もしかして:知らない世界
「お前の母親随分若いんだな」
「いや、『キミたち』って言ったんだが聞いてなかったのか?」
白騎士の言葉を黒騎士が否定した。
「うーん、母親とは違うんだよ。まあ勿論そういう言い方をさせる人もいるんだけどさー」
女はうんうんと唸る。
「まあ端的に言ってしまえばキミたちはワタシの小説『アーマーズサモン』のキャラクターなんだよ」
絶句する男たちを他所に女は続ける。
「だからキミたちのことはよく知ってるよ。2人は地球から異世界に召喚された勇者。
まず、宮下誠也くん。年齢は16、家族構成は父母妹。それぞれ名前が幸夫、絵美、梨沙。中学の頃はサッカー部に入ってたけど、高校からは帰宅部。
そして、岡野浩太くん。年齢は17。家族構成は父母姉。名前が太志、美佳、燈子。中高ともに卓球部だけどほぼ幽霊部員。
うーん……、まあ大体そんな感じかな」
「当たってる……」
狼狽える白騎士――岡野浩太に対し、黒騎士――宮下誠也は警戒を解かない。
「そこまで知っている存在がなぜここにいる」
「いやあ、それが分かんないんだよね。ついさっきまで夢だと思ってたし」
女は静かに目を閉じて思い返す。この場所に来るまでに自身に起こったことを。そして、目を開くと2人に語りだした。
「ワタシ、たぶん死んだんだ。病気でね。2年ぐらいずっと入院してて、いつか死ぬかなーとは思ってたんだけど3日前ぐらいから調子が悪くなっちゃってさ。そこでもうポックリだよね。まあ幸いすごい苦しいってわけじゃなかったからよかったんだけどさ。ただちょっと未練があって、せめて書きかけの小説を誰かに読んで欲しかったなって。そしたらここにいたの」
「そうか……」
誠也は思いを巡らす。自身の未練――帰らなければならない理由に。
「つまりお前も望んでこの世界に来たわけではないと?」
「うーん、そうなるかな。ワタシどっちかっていうと壁になりたいタイプだし」
(壁……?)
誠也は軽い疑問を抱いたが、彼女が悪意を持ってこの場にいるわけではないとは理解できた。
「そうか。……お前をどうするかはあとで決めよう。今は、決着をつけるとするか」
「それもそうだな」
男2人は互いに向き合うと、腰元の剣を掴み、構える。
「ちょっと、ちょっと待ったー!」
女からの横槍に、彼らは構えを解く。
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「いや、だってワタシ知ってるし! キミたちしょうもない理由で戦ってるって!」
女は抗議を続ける。
「キミたちはこの国境付近の遺跡で偶然出会って、何となく敵同士だから戦ってるだけ。相手を倒そうっていうよりも相手の実力を測っておこうっていう意味合いが強い、そうでしょ?」
「まあ、確かにそうだけど……」
浩太が言葉を濁す。彼らは召喚されるまで普通の日本の高校生だった。敵側にとって重要な戦力をここで潰すために殺す。そのような考えは持っていなかった。ましてや相手は目の前で敵対行為や悪事をを働いていたわけではないし、彼らは敵同士といえど未だ戦争状態ではない。戦う正当な理由がないことなどお互いわかっていた。
「まず、お互い話し合うべきじゃない? っていうかそうするんだよ! そうすべきってアノアちゃんがここで言うはずなのに! なんで! ワタシが! 言ってる! の! もう!」
女は両拳を振りながら訴える。
「そもそもエヴィジアにもディルパーダにも両方悪いところがあるんだから!」
「ちょっと待て、今なんて言った?」
浩太が女の発言に待ったをかける。
「だからエヴィジアもディスパーダも――」
「なあ、黒騎士。聞いたことあるか? そんな名前」
「いや、無いな」
女の動きが止まる。
「え、ちょっと待って。コウくんはエヴィジアに、セイくんはディスパーダにある鎧に召喚されたんじゃ……」
「いや、俺は教会に……」
「俺はイリドルシアだ」
浩太と誠也がそれぞれ答えた。
「つまり、ワタシは『アーマーズサモン』の世界に転生したわけではなくその主人公たちが召喚された別の世界に転生したってこと……?」
女は思考する。そもそも『アーマーズサモン』は2つの国が戦争のために世界を救うための鎧を起動させてしまうことがきっかけに始まる物語だ。しかし浩太が答えたのは国ですらない。そしてここにいるはずのアノアがいない。アノアは浩太と共にいるはずの騎士を目指す少女。彼女は小説のヒロインの一1人であるため、いなければ物語が成り立たない。アノアと自身が入れ替わっている場合も考えられたが、アノアの父も物語に関わってくるためそれもありえない。
「ねえ、ワタシにこの世界のことを教えて。もしかしたらワタシの知ってる世界でないとしても、被っている部分があるかもしれない」