8話 私のトラウマ〜序章〜
「ちょっと安佳里。何ボーっとしてんの?」
「ハッ(゜〇゜;)」
母が知らないうちにとなりにいる。
私はリュウヤとの回想シーンから我に返った。
「ちゃんと火加減見てたの?心ここにあらずって感じよ?」
まさに図星(⌒-⌒;
「…ちょっと眠くなっちゃっただけだよ」
と、一応ごまかしてみる。
「じゃあ立ったまま寝てたってわけ?」
「寝てないもん。眠かっただけだもん」
「でも意識なかったみたいよ。目ぇ開けて寝てたんじゃないの?」
「お母さん、それ怖いじゃん」
「寝てるあんたは怖くないでしょ。怖いのはこっち」
全くこの母親は娘の気持ちなどわかっていない。
幾度もの失恋に、打ちひしがれている私の事情など知りもせず、ただのほほんと好きなお笑い芸人にうかれてるだけ。
普通、元気のない娘の様子を見たら、
『どうしたの?具合でも悪いの?』とか、
『何か悩みごとでもあるの?』とか、母親なら察知するもんじゃないの?
そんな私の苛立ちをよそに、母が突拍子もない話を切り出した。
「あ、そうだ。明日ね、銀蔵おじさんが来て1泊する予定になってるから」
「!?工エエェ(゜〇゜ ;)ェエエ工!?ギンゾーがぁ?」
「これっ!おじさんを呼び捨てにしないの!いくら苦手だからって」
「本人の前では言わないよー。でも何で来るの?」
「だってほら、タエおばさんに先立たれちゃってから、おじさん独り暮らしでしょ。さびしんぼうなのよ。最近は親戚の家を渡り歩いてるみたいなの」
「迷惑な話」
「可哀そうなじゃないの。明日の晩はジンギスカンにするわね」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lええっ?何でよぉぉ?お母さん、私へのイヤミ?」
そう。私はジンギスカンが大嫌い。でもそれにはちゃんとした理由がある。
何を隠そう、そうさせたのは銀蔵おじさんなのだから。
そしてそれがまさしく、今も続く私のトラウマの発端にもなっているのだ。
ギンゾーは元漁師。昔、大シケの海に呑まれて行方不明になったことがあるそうだ。
でも、こういう人間に限って悪運が強いもので、奇跡的に航行中の船に拾われたらしい。
こんな話を子供の頃に聞かされていたから、私はギンゾーがうちに来るたびいつも、
───海で死んじゃえば良かったのに!と思っていた。
「お母さん、ギンゾーはもう年寄りだから魚の方がいいよ。お寿司でもとろうよ」
「ダメよ。お父さんから言われたことなの。二人とも大好物でしょ」
「ジンギスカンなんて、北海道の人が食べるもんでしょ」
「安佳里、それは偏見よ。それにお父さんもおじさんも北海道生まれだから仕方ないでしょ。お肉も柔らかいし、お年寄りでも平気よ」
「(≧ヘ≦)もぉー!」
私はキッチンから部屋に戻った。我が家は父が帰宅するまで夕飯は食べない。
明日は憂鬱になる。彼氏がいたら外食するのに今はいない。最悪なタイミング。
あ〜明日どうしよう?部屋から出ないでおこうかな…
友達の家に泊まりに行こうかな…
明日のことをあれこれ考えていると、ギンゾーの顔まで浮かんできた。
思い出したくもない事なのになぜだろう?
奴の顔が浮かんでくると、それにまつわる過去の記憶までもが…
これってやっぱりトラウマのせい?
それは私がまだ、物心ついたかつかないくらい。
年齢にすると3歳頃の出来事だった。。
(続く)