コーウェン家の団欒
セディはどんなお父さんになるんだろうと気になったので書いてみました。
よろしくお願いします。
我が家はお母様のおかげで成り立っている。
もちろん、お祖父様から爵位を継ぎ、現在コーウェン公爵を名乗っているのはお父様だ。
しかし我が家ではお父様の公爵としてのお仕事の多くがお母様なしには進まない。領地経営しかり、社交しかり。お母様がその大部分を担っていると言えるだろう。
他家と同様に、お屋敷の中を取り仕切るのもお母様の役割。お母様は完璧な女主人だ。
別邸で暮らすお祖父様やお祖母様、それにお屋敷の使用人たちからのお母様への信頼はぶ厚い。
お父様も宮廷では国王陛下の優秀な秘書官だという。宮廷でのお父様の姿を見る機会がない私には上手く想像できないけど。ちなみに、陛下はお父様の従兄にあたる。
さらに、これは社交界デビューしてから知ったことだが、お父様とお近づきになりたい女性は今だに多いらしい。確かにお父様は5人も子がいるようには見えないから、皆見た目に騙されているのだろう。
だけど、あまり社交の場が得意でないお父様は基本的にお母様から離れないので、女性たちの望みは残念ながら叶わない。両親はおしどり夫婦として有名だ。
お母様はいつも忙しいけれど、夜会など特別な予定がなければ夕食後の時間は必ず5人の子のために使ってくれる。
私たちは居間のソファに座ったお母様の周りを囲んで、それぞれその日にあったことや相談事を聞いてもらうのが常だ。
例えば、上の弟ノアは昼に家庭教師から教わったことを。妹ロッティは新しいリボンが欲しいと。もうひとりの妹アリスは仲良しのお友達の話を。下の弟メイはとにかくお母様にべったりとくっつけて嬉しそうにしている。
私は弟や妹たちの話が済むまで待つことにして一歩引いた。それなのに、お母様を囲む人数はやっぱり5人。この時間はお母様に相手をしてもらえないとわかっているのに、お父様が混じっているからだ。
私は呆れつつ、お父様の腕をとって弟妹の輪から引っ張り出した。お父様は眉を下げて私を見つめた。
「僕もクレアに聞いてほしいことがあるんだよ」
そんなことを言っても、実際にお父様が狙っているのはメイの位置だろう。部屋で2人になるまで待てない人なのだ。
「私たちが終わってからお父様でしょう。きちんと順番を守らないと、またお母様に叱られますよ」
私は腰に手を当てて、お父様に厳しい顔を向けた。これではどちらが親でどちらが子かわからないが、こんなことも我が家ではしょっちゅうだ。向こうでお母様が申し訳なさそうな表情で私に頷いてみせた。
ちなみに、お母様は決してお父様を蔑ろにはしていない。それどころか、何だかんだとお父様のために一番時間を割いているはずだ。
お父様は目を見開いて私を見つめ、それから嬉しそうに笑った。
「最近メリーはますますクレアに似てきたね」
私の顔立ちはお父様譲りだと皆に言われるし、自分でもそう思う。だからお父様の言葉は顔以外のことだ。
「私もお母様も長女だからではありませんか」
「そうだね。いつも皆の面倒を見てくれてありがとう」
娘に対してでも、何の衒いもなく感謝の言葉を口にするのはお父様の良いところだ。
けれど、5人も子を作ったのはお父様ですよ。
「お父様も、たまにはお母様と一緒にあの子たちの話を聞いてあげたらいかがですか?」
お父様だって子どもに無関心なわけではない。5歳になるまでひとりっ子だった私にはお父様に散々可愛がられた記憶があるし、お父様が私たちを愛していることもよくわかっているつもりだ。
ただ、お母様への関心と愛が大きすぎるだけなのだ。
私の言葉を聞いたお父様は、感心したような声をあげた。
「なるほど。そうすれば、僕は堂々とクレアの隣にいられるわけだ」
「いえ、そういうことではなくて……」
私が最後まで言わないうちに、お父様は再び輪の中に戻り、お母様の隣からメイを抱き上げて自分がそこに収まると、メイはそのまま膝に乗せた。
「僕にも皆の話を聞かせて」
メイは吃驚したようだが、お父様に抱かれることは嫌ではなさそうだ。さすがにお父様は子どもを抱くことに慣れている。お父様の動機は不純だが、まあいいか。
仕方ないわね、という顔でお父様を見てから、お母様が私を手招きしたので、私もそこに加わった。
「メリーは何かある?」
お母様の問いに、私は少々緊張しながら口を開いた。
「お母様に報告があります」
「あら、何かしら?」
「実は、求婚されました」
妹たちがきゃあとはしゃぎ声をあげた。
「ええええ。メリー、結婚なんてまだ早いよ」
「まあ、相手はあの彼?」
お母様が顔を輝かせて尋ねた。
「はい。ルパート様です」
「誰? ルパートってどこの誰?」
「それで、お受けしたのね?」
「はい。よろしいですか?」
「よろしくないよ。その人、何で先に僕のところに挨拶に来ないの?」
「もちろんよ。おめでとう」
お母様が私を抱き寄せてくれた。私もしっかりとお母様の背中に両腕を回した。
「ありがとうございます」
弟妹たちも口々に祝福の言葉をかけてくれる。
「ちょっと、何で皆そんなに呆気なく受け入れてるの? この家の当主は僕だよ」
私はお母様から離れて、敢えて先ほどから放っておいたお父様と向き合った。お父様、涙目だ。
「逆に、なぜお父様はルパート様の名前もご存知ないのですか? 今までもこの時間を利用してお母様にルパート様のことはお話ししてきましたから、お父様のお耳にだって入っているはずです」
「ルパート様ね、優しくて、僕好き」
お父様の膝の上からメイが援護するように言った。
「ルパート様が義兄上になるなら、何の心配もいりませんね」
ノアも大人ぶった口調で言った。ロッティとアリスも続く。
「いつも美味しいお菓子とか綺麗なお花をお姉様にくれるのよ」
「ねえ」
「そんなもので釣られたら駄目だよ。というか、皆会ったことあるの?」
「ルパートはユージンのお姉様のご長男よ。あなたも1度くらい会ったことあるのではない?」
ちなみに、ユージン様というのはお母様の妹レイラ叔母様の夫だ。
「ユージンの甥? そういえば、何年か前に宮廷に入ったって挨拶に来てくれたかも。顔はよく覚えてないけど」
お父様が思い出そうとするように首を傾げたが、すぐにハッとして眉を顰めながらお母様を見た。
「でも、メリーに求婚するなんて挨拶は絶対になかったよ」
「きっと近いうちにあるわよ」
不満顔のお父様に、お母様がにっこり笑って告げた。
「ルパートは真面目な人だし、メリーを大切にしてくれているわ。挨拶に来てくれたら、決してルパートを無碍に扱ったりしては駄目よ」
「でも、メリーはまだ17歳だよ」
お父様はさらに眉を寄せた。
「あなたは私と結婚した時の自分の歳を覚えていないの?」
「……17です」
「あなたは求婚と父親への挨拶の順番をどうこう言えるの?」
「……言えません」
お母様がお父様との距離を詰めたので、私からはお母様の表情が見えなくなった。
「いいわね、セディ?」
お母様の声は普段より少しだけ低かった。お父様は慌てた様子でコクコクと頷いた。
「お父様も認めてくださって良かったわね、メリー」
お母様が私に向かっていつものように微笑んだので、私もすかさずお父様に頭を下げた。
「お父様、ありがとうございます」
お父様は納得しきっていない表情だ。
「あ、う、うん……。ええと、ルパートって婿に来てくれるのかな?」
「ルパートは長男だと言ったでしょう。だいたい、家にはノアもメイもいるのよ」
今度はお母様が顔を顰めた。
「だって、メリーがいなくなったら淋しい」
「それはそうだけど、会えなくなるわけじゃないわ」
「それにお父様、とりあえず婚約するだけで、今すぐにこの家を出て行くわけではありませんから」
「本当? 2か月後には結婚とか、婚約してすぐ一緒に暮らすとかしない?」
「結婚には色々と準備が必要ですから、そんなことできませんよ」
そんな話をどこかで聞いた気もするけれど、私とルパート様に結婚を急ぐ予定も理由も今のところない。
お父様が確認するようにお母様の顔を見ると、お母様は柔らかい笑みを浮かべてしっかりと頷いた。
「あなたと私みたいに、メリーもルパートと幸せな結婚をできるよう、私たちにできることをしてあげましょう」
「クレアと僕みたいに?」
「ええ」
「……うん。わかった」
お父様も渋々ながら頷いた。
「お父様、私、お父様にウェディングドレスのデザインを決めてほしいわ」
お父様はお母様や娘たちに似合うドレスを選ぶのが得意だ。社交の場でいつもたくさんの人に褒められる。
「あら、ルパートに選んでもらわなくていいの?」
「ルパート様もそれがいいって言ってくれたわ。ね、いいでしょう?」
私が強請ると、お父様の顔が少し明るくなった。
「うん、いいよ。じゃあクレア、さっそくドレスの仕立て屋に注文して」
「でもその前に、あちらと正式に婚約を結ばないと」
「ああ、そうだね」
お父様は再び憂鬱そうになった。
お読みいただきありがとうございます。
登場人物の名前と年齢をまとめておきます。
コーウェン公爵家
長女 メリー (アメリア) 17
長男 ノア 12
次女 ロッティ(シャーロット) 9
三女 アリス 7
次男 メイ(メイナード) 3
父 セディ(セドリック) 35 秘書官
母 クレア 39