 本当はお母様に言われたことだけど、こういう場合はお父様を出しておいたほうがいいだろう。それに、多分お父様だってお母様と同じお考えだ。


 ようやく次の授業の開始を知らせる鐘が鳴り、まだ何か言いたそうな様子でふたりはそれぞれの席に戻っていった。

 私はホッとしながらも、どうしても1つのことが頭の中から離れなかった。


 ルパート様は、婚約していたの?


 少なくともルパート様が婚約していたかどうかは、調べればすぐにわかることだから、事実なのかもしれない。

 だけど、ルパート様が婚約者に怪我をさせたなんて、とても事実とは思えない。


 ユージン叔父様かレイラ叔母様ならきっと婚約破棄の理由も含めて詳しく知っているに違いない。本当に社交界で噂になったことなら、お母様だって耳にしているはず。


 もしかしたら、ルパート様が私に話そうとしているのはこのことなのではないだろうか。きっとそうだ。


 私は昨夜のバルコニーで見たルパート様の姿を思い浮かべた。令嬢たちの言葉を聞いても、ルパート様は揺らぐ様子もなく私を信じてくれた。

 私も卒業までの平穏を望むより、あの場を見ていたことを伝えて、ふたりの言葉をもっとはっきり否定すべきだったのだろうか。そんな後悔が頭を過ぎった。


 とにかく私もルパート様を信じて、約束どおりルパート様が話してくれるまで待とう。

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