64話 どうしてもドラマティック?
ローソクの灯を吹き消したときの大拍手は、嬉しさ反面、戸惑いと恥ずかしさでいっぱいだった。
知らない人たちばかりなのに、おめでとうの掛声がいくつも湧き上がる。
私の誕生日ごときに、こんな大勢の人たちから祝福されるのなんで生まれて初めてのこと。
たとえこの場限りのことであっても、決して悪い気はしない。
椅子から立ち上がった私は、丁重に店内のお客さんに何度もお辞儀をして、そそくさと自分の席に落ち着く。
本来なら、お客さんにとってはチンプンカンプンなこと。
お笑いネタとリアルな事実が混ざり合ってるわけだから、どういう事情が呑み込めず、場がシラケてしまうのが普通。
でもそこは機転のきいたリュウヤ。たぶん予定通りなんだろうけど、私がろうそくの灯を消す直前に、彼からのフォローが入った。
つまり、店内のお客さんに向けてのリアルな説明。
「あのー、お客さんには本当に申し訳ありませんけど、これはもうネタじゃないんです」
私の方を向いていた店内のお客さんたちが、再びステージのリュウヤに振り向く。
「もう気づいちゃったかもしれませんが、あっちのテーブルにいる女性はっていうのは……んと、僕のリアル彼女…です。彼女なんです」
さっきまでテンポのいいコントをしていたリュウヤとはまるで別人なしゃべり口調。
でも私にはわかる。確かに緊張はしてるかもしれないけど、実際はこれが普通。
彼は高校時代から小心者で口ベタ。
この言葉から感じ取れる若干の気弱さが、まさに昔から私が知ってるリュウヤの姿。
どうやらお客さんも事情が呑み込めたみたい。所々から小さな声で『おぉ〜!』という声が聞こえる。
コントのようにおちゃらけていない真剣な眼差しで、噛みながらも説明しているリュウヤの姿が、逆に店内のお客さんの心を惹きつけたようだ。
「僕は今日まで、彼女と3か月以上…いやそれ以上かな?実は全然会っていなかったんです。でも…その…ケンカしたからとか、そういう理由じゃなくて…」
一気に静まり返った会場。みんながリュウヤのトークに耳を傾けている。
「全ては僕が不甲斐なくて優柔不断だったからで……それに考え方も間違ってました…」
シャイなリュウヤは、お客さんと目線が合わないようにうつむき加減で話している。
けれど、自分の気持ちはしっかりと言葉にノッていると感じた私。
「すいません。こんなこと言ってもみなさんには訳わかんないですよね。とにかく僕は今日、ある決意をしてこの会場を借りました。彼女の誕生日を選んで、更にこの日を人生にとってもっと大切な日にしようと決めたんです」
見違えるほどリュウヤがまぶしく見えた。
コントや漫才ネタなら露知らず、素のリュウヤがこんな大勢の人前で自分の話をするなんてあり得ないことだし、とても想像できないことだから。
「今日、僕がここでライブをすることを、実は彼女に知らせていなくて、彼女の友人に協力してもらい、内密に連れて来てもらいました。今日ここでお祝いと決意の告白をするために」
その言葉を受けて、私はすぐにさゆみを見た。
「ねぇ、どうしてリュウヤがさゆみのこと知ってるの?」
「バカね。今はそういうことは後回し!さ、早いとこローソク吹き消しちゃいなさいよ!」
「う、うん…そうね、そうよね…」
こうして会場のお客さんを味方につけたリュウヤの“ハッピーバースデーコール”で、私は盛大な拍手を受けた。
でも事はこれだけでは収まらない。
ケーキに書かれた問題の英文。この返事もこの場でしなければいけないのだろうか?
店員のフライングで二度も見た、至ってシンプルなプロポーズの言葉。
“mary me"
直訳すれば“メアリーが私に?”というトンチンカンな意味。別に訳す必要もないんだけど。
この意味が通らないスペル間違いはわざと?ウケ狙い?私の気持ちをほぐすため?
たとえそうだとしても、少なからず緊張が走る私。
このデコペン文字は私とさゆみにしか見えてないわけだし、この場はこれでお開きにして、あとは二人で場所を代えて話した方がリュウヤにとっても良いのではと思ったものの、なかなかどうして、そうは甘くなかった。
それは、ややテンパり気味のリュウヤが、ケーキに書かれた文字を訳して大声で叫んだから。
「安佳里、俺と結婚しよう!」
嬉しさ反面、戸惑いばかりが先に来る。
お互い大人になってから、まともに付き合いもしないでそのまま3か月以上も連絡なし。
そして、久々にやっと会えたその日にプロポーズだなんて、そんな大事なことを今、軽はずみに返事できるはずもないじゃない。
でも会場は私の返事に注目していた。みんな興味しんしんに私が発する言葉に注目している。
そしてドラマのエンディングのようなセリフを期待しているに違いない。
───あぁ…私は一体どうしたらいいの?リュウヤは好きだけど…大好きだけど…
(続く)