73話 影の功労者
水曜日。やわらかな陽ざしの穏やかな日。いわゆるポカポカ陽気。
そんな中、ギンゾーの四十九日法要がおごそかに行われた。
場所は一人暮らしだったギンゾーの家。
我が家からはかなり離れた距離にあるけれど、親戚一同、それが妥当であると意見が一致したらしい。
住人がいなくなったこの一軒家の鍵は、彼の実弟であるうちの父が管理していた。
お坊さんが帰られた後はみんなで御膳を囲んでの会食。
特別賑やかでもないけれど、しんみりとしたムードでもない。
みんな口ぐちに言うのが、ギンゾーは全くイヤミがなくて親しみやすい人。
いつも笑って話しをして、冗談をいいながら場を和ませる人。
近所の農家で田植えや稲刈りをする時期には、必ずどの家にも手伝いに現れる人。
そんな褒め言葉ばかりが私の耳に入る。
その他の会話といえば、親戚どうし、お互いの近況や暮らしぶりなどを雑談してる程度。
リュウヤもはるばる長い道のりを自家用車に乗ってやって来た。
途中、道に迷ったようで、到着したのが法要の真っ最中。
親戚たちからは「誰?」みたいな視線の集中砲火を浴びていた。
礼服でピシッと決めたリュウヤの真顔を見ると、すごい紳士に見えてドキッとした私。
お経終了後は私が彼をきちんと紹介して、一緒に精進明け料理を共にした。
そして今、私はリュウヤと二人で縁側に座ってひなたぼっこ。
うちには縁側がないから、ちょっとだけ憧れていた。
こんな環境、テレビのサザエさんでしか見たことなかったし。
でもこの場面で一緒にお茶でも啜ってたら、なんか老けこんでしまう気がした。
だから私は缶コーヒーを2本持って来て、リュウヤにハイと手渡す。
「お、いいね。ちょうど冷たいのが飲みたかったんだ」
ここまで緊張な面持ちだったリュウヤが、初めて私に笑みを見せる。
「今日はありがとね。こんな遠くまで」
リュウヤは開けた缶コーヒーを一口飲んでまた微笑んだ。
「当然だろ。ギンゾーさんの葬儀には出られなかったんだし」
そうそれ。まさに今がリュウヤに訊ねる絶好のタイミング。
ギンゾーとリュウヤの接点って一体なんなのか。
私は待ちに待ったチャンスを得たかのように、疑問を投げかけた。
「ねぇ、今日会ったら教えてくれるって言ったよね?」
「ん?あぁ、そうだったね。そういえばそうだった」
「リュウヤはギンゾーとどういう関係?」
「関係って…そんなヤラシイ関係じゃないよ」
「誰もそんな意味では聞いてません(-_-;)」
なかなかすんなり話が前に進まない。私の訊き方が悪いのかな?
「俺、ギンゾーさんに頭下げられたんだ」
「え?」
唐突に本題に入って来たリュウヤ。
「2か月くらい前だったかな…ギンゾーさんがウチの事務所に俺を訪ねて来たんだ」
「ウソ!Σ(・ω・;|||マジで?」
「うん。ちょうど俺も仕事のない時期だったし、事務所にいたんだよね。そのときが初対面だったんだ」
「そ、それで?」
「それがさ、何の前触れもなしにいきなり頭を下げるんだよ」
「挨拶じゃないの?」
「いや、そんなんじゃないさ」
リュウヤは座った縁側から小さな庭を見つめていたけど、おそらくそんなの視界には入っていない。
ゆっくりと過去の出来事を思い出すように、丁寧に、そして正確にその場面を私に伝え始めた。
───そのときの会話の一部始終
「どうか安佳里と付き合ってもらえませんか?」
「…は?」
「安佳里をあんな風にしたのはこの私なんですよ。あの子は今もあんたに惚れとります。心変わりなんてこれっぽっちもありません」
「はぁ…」
「わたしゃあの子をこのままダメにしたくないんです。私の力じゃもうどうにもなりません。救えるのはあんたしかおらんのです。勝手なお願いだとは重々承知しとります。でもどうかあの子を…」
「あのー、その前にあなたは安佳里とどういう関係で?」
「そんなイヤラシイ関係じゃないです」
「そんなこと聞いてませんよ(^_^;)」
「なんちゅーか、その…わたしゃあの子の父親の兄貴でして…」
「あぁ、つまりおじさん?」
「そう、それそれ。最近言葉がすぐに出てこなくて…年ですかな」
「ハハハ…^^;」
「あの子の…アレはご存じでしょう?」
「アレ?」
「その…なんとかウマっていうやつ」
「もしかしてトラウマのことですか?」
「そう、それそれ。さすが若い人は違いますな」
「安佳里のトラウマなら知ってますけど」
「あの子はそれでずっと悩んできたようです。それもこれも原因を作ったのはこの私。全ては私のせいなんですわ」
「………」
「ちびったパンツさんとか言われましたっけ?」
「いえ、僕はチビリおぱんつです^_^; でも実は最近、改名しまして…」
「じゃあなんと呼べば?パンツくん?」
「下着の芸名からは離れました。リュウヤでいいです。今は」
「じゃあリュウヤさん。あんたの率直な気持ちを聞きたい。安佳里と付き合う気はもうないんですか?」
「そんなことはありません。ちょっと距離を置こうと思ってるだけで…」
「他に惚れた女性がおられると?」
「いえ、いません。本当です」
「ではやはり、あの子のトラウマがあんたの心に引っ掛かっとるんですね?」
「そうではありません。僕は安佳里のことをずっと気の毒には思ってきました。でも正直、どうしてあげればいいかわからないし…」
「わからないと?」
「ええ。子供の頃から傷ついた彼女の心を、僕のおせっかいでその傷を広げてしまったらどうしようかと…そんな思いが先に立ってしまって」
「そうでしたか。それなら話が早い」
「え?(・_・)?」
「安佳里はあんたがそばにいるだけでいいんです。それ以上の贅沢は望んじゃいません。お金持ちと結婚したいとか、外国に住みたいとか、そんな欲望は全然持ってない子なんですよ。いい子だと思いませんか」
「はぁ…まぁ」
「あんたはせっぷん…というか、チューするのは好きかね?」
「( ̄▽ ̄;)な、なんですかいきなり?」
「チュッチュできない女はイヤですか?付き合えませんか?」
「いえ、それは絶対にないです。そんなことは理由にならないです」
「だったらお願いです。どうか安佳里を救ってやって下さい。あの子は人に尽くす子です。とてもいい子なんです」
「失礼ですけど、誰かに頼まれて僕のところに?」
「とんでもない。これは私の勝手な…なんちゅーかその…個人プレイですわ」
「そうですか…」
「せめて私が生きてるうちにできることはこれくらいで…」
「??どういう意味…ですか?」
「まぁその…医者から寿命宣告されましてね。でもわたしゃ、もう充分生きたから満足してますよ。ただ思い残すことがひとつだけ。安佳里のことです。私の命に代えても償わなければならんのです」
「命に代えても……ですか。。」
「頭を下げれば済むことじゃありませんが、どうかこの通りです。安佳里をよろしゅうに!」
そんなギンゾーとの会話のやりとりを話し終えたリュウヤ。
私はただ、あぜんとしていた。
まさかあのギンゾーが、そこまで私のために行動してくれてたなんて…
しかも重い病気の体をおしてまで…
きっとしんどかったに違いないはずなのに…
いくらなんでもどうしてなんだろう?
私なんて、ろくな女じゃないのに。
人に命をかけて救われるほどの価値なんて、どこにもない女なのに。。
「ほら、涙ふけよ」
「…あ」
あぜんとしていた表情から、いつしか涙が一しずくこぼれていた私。
「俺のアセふいたハンカチで悪いけど^_^;」
「∑(゜∇゜|||)!ちょっと!もうふいちゃったよ!」
「ハハ…わりぃ」
「もう…泣きそびれちゃったじゃない…」
私は泣きながら怒り、そしてなぜか笑えてくるのだった。
「俺さ、そのとき深く反省したよ。俺ってつくづくバカだなって」
「えっ?」
「そして誓ったんだ。もう自分の心を曲げないってね」
今まで庭ばかり見ていたリュウヤが、私に振り向いた。
「それがあの日のデビューステージと安佳里へのプロポーズに繋がったんだ。そのきっかけや決心をつけてくれたのが、まさしくギンゾーさんだったんだよ」
充分な納得のいく説明。リュウヤとギンゾーの接点。
それは私に対するギンゾーからのお詫びの印。いえ、それ以上のものを与えてもらった。
───ありがとう。ギンゾーおじさん。
私はギンゾーの遺影を見た。
今や何のわだかまりもない。むしろ感謝の気持ちでいっぱい。
けど、不意に気づいた一点の問題。
「ねぇ、リュウヤのことをギンゾーに教えたのは誰なんだろ?」
「俺が知ってるはずないじゃん。安佳里がポロッと言ったことがあるんじゃないのか?」
「違うよ。私は全然…」
その時、背後に気配を感じて振り返った私。
そこにいたのは、缶ビールを片手に立っている行儀の悪い母。ちょっと酒グセが悪いのがたまにきず。
そんな母の第一声。
「教えたのはお母さんだよ。♪v(⌒o⌒)v♪イエーイ」
(続く)