66話 僕はチビリおぱんつです
「ごめんな安佳里。俺はもう躊躇しない。だからどうかこれからこの先、いつまでも俺と一緒にいてほしい。俺と一緒に生きて行ってほしいんだ」
お客さんが交互に私とリュウヤの顔を見るようになった。
不思議ともう、私には人に見られる恥ずかしさなど、どこかへ飛んで消えてしまったよう。
そんなことよりも、口ベタなリュウヤが真剣な眼差しで、精一杯の熱弁をしている姿に私の胸は熱くなるばかり。
更に彼の言葉は続く。
「俺を支えて欲しいだなんて都合のいいことは言わない。俺が安佳里を支える。誓って言える。俺と結婚しよう」
会場から“おぉ〜〜”という女性の声が、ちょっとずつの時間差であちこちから聞こえて来た。
通常なら、まともにお付き合いもしないでいきなり結婚だなんて、この上なく非常識なこと。
にも関わらず、この時の私には迷いや戸惑いなど、頭の隅にも存在していなかった。
「現実問題、今の俺には稼ぎがない。でも安佳里を絶対に不安にさせたりしない。そのために心機一転この新コンビを結成したんだ。俺は必ず復活する!復活してみせる!これからはずっと俺と一緒にいよう。俺には安佳里しかいないんだ。安佳里でなきゃダメなんだ」
ここまで言い終わると、肩で大きく息をしたリュウヤ。
二度ほど深呼吸をしたあと、彼は私からお客さん全体に目を向けた。
「みなさんにはお食事もストップさせてしまって本当に申し訳ありませんでした」
深々とお辞儀をするリュウヤ。再び頭を上げると、さっきとは違った慎ましやかな口調で話し出した。
「みなさんの中には違和感を感じてる人もいるかと思います。カッコつけすぎとか、きっと演技だとか。そう思われても仕方ありません」
今日のリュウヤは今までに見たこともないリュウヤ。
───あなたは一体、お客さんに何を言おうとしてるの?
「口ではいくらでもうまいことは言えます。だからこそ、今日はなるべく多くの人に集まってもらいたかったんです。僕の話を聞いてもらいたかったんです。つまりそれは、僕が安佳里の前で誓った言葉の証人になってもらうためです」
いきなりのプロポーズとはまた別な意味で驚いた私。
リュウヤがそこまで考えて今日のイベントの準備をしていたなんて…
もし今日、お客さんがこんなにいなかったらどうするつもり……ハッ(゜〇゜;)
突然めったに起こらないひらめきが働いた私。
そのひらめきが正しいことを証明するかのように、リュウヤが語ってゆく。
「だから僕は数日前に街頭でチケットを配りました。楽しくなかったらお代は一切いりませんと。人を大勢呼ぶための手段です。支払われなかった食事代は全て僕が負担することで、ここのオーナーさんにも協力してもらいました」
そう言ってカウンターの方をチラ見するリュウヤ。釣られて私を含めた数人が彼の目線に目をやると、そこには オーナーらしき人が立っていて、こちらに向かってほんの軽く会釈をした。
「もちろん、今日は相方とのコントデビュー初披露でもありました。でも、自分のことにケジメをつけてからでないと、僕の再スタートはあり得ないと思いました。だからこういう形をとらせてもらったんです」
まさに、かつてのリュウヤとは見違えるほどの言動。彼は人間的にも素晴らしく成長している。
お客さんに対しては自分のことをちゃんと“僕”と言い換えている。自分の言葉に責任を持って発言しているのがよくわかる。
「ここまで言えば、みなさんも僕の話の内容から薄々気づいてると思います。かつての僕が誰であるかを。隠す必要もないし、むしろ今日は言うつもりでしたので」
ここでリュウヤはひと呼吸整えた。そして後ろ斜めにいるモッチーとアイコンタクトをして、前に向き直る。
「僕のかつての正体は────覆面芸人“チビリおぱんつ”です」
会場からどよめきが起こった。
やっぱりという囁き。えぇ?マジで?というような驚き。そんな様々なリアクションが私の目や耳に飛び込んでくる。
そのどよめきが収まらないまま、リュウヤは話し始めた。
「お客さんにお願いがあります。今後、僕とこいつのコンビが成功してテレビに出られるようになるかわかりませんけど、もしそんな時が来て、僕にスキャンダルでも発覚したとしたら、みなさんは迷わず僕を批難して下さい。マスコミにでもプロダクションにでも、お叱りの投書なりFAXなりで、遠慮なく僕をバッシングして下さい。そして今日の僕の誓いを一証人として聞いていたことを明記してください」
そう言ってリュウヤは、事務所の名前をお客さんに大きな声でゆっくりと告げた。
次に彼が目線を向けた先は再び私。
「安佳里、わかってくれたかな?優柔不断な俺が口先だけじゃないことを理解してもらうためには、こんな方法しか思いつかなかったんだ。恥ずかしい思いをさせたことは許してほしい」
もう充分だった。充分過ぎるほどリュウヤの気持ちが伝わったもの。
あとは私の番───
私は覚悟を決めて同席のさゆみを見た。小さな笑みを浮かべ、無言でコクンとうなづく彼女。
───よしっ!
小さなステージに立っているリュウヤに向き直る私。そしてすっくと立ち上がる。
もうまわりの視線なんて全然気にならない。むしろ勇気を奮い立たせてくれるよう。
「私、あなたのプロポーズをお受けします。どうぞよろしくお願いします!」
(続く)