57話 流される日々の中で
やっぱり社交辞令だったのかも…
そう感じたのがさゆみと最後に会ってから2か月後。
つくづく鈍感な私。失恋したときより重く感じるむなしさ。
親友に社交辞令を言われるようになったらおしまい。それは親友とは言えない。
そもそも愚痴友が真の親友と言えるかどうかも疑問に思えるようになってきた。
相変わらず流される時間の中で無難に過ごして来た私。
今が戦国時代なら、この平穏な何もない生活が何よりの幸せなのかもしれないけど、現在はそんな時代じゃないから幸せとは思えない。
なぜ急に現代を戦国時代に例えるのか自分でも不思議。
そう考えたときに思わずフフッと自分自身を鼻で笑った。
もしかしたら、少しでも自分がプラス思考になれるよう、幸せ意識を高めるよう、脳が勝手に判断したんだろうか?
この2ヶ月間、職場との往復だけで私の社交性は露と消え、休日は丸一日引きこもり。
でもこれはまだマシな方。本を読んだり料理をしたりして、私の習性である妄想壁を避ければ少しは気が紛れる。
けど、さゆみと連絡を取らなくなってから3か月目、私の引きこもり生活に追い打ちをかけるような出来事が起きた。
これにより、私の心に更なる深いダメージが。。
───ギンゾーが死んだ。
私が毛嫌いするほど元気がとりえのギンゾーが。
母の話で、入院して5か月目だと聞いたとき、瞬時に胸がズキンとした私。
つまりギンゾーは、家で私と一緒に夜ごはんを食べた2日後に入院したということ。
今思えば、もうあの時は入院する覚悟を決めて私に会いに来てくれたように思う。
もしかしたら自分の寿命も知っていたのかもしれない。いえ、おそらくそう。
だから父や母と連携して、あんなシチュエーションを用意してくれたんだ。
それなら全てツジツマが合う。
そう思うと、私は込み上げてくる涙を抑えることができなかった。
流れる涙をぬぐいもせずに…
それでも声には出さず、ただひたすら唇をかみしめて泣いていた。
私の認識していた以上にこんな深刻な事情があったなんて。
そんな大病にかかっているとは夢にも思わなかった。
最初からわかっていたら私だってもっと…
でもそれに関しては、ギンゾーが父と母に強く口止めしていたらしい。
キモくて汚ならしくて、常識に欠けているオジサンだと思っていた人が、人一倍律儀な人だった。
私にとっては迷惑行為でも、ギンゾーにとっては精一杯の愛情表現。
まだ元気なうちに、少しでもそれがわかってあげられたなら…
せめてもの救いは、最後の晩餐と言えるあの夜に、一緒に食事ができたこと。
それが本当にせめてもの救い。。。
そんな思いからか、ギンゾーの葬儀・告別式には後悔と謝罪の気持ちしかなかった。
人前で声に出して言う勇気はなかったけど、自分自身の心の中で謝り続けていた。
臆病でズルイ自分を恥じながら…
けどもう遅い…遅すぎる。生きてるうちに言えなかったんだもの。
この20年以上、ギンゾーを無視し続けて来た私。恨みさえもした。
愛情表現が少し過剰だっただけの叔父なのに…
ただそれだけなのに…
詫びても詫びても足りない気がして、身内の者が首をひねるほど、私はギンゾーの棺の前で放心状態になっていた。
どれだけ月日が過ぎたんだろう?
今日が何月何日だなんて、何の興味もなかった。
平日は出勤。土日は会社に行かない。ただそれだけの認識で過ごしている。
季節はすっかり秋めいて、夏物からの衣替えすら全くしていなかったことに気づく始末。
半袖で出歩く人もまばらになっている時期に、私はそのまばらな仲間になっていた。
同僚に指摘されて『私、暑がりだから』というのは白々しい言い訳。
毎日通勤しているのにも関わらず、空気も読めないどころか、まわりのファッションにさえ気付いていないなんて心の病は重症だ。
ある日の土曜。半日がかりで衣替え作業をした。
余計なことを考えまいとするせいか、予想以上に作業が捗り、自分でも驚くほど。
私のオハコでもある“妄想の扉”が開けかかる瞬間も何度かあったけど、そこは自制心でなんとか防ぎきった。
意外にも、こんなときに自制心が働くのには理由がある。
今の現状で私がこれ以上、妄想の世界に入り浸りになれば、明らかに精神障害になるという恐怖心が湧いてきたから。
ここで落ちたら私はもう終り。私自身というものが存在しなくなる気がする。
でも、一体いつまで耐えれるだろうか?
いつまで今の精神状態が保てるだろうか?
もうセフレを求める気には到底なれない。
そんな矢先、ケータイに着信音が。しかも久々に聴く音。
私がさゆみからの受信メールに設定した曲。
hellow again〜昔からある場所〜(MY LITTLE LOVER)
ちょっと古いけど大好き。この曲もさゆみのことも。。
”安佳里元気?今度の木曜の夜、空けといて。約束通りアタシから誘うわ。いい返事待ってる”
突然のお誘いメールに驚いた私。
何より“約束通り”と文面に載ってること。
さゆみはちゃんと覚えてくれていたんだ。社交辞令じゃなかったんだ。
そう思うと少し心が和んだ。嬉しさがじわじわと時間差で込み上げて来る。
今度の木曜…土日じゃないなんて珍しい。一体何日なんだろう…
私の部屋にはカレンダーがない。すぐにケータイから確認してみると…
───あ!この日って、私の誕生日だ…
(続く)