71話 Wの驚劇(後編)
週刊GEKISHA。
芸能人のスクープやゴシップを鋭くえぐり、辛口に書きたてる業界一の有名雑誌。
モッチーから聞いたさゆみの話によると、その週刊誌専属記者から事務所に連絡があったらしい。
でも詳しい内容までは明かさずに、ただ来週発売号に掲載予定とだけ。
ただ、ほんの少しだけのヒントとして、取材した日が木曜の夜とのこと。
つまり、リュウヤとモッチーのデビューステージの日。
言い換えれば、リュウヤが私にプロポーズしてくれた日でもある。
「あの日、あの店にGEKISHAの記者が潜り込んでたのかな?」
私の問いかけにさゆみも首を縦に振る。
「その可能性は大ね」
「写真撮られたのかな?フラッシュが光った憶えはないけど…」
「相手はプロだもん。どんな撮り方だってできるわよ」
「なんか怖くなってきちゃった。せっかく再スタートの次期だっていうのに…」
「覚悟はしといた方がいいわ。言っちゃ悪いけどリリアの一件で、あんたの彼氏は世間の評判がすごく悪かったりするじゃない?書かれ方によっては芸人生命も…あ、ごめんつい。。」
「いいの。わかってるよ。わかってるから…」
「ごめん。この話は終わり。ロールケーキ食べようか?」
「これからランチするんでしょ^_^;」
「あ、そっか。食前のデザートになっちゃうね。じゃやめよ」
その後、予定通りにさゆみと外へ出てランチはしたんだけど、頭の中ではそのことが離れられないでいた。
「ごめん安佳里。アタシ、余計なことばっか言っちゃったね。不安がらせてばかりで…」
と、帰り際にさゆみが申し訳なさそうに言う。
「ううん。それはいいの。あとでいきなり週刊誌見てビックリするよりはね」
「そう…なら良かった」
「うん」
「でも安佳里、アタシが言うのもなんだけどさ、たとえどんな記事が出たってあんたはくじけちゃダメだよ。強くならなきゃ」
そうだ。さゆみの言うとおり。芸人と結婚するということは、マスコミ情報に流されていては身が持たない。
いつも毅然としていないと、ゴシップネタの格好の餌食になってしまう。
私は芸能人じゃないから、もし私に関する記事が書かれることになったら動揺せずにはいられないかもしれない。
けど、それを超えなきゃ、芸人からのプロポーズなんて受けちゃいけないんだ。
私は自分に強く誓った。こんなことじゃ負けない!
何度も自分の心の中では誓ってるのに、何かあるとすぐ腰砕けになる。
こんな弱い自分を絶対治さなきゃなんない!そう、今この瞬間から!
週刊誌なんて平気。へっちゃらよ!!
とは思ってみっても、やはり生まれ持ってのくじけやすい私の性格。
どうしてもリュウヤに、ぬぐいきれない不安を聞いてもらいたくなる。
というよりも、当事者であるリュウヤ本人が一番不安なはず。
本来なら、私が毅然としてリュウヤを安心させなきゃなんないのに。
何やってんだろ、私。。
その夜、私は部屋からリュウヤに電話をかけた。
かけずにはいられなかった。
「なんだ。そんなことか」
意外にも、リュウヤの反応は私とは真逆で、不安どころか、余裕で笑ってる。
「俺は何を書かれたって平気さ。別に悪いことしてないし」
「でも…」
「だいいち、安佳里のバースデーを祝って、プロポーズしたことが、そんな悪らつな記事になるはずないじゃないか」
「そうだけど……あのさ、リュウヤ怒らないで聞いて」
「ん?」
私は思い切って、一抹の不安になる要素をリュウヤに話した。
「リュウヤがそう思っても世間的にはね、あなたは世間的には、あの横瀬リリアを捨てたって思われてるでしょう?」
「まぁ確かに…」
「なのに、あなたが私にプロポーズしたことを記事に書かれたらどうなると思う?」
「ん~、そうだなぁ。裏切り者とか、浮気者とか、またポイ捨てか?とか言われるかもなぁ」
いとも簡単に言うリュウヤ。
「怖くないの?めちゃくちゃ書かれても?」
フフっと電話の向こうでまた笑う彼。
「安佳里、俺はもうチビリおぱんつとしては落ち目な芸人なんだ。記事にも取り上げられることもなくなった」
「だから何だって言うの?」
「プラス思考で考えればとても良いことだと思うんだ」
「記事になることが?」
「うん。これはおいしい話じゃないか。再デビューにはもってこいだ。いきなり注目を浴びれるなんて、めったにあることじゃない。これはチャンスだ」
「おかしいよそんなの。読者や視聴者から非難されたら終わりだよ?チビリおぱんつだってこともバレるんだよ?」
「あぁ、そのことは隠すつもりもないから。だからお客さんの前で告白したんじゃないか。遅かれ早かれ、バレるのは時間の問題。最初から隠す必要がないんだ」
私は言葉を失った。
───つ、強い。リュウヤのハートは私のチキンなハートとは比べ物にならない。
「ただ、ひとつだけ不安がある」
「えっ?」
「安佳里に迷惑をかけることになるってことだよ。俺のせいでイヤな思いをするかもしれないだろ」
「それは…」
「ごめんな。でも俺の気持ちはこの先変わることはない。安佳里と一生添い遂げる。誓ってもいい。絶対にない。だからどうか俺を信じてくれないか?」
胸にズシッときたリュウヤの言葉。
“一生添い遂げる”
時代劇調なセリフだけど、シャイなリュウヤの発する言葉には重みがある。
かつてのセフレたちはどんなに洒落たセリフでも軽いものでしかなかった。それはただの演出にすぎないから。
私はリュウヤの言葉で、浮足立った気持ちが徐々に平静になってゆくのを感じた。
──私ってまだまだ子供だな…
「ごめんねリュウヤ。私、身近でこんな経験したことないから頭が混乱しちゃって…」
「仕方ないさ。俺は何事にも動じない姿勢でいると覚悟してるだけのこと」
「やっぱり強いわ。リュウヤは…」
感心しきりの私。もう私の心はリュウヤマジックによって、あっという間に落ち着きを取り戻していた。
「安佳里、そんなことよりもさ。今週は会えなかったから、来週はデートしようや」
「え?でも週末は営業なんでしょ?」
「うん。俺のオフは水曜なんだ。だから水曜の夜、安佳里が仕事終わってからメシでも食わないか?」
「ええっ?」
私はリュウヤが指定した水曜日に大きく反応した。
「どうした?」
「その日は私、休みとってるの」
「おお!グッドタイミングじゃんか。これも運命のなせる技なのかな?」
「そうじゃないの。そうじゃなくってね・・・」
私は言葉に躊躇した。せっかくの夜のデートをこのまま不意にする返事はしたくないのが本音。
でも説明しなきゃどうしようもない。
「何か用事でもあるのか?」
「うん…実は親戚の法事なの。叔父の四十九日だから…」
そう、水曜日は優しかったギンゾーの四十九日。
その優しさに最後まで気づいてあげられなかった私には、とてつもない悔いが残っている。
せめて今後の法要にはしっかりと参加してあげようと、心に誓っていた。
「ごめんねリュウヤ。その次はもう何も用事ないから…」
「いやいや、それならそれでいいんだけど…あのさ。ちょっと聞いていい?」
「え?」
このあと、私は驚くような事実をリュウヤの口から聞くことになる。
「あのさ、もしかしてそのおじさんて、ギンゾーとかいう人?」
「Σ( ̄□ ̄;!!なんで?なんでリュウヤがそんなこと知ってるの?」
「そうか…やっぱりそうだったのか。亡くなったとは知らなかった…」
何やら彼は電話の向こうでショックを受けているような感じ。なぜ?
「安佳里、俺もその法事に出席させてもらうよ。いいだろ?」
私の疑問は増すばかり。
「だからなんで?ギンゾーおじさんを知ってるの?」
電話の向こうでリュウヤの深いため息が聞こえてきた。
「うん…実は前に一度会って話したことがあるんだ」
「ええっ?!ウソ?」
全然わけがわからなかった。
芸人と元漁師に何の共通点があるの?どんな接点があるの?
私はリュウヤの次の言葉を待った。
(続く)