59話 謎のお食事会
さゆみがバッグからチケットらしきものを2枚、カウンターの店員に差し出した。
チラッと見えた感じでは、これも手書き風の字体のよう。
案内係の女性に誘導されて、私たちは奥の席へと通された。
席はほとんど丸いテーブルで、四方に4人は座れる大きさ。
他はバーカウンターに7,8人分くらいのスペースで、すでにそこは満員。
私とさゆみがテーブルに落ち着いた頃には、全席がほとんど埋まっているようだった。
と言っても、それほど大きな店ではないから、満員でも30人そこそこ。
「この店知ってたの?」
私がさゆみに疑問を投げかける。
「ううん。初めて」
あっけらかんと返事をするさゆみ。
「じゃあなんでチケット持ってたの?」
「数日前、街頭でこのタダ券を配ってた人からもらったの」
「タダ券って…ここにいて楽しくなければって条件でしょ?入口の貼り紙見なかった?」
「楽しくないフリしてればいいのよ」
「あ、そう…(^_^;)」
「タダに勝るものなし!見なさいよこの繁盛ぶり。普通、こんなさびれた路地裏の店なんか満員御礼になるはずないじゃない」
「ちょっとさゆみ、聞こえるってば…(^□^;A」
「いいのよ。どうせもう来ないから|* ̄m ̄)プ」
私の疑問は増すばかり。
バースデーのお祝いに、二度と来ない店に親友を連れて来るもの?
しかもタダかもしれないっていうケチ臭い理由で。
そんな私の内心をよそに、さゆみの顔は微妙にほくそ笑んでいて、なぜか意味深。
「安佳里、アタシがおごるから好きなもの注文して」
「タダにするって言ったじゃない^_^;」
「万が一の場合よ。万が一」
何が万が一なのかわからないけど、さゆみのありがたいお言葉に甘えることにした。
意外や意外。この店のメニューはなかなか充実していて、チョイスするのに目移りするくらい。
「安佳里、迷うんだったらみんな頼んじゃえば?アタシと半分ずつ食べればいいんだし」
そう言われたところで食べきれるはずもないけど、少しは気が楽になった私。結局頼んだものがこれ。
アンチョビとモッツァレラチーズのトマトソースピザ
じゃがベーコンのマスタードソースピザ
トマトソースパスタ
カルボナーラ
野菜ときのこのデミグラスソース
海老とブロッコリーのタルタルサラダ
チーズ3種盛り合わせ
シャンパン・ロゼ
「ちょっと欲張り過ぎかなぁ?さゆみ手伝ってね」
「これくらい平気平気。かなり絞った方じゃない安佳里」
「そ、そう思う?^^;」
「あとでお酒も追加しましょ」
「私、シャンパン1本あれば充分だけど」
「こんなの子供だましよ。乾杯の音頭に過ぎないわ」
「……^_^;」
そうだった。さゆみは胃下垂で大酒飲みだった。特に大食いはお手のもの。
私の後始末はさゆみがきれいにペロリ平らげてくれる。
私たちは先に出されたお冷やを飲みながら、この薄暗い部屋の観察をしていた。
今頃気づいたことだけど、丸いテーブルがランダムに並べられた先には、小さなステージらしきものがあって、中央にスタンドマイクもセッティングされている。
たまに何かジャズ演奏でもするんだろうか?でもなんか変。
舞台なんか用意するよりも、グランドピアノでも置いて、食事をしながら演奏を聴いてる方がよっぽどムードが出るのに。
そんなことをさゆみに言うと、「まぁそうだよねぇ」とそっけない返事でよそ見をしている。
と、そのとき。バイトらしき若い男の子が、私たちの席の前に頼みもしないものを運んで来た。
「えっ?何これ?」
とびっくりする私より、もっと仰天したのはなぜかさゆみの方だった。
「ちょっちょっちょっと〜!何で今持ってくんのよバカ!引っ込めて早く!ほらっ!」
「は?えっ?まだ…でしたか?」困惑する男の子。
「タイミングが違うのよ!早く下げてっ!」
「は、はい…すみません」
そう。彼が持って来たのはバースデーケーキ。
直径20cmくらいの生クリームたっぷりなケーキの円周には、カラフルなキャンドルと苺が隙間なく並べられ、その真ん中に文字の書かれたホワイトチョコのプレートが1枚。
“happy birthday あかり"
更にケーキの平面には直接デコペンで書かれた英文が…
明らかに素人が書いたものだとわかるヨレヨレのアルファベット。
嬉しさと衝撃と疑問が入り混じった感情で、私の心が揺れた。
さゆみがこんなことしてくれるなんて、マジで予想もしてなかった。
なのに……
「安佳里ごめん。今見たのは忘れて。見なかったことにして。ね!」
「???」
驚きと同時に不思議に思えてならないさゆみと店員のやりとり。
せっかく持って来てくれたものをなぜ引っ込めさせるの?タイミングって何?
私は問いかけずにはいれなかった。
「さゆみ、私よくわかんないんだけど…」
「今はわかんなくていいの」
「もうバースデーケーキってわかっちゃったもん。引っ込めなくたって良かったのに…」
「その他にも意味があるのよ。見たでしょ」
「見たって……ひょっとしてあの英文?」
「お願い!だから見なかったことにして!」
なるほど。わかった。さゆみが焦っていたのはそのことだったんだ。
確かに私もあれを見た瞬間は動揺したけれど、ちょっとしたジョークだと思えば何ともない。
さっき、ケーキの平面にデコペンで書かれた言葉。
“Mary me"
そのままメアリーミーと読めば決して意味をなさない。
“r”が1個抜けているのは大目に見るとして、その意味に衝撃を覚えた私。
“Marry me”私と結婚しましょう。
一体、私はどう解釈したらいいんだろう?
さゆみが私のことを?この長年の親友が、実は同性愛者だってこと?
考えれば考えるほど、パニクっていくのが私の欠点。
「さゆみ…私、どう答えていいか…」
「別に答えなくていいから」
「私ね…さゆみのこと大好きだよ。親友だって思ってる。ホントだよ」
「アタシもだよ。安佳里のことが好きだから今日誘ったんだし」
「う…」
私は言葉に詰まってしまった。
“安佳里のことが好き”
そう言ったさゆみの言葉が耳に響いて心に重くのしかかる。
いけない。このままじゃ話しがこじれそう。
今のうちにハッキリとした姿勢は見せておかないと。今のうちに…
「でもねさゆみ。私…私その…レズじゃないし」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l」
さゆみが目を丸くして、まばたきをバシャバシャと数回。
アメリカ人が「Oh!」と叫んだときの口の形。
───そ、そんなにショックだったなんて…; ̄_ ̄)
(続く)