68話 偶然と運命
リュウヤが私の前に来くる。とても照れくさそうな顔をして、
「よぉ」と、とても小さな声で伏し目がちに私を見る。
ステージ上で見違えた姿とは程遠いけど、これが本来のリュウヤ。
私にとっては今の方が親近感が沸くし、逆に安心する。
そんな素振りの彼も、次にさゆみを見ると丁重な挨拶に切り替わった。
「さゆみさん…ですよね?」
「あ、はい」
「はじめまして。この度は大変お世話になりました。ありがとうございます」
丁重に深々と頭を下げるリュウヤ。
「いえいえ、アタシは大したことしてませんので…」
リュウヤの丁寧語に釣られてしゃべる酔っ払いのさゆみを見るのもなんとなく笑える。
「さゆみとリュウヤは初対面なの?」
と、確認の意味で聞いてみる。
「そうよ。さっきも言ったでしょ。アタシは孝則と打ちあわせしたから、このパンツ…じゃなくて、チビリおパンツさんと会うのは初めてよ」
ちょっと吹き出した私。───この芸名なら略しても略さなくてもどうでもいいのに。
「あのぉ…」
リュウヤが頭をかきながら言う。
「その芸名はやめることにしたんです。コンビも結成したし、もう僕はパンツもかぶらないんで」
最もらしい理由。私たちはそれもそうねと頷くばかり。
「苗字はつけずにリュウヤでいいかなって。でもメインはやっぱコンビ名を覚えてもらうことだけどさ」
更にうんうんと二人して納得する私たち。そのときさゆみがハッとした様子で切り出す。
「あ、ごめんね。アタシこれで帰るからさ、安佳里とリュウヤさんはまだまだゆっくりしていって」
そう言うと、さゆみはすぐに席を立ち、自分の座っていた席にリュウヤを招きいれる。
「じゃあね。安佳里、今日はおめでと。ダブルで」
「うん。ありがとうね。さゆみ」
「ひとつだけ忠告!明日も平日なんだから、朝帰りして仕事に遅れないようにね」
「しないよ、そんな…」
「( ̄ー ̄)ニヤリ♪わかんないでしょ。男と女だもの。このあとたっぷり…」
「ヤダもぅ。エロいよさゆみ」
「ヘヘっ…じゃ、お疲れさまでしたー♪あ、自分の分は払っとくから。ごゆっくりー♪」
こうしてさゆみが退場した。途中、こちらに振り返って口に手を当て、フフっと三日月な目で笑いながら。
「もう…さゆみったら」
気を利かせてくれたさゆみのおかげで二人きりになった。
店内はお客さんもまばらで、私たちの席からは遠く離れている。
「正直なところ、安佳里にすぐ返事をもらえるとは思ってなかったよ」
と微笑んで言うリュウヤ。もう緊張はしていない様子。
「私たち、時間をかけ過ぎたもの。これ以上、結論を伸ばしてたら人生のロスタイムだと思ったの」
「そっか…そうだよな。俺が悪かったせいでこうなっちゃったようなもんだ。本当に反省してる。ごめんな」
「ううん。違う。私はそんな風に思ってないよ。私だってリュウヤの気持ちを逆なでするようなことしたもの」
このとき初めて、お互いが自分の非を認め、その気持ちをしっかり伝え、わかり合ったような気がした。
「ところでモッチーは…母田さんは来なかったの?」
「誘ったんだけど、行くだけヤボだからやめておくってさ」
「へぇ…」
「あいつはデブだけどすごく気がつくんだ」
「デブは余計でしょ」
「あ、わりぃ^_^; でもあいつはひとの心理を鋭くつかんでるんだ。ビビるくらい的確だし」
それは私も同感だった。
以前、リュウヤのアパートに初めて行ったとき、モッチーとの初対面もあった。
そのときの彼ときたら、リュウヤの気持ちが手に取るようにわかってるといった口ぶりだった。
まるで全てを知り尽くしているかのように。
「でもさ、あいつのおかげで安佳里を今日、呼ぶことができたんだ。これを運命と言ったら大げさかもしれないけど、俺はそう思うんだ」
「運命…ホントにそうなのかな?」
「考えてもみろよ。あいつのいとこがさゆみさんで、その親友が安佳里だなんて偶然というよりは、これが運命の引き合わせだって思わないか?」
私は少し考えた。言われてみればそうかもしれない。
「俺はあいつに相談したんだ。安佳里をなんとかさっきの店に呼び出したいって」
ここでリュウヤは、グラスの水を飲んで一呼吸。
「そしたらあいつがさ、自分のいとこと安佳里は親友だから、問題ないから心配すんなって言うんだ」
「……よく聞いたらすごいことだね」
「だろ?そう思うだろ?だから運命だって思うんだ。俺がステージであれだけしゃべれたのも、そう思えたからなんだ」
リュウヤの言葉に茶々をいれる訳じゃないけど、少し気になることを聞いてみる私。
「せっかくのステージデビューなのに、こんなプライベートなことが挟まっちゃって本当に大丈夫だったの?」
「いいんだよ。ネタはちゃんとやったし。あいつのカウンセラーコントはすごかっただろ?」
「うん。さすがだなって」
「あいつの心理分析は鋭いから、なんとかそれをコントにできたら面白いだろうなぁって思ったんだ」
「ふうん…でもなんでモッチーは人の心理がわかるんだろうね?経験から?」
「そこまで深く聞いてないんだ。おそらくそうだとは思うけど」
なぜかモッチーの話題に切り替わっていることに、二人ともハッと気づいて、お互い顔を見合わせ、声に出して笑ってしまった。
「俺、まだ何も食ってないんだ。何か注文していいか?」
「どうぞ」
「安佳里は?」
「私はもうお腹いっぱい」
「じゃ悪いけど、ガッツリ食べさせてもらうわ」
終始、なごやかなムードでリュウヤと話すことができた。
こんなのって、何年ぶりなんだろう?
すごく居心地のいい時間。空気。ムード。
このままどこかでお泊りするより、ずっとここでリュウヤと向かい合い、朝までおしゃべりしたいと、私は心からそう思った。
(続く)