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75話 隠されていた過去(後編)

 すごく疲れているのに全く寝つけなかった。

 自宅に着いたらお風呂に入り、すぐに自分のベッドで横になったまでは予定通り。

 けど、深夜2時をまわっても眠気ひとつ起こらないなんて計算外。

 車の中で母が話した衝撃の事実に目が冴えて、眠るどころじゃない。


 ───ギンゾーが本当の父親


 理解に苦しむ私に、事の次第を丁寧に説明してくれた母。

 すなわち過去のいきさつ全てについて。

 育ての親ということになる今の父は終始無言。

 ただ、キュッと口を必要以上に結んで、何かをこらえているような表情が、その横顔からも察知できた。


「昔、銀蔵さんが海で遭難した話は憶えてる?」と母が私に問う。

「うん。かなり昔でしょ?」

「ええ。安佳里がまだ…生まれる前のことでね。そのときお母さんは銀蔵さんと夫婦だったの」

「…でも無事に救助されたから今まで生きてたんじゃないの?」

 私と母はずっと車のルームミラー越しに会話をしていた。

「それはそうなんだけどね・・・」


 やはり、少し言いにくそうな母。

 私はこの空気やじれったさがたまらなくイヤで、母にハッキリと提言した。

「お母さん。私なら大丈夫。ちゃんと話して。黙って最後まで聞いてるから」


 母が運転中の父の方をチラッと見た。

 そうしたところで口ベタな父からの助け舟など何もないのだけれど。

「わかったわ。じゃあ言うわね」

「うん」

 私はルームミラーから目をそらし、母の話を耳だけに集中させた。


「実はね、銀蔵さんが海で遭難して、無事に戻って来るまでには……3年という年月があったの」

「!!!?」

「当時、あの人は自分の船で一人漁に出て遭難した。海上保安庁や水難救済会が幾日も捜査して見つかったのが転覆した船だけだった」

「そ、それで?」

「その後、捜索も打ち切りになって、絶望と判断した私たち親族はお葬式もしたのよ」

「・・・・」

「あの人が航行中の船に拾われたってわかったのは、3年が経過して突然帰って来たとき。つまり銀蔵さんの口から事情を聞いて初めてわかったことなの」

「ギンゾーを拾った船って一体何だったの?」

「無国籍の密輸船か、海賊の可能性が高いそうよ。銀蔵さんの話では、3年間はほとんど船上での生活で、立ち寄る陸といえば小さな島々ばかりだったようで」

「今でもその事実はわからないの?」

「ええ。結局、銀蔵さんは小さなボートに乗せられて、大海原に放置されてるところを日本の巡視艇に発見されたの」

「それって、無国籍の人たちが助けてくれたことになるの?」

「巡視艇が見つけやすい位置に銀蔵さんを降ろしたのは確かなようよ」

「そうだったんだ…」

「本題はここからなの。いい?」

「うん」

「海に出る漁師に死はつきもの。銀蔵さんは自分の身に万が一があったときの場合、全てを弟に委ねる。つまりお父さんに託すと常日頃から言ってたの」

「全て…?」

「それについてはきちんと正式な遺言書もあってね。銀蔵さんの捜索が打ち切りになって間もなくそれは実行されたの」

「それって…つまりお父さんが…?」

「そうよ。弟であるこのお父さんが、まだお腹の中にいる安佳里の面倒を見てゆくということだったの」


 一応ここまでは納得のゆく説明だった。けど、考えにくいこともある。

 母には最後まで黙って聞いてるからと言った私なのに、思わず口を出してしまった。

「ギンゾーの遺言だからって、お父さんはそれで良かったの?お父さんの人生だよ。お母さんの他に付き合ってた人とかいなかったの?」

「そんなのおらん」

 ハンドルを握りながらボソッと小声でつぶやくように言う父。 

 それでも私は理解し難い部分にこだわった。

「お父さんにとってはギンゾーはお兄さんだから、遺言を守るっていう義務の意識はすごいと思うわ。でも、その遺言にはお母さんと結婚するようにって書いてあったわけ?」

「バカだなお前。腹の中にいる安佳里とお母さんを養っていくんだぞ。夫婦にならなきゃどうしようもないだろが」

「じゃあやっぱり仕方なくってことなんだ?」

「それは違う。俺はずっとお母さんが兄貴と夫婦だったときから好意を持っていたんだ。仕方なくじゃない」

「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lええっ?今の爆弾発言だよお父さん!」

「そうよ。お母さんも今初めて聞いたわ。あなた本当にそうだったの?」

 顔が真赤になった父。

「もう何も言わん」

と、口を閉ざしてしまった。


「話しが少し脱線しちゃったわね。とにかく私はこのお父さんと再婚し、そして安佳里が生まれてきたの」

「ふうん。。」

「そして3年後、銀蔵さんが突然帰って来て、私達は度胆を抜かれたわ」

「ギンゾーはそのときどうしたの?お母さんとまたヨリを戻したいとか言わなかったの?」

「全然」

「ええっ?じゃあお母さんはどうだったの?」

「あのときは正直、迷ったわよ。でもね、銀蔵さんがそれを望まなかったのよ。自分の都合で弟に押しつけてしまったことだから、元に戻そうと一度は考えたらしいんだけどね」

「だけど?」

「もう今のお父さんと私と安佳里の間にはしっかりと絆ができていた。産まれたときから安佳里はお父さんにすごくなついてたもの。いまでは考えられないけど」

 父がむせた。

「それがわかってたから銀蔵さんは諦めた。自分が安佳里の生みの親だとも名乗らない決意をしたの。行方不明になる前から、私が妊娠してたことは知ってたから、安佳里が自分の子だってことはすぐにわかったわ」

「……」

「その代り、条件ってわけじゃないけど、ちょくちょく家にお邪魔して、安佳里の顔を見せてくれないかって…」

「!!!」

「だから銀蔵さんがうちに来たときは、安佳里への可愛がりようったらなかったわ。溺愛といってもおかしくないくらいにね」

「……」


 そうだったんだ。ギンゾーは実の親とは名乗れない苦しい立場の中で、私に会いに来ることだけを毎回楽しみにしてたんだ。。

 後にギンゾーはタエおばさんと再婚したけれど、ウチに来る間隔がそれほど延びたりはしなかった。

 そして元々病気がちだったタエおばさんが亡くなって、またひとりぼっちになったギンゾー。

 それなのに私ったら、徹底的にギンゾーを無視してきた。あからさまに嫌な表情を見せたりしたこともあった。

 皮肉なことに、我が子可愛さのあまりに舐めまくったり、抱きしめて離さなかったりした行為が、子供としてはその大人を毛嫌いする大きな要因になったなんて。。


「ごめんなさい…ギンゾー。どうか許して下さい。。」

 眠れない自分のベッドの中で一人つぶやいた私。

 ギンゾーが死んでから、今まで何度も謝って反省してきたけれど、まだまだ足りなかった。

 まだ生きてるうちに、いたわりの言葉のひとつもかけることができなかった私の罪は消えない。

 なのに…なのにギンゾーは、自分の命が絶えたあとのことまでも、私のこと考えてくれていた。

 こんな私のために…こんな自分勝手な私のために…


 そう…私が帰りの車の中で驚かされたのはこれだけじゃなく、もうひとつある。

 それは今回、新たに作成されていたギンゾーの遺言書。

 前回のも実行はされたけど、結局は生きて帰って来たから、今回こそが本当の遺言ということになる。

 それはつまり、ギンゾーの家も土地も預貯金も、全て私に譲るというものだった。


 それを母から聞いたときは、ただ驚くばかりであぜんとしていた私。

 でも今になってじわじわと泣けてきた。

 いくらわが子だからって、こんな親不孝娘のためになぜそこまでするの?

 通帳には1千万単位の預金があるらしい。

 どうして昔の人って、お金を有意義に使わないんだろう?

 ギンゾーはもっと自分のために使うべきだったのに…

 生きるのは自分のため。人のためじゃない。


 ───自分の人生を犠牲にして、ギンゾーには何か楽しいことがあったの?

 それで命が尽きてしまったら、人生何もせずに終わることになっちゃうんだよ?


 枕が涙で濡れて顔が冷たかった。

 とても今夜は眠れないけど、じっくりと回想できたおかげで、ギンゾーという人物像がハッキリと見えたような気がした。

 それは、かつて私が抱いていたイメージとは180度違ったもの。

 大嫌いだった叔父が、私とリュウヤの仲を取り持つキューピットの役割までしてくれていた。

 お礼を一生言っても足りないくらい。

 死んでからお礼をしても意味がないかもしれない。

 でも、この世にまだ御霊みたまが存在するならば、今の私の心の意思表示はきっとギンゾーに届くはず…


 ───ありがとう。本当にありがとう。心から言える…


「大好きだよ。お父さん」


                    (続く)

次回はやっとエピローグにたどりつきますw

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