56話 キレるしかなかった
やっぱり一番落ち着くのは自分の部屋。
妄想ばかりしてる部屋だけど、冷静にじっくり考えられる自分に戻れる。
さっき帰宅するまでは決してこうじゃなかった。
興奮冷めやらず家に駆け込んだ私。
それが歓喜の興奮ならどれだけ嬉しいことだろう。
でも結果はその全く逆。。
そう…私はさゆみに逆ギレしてしまった。
大切な親友に食ってかかっちゃうなんて、なんてバカなことをしたんだろう。
いつも部屋に戻ってからは後悔することばかり。
後の祭りの繰り返しばかりで学習能力も何もない。自分でも呆れるほど。
これだけアドバイスや助け舟を出してくれるさゆみには感謝すべきなのに。。
そして私はまたまたベッドの上でフラッシュバックの世界へ溶け込んでゆく…
自分なりの結論を出して、そろそろ店を出ようかというときにそれは起こった。
「ねぇ安佳里。アンタはとても恵まれてるんだよ。わかってる?」
「恵まれてる?どういう意味?」
立ち上がろうとして中腰だった私たち。
でも私がさゆみの問いに座り直したために、彼女もまた腰を落ち着けた。
「気を悪くしないで聞いてね。理由がどうであれ、安佳里の付き合った男は数知れずいたわよね」
「だからそれは恋愛っていうんじゃなくて…」
「わかってる。でもね、アンタの悩みはハッキリ言って贅沢よ」
さゆみの違和感のある言葉に驚く私。
「は?なんで?なんで贅沢なの?」
「そう思わない?アタシから見ればね、安佳里は恋愛をオモチャにしてるようにしか見えないの」
「そんなことないよ…さゆみにそんなこと言われるなんてショック…」
「ごめん。でもこの際だから言わせてもらうね。私の知り合いの例を出して悪いんだけど、生れてこのかた一度も彼氏のいない子がいるのよ」
「その人いくつ?」
「アタシや安佳里と同じよ。実はいとこなんだけどね」
「ふうん…」
「とっても素直で性格もいい子なの。なのに…なのにただちょっと見た目が男ウケしないというか…」
「ブサイクってこと?」
「アタシはそういう言葉は使いたくないの。偏見は大嫌いだから」
「でもさゆみは男を見る目は厳しいじゃない。イケメンしか受け付けなかったんじゃないの?」
「男は女と違うわ」
何がどう違うのかは聞いても仕方ないし、話題がそれていくのでこれ以上は避けた。
そして話は再び本題へ。
「でね、あの子は子供の頃から妖怪って呼ばれて苛められっ子だったの。本当に可哀そうだった。アタシでさえ世の中なんて理不尽だと思ったもん」
さゆみの言いたいことはなんとなくわかったような気がした。
でも私は反論せずに、彼女の言葉をじっと聞いていた。
私だって人の子。さゆみの気の毒な親戚には同情するもの。
「アタシその子が今どうしてるのか、久々に家に遊びに行ったらね、いきなり部屋で泣かれちゃったんだ…」
さゆみはそのときの光景を思い出したのか、目が潤んでいるように見えた。
「彼女はこう言ったわ。『さゆみちゃん。私、彼氏が欲しいよ…今すぐにでも恋がしたいし、デートもしたい。私にはそんな資格はないのかな?ブスは結婚しちゃいけないの?』って…」
「さゆみはどう答えたの?」
「せつなかったわ…そんなことない。誰にでもチャンスは必ずやって来るって言う以外何も言えなかったわよ」
「そう…そうよね。。」
「だからわかる?安佳里はたとえ恋愛はしてなくてもセフレはいた。そりゃ辛いこともあるだろうけど、気を紛らすことはできた。体の欲求もお互いに満たすことができた」
「……」
「その子にとってはセフレなんてとんでもない話なの。恋愛を侮辱するふざけた話にしか受け取れないはずよ」
「そうかもしれないけど、セフレってふざけた関係ばかりじゃなくて、お互いの空虚な心を慰めあったりもするんだよ。今はもうやめたけど…」
「そう、それそれ!」
「??」
急にさゆみの語調が強くなった。
「それを平気でできる安佳里が贅沢だって言ってるの。アタシのいとこは当然だけどまだバージン。慰めてくれる人なんていないから、自分で解決するしかないのよ。わかる?」
「自分で解決って…?」
何か余計なことを口走ったかのようにハッとするさゆみ。少し言いづらそうに口ごもる。
「そんなの…想像すればわかるじゃない。アタシに言わせないでよ」
「わかんないよ…私にはさっぱり…」
そんな鈍感な私にムッとしたさゆみが再び語気を荒げた。
「ひとりエッチよ!」
まわりの席のお客さんが一斉にこちらに振り向いた。これで二度目。
それに気づいてハッとしたさゆみの顔が真っ赤になっている。
私も恥ずかしくなって自分の頬が少し紅潮してるのがわかった。
テーブルに伏せるように身をかがめ、顔を私に近づけて小声になる彼女。
「別におかしいことじゃないわ。24年間彼氏がいないんだもの。ごく自然なことよ」
「そ、そうなのかなぁ…?私にはちょっと…やっぱりわかんない」
「安佳里はそういう必要がなかったからよ。ここが大きな違い」
「なんでそんなことがわかるの?見たの?」
「何を?」
「何をって…いじわるね。言わせたいの?」
「だから何を?」
「もうっ!ひとりでその…なんていうか…慰める行為?」
「不思議ね。男性経験の多さじゃズバ抜けて多い安佳里がこんなことも言えないウブな子だとは」
「さゆみのバカ…」
この時点での私はまだカチンと来たわけでもなかった。
「アタシ直接見たわけじゃないんだけど、いとこが泣き顔を洗いに部屋から出て行ったあと、なにげにDVDプレーヤーを再生しちゃったのよ」
「そ、それで?」
「なんとそれがAVだったわけ。しかも絡みのシーンばっかり。もうアタシビックリしてすぐに停止したわ」
「それってすぐに停止したことになるの?(⌒-⌒;」
「とにかくアタシが言いたいのはね・・・」
さゆみが状態を起こして通常の姿勢に戻った。
「安佳里は恵まれてるよ。この子みたいに自分の顔にコンプレックスがあって、一度も彼氏のできない子なんかたくさんいるわ。でもアンタにはそれがないんだもの」
「そんなことは…」
「安佳里は可愛いし、自分自身の気持ちひとつで恋愛を成就させることができる。そういう立場にいるのにそれができないでいるだけ」
「……」
「何度も言うけどそれが贅沢ってことなの。人をヤキモキさせるだけでいつまで経っても結果を出せていない。正直、付き合わされているアタシもうんざりなの」
「!!!」
私の頭と胸に衝撃が走った。
さゆみから、こうもはっきりと引導を渡されるなんて…
“もううんざり”
親友からの決定的なダメだし。ショック以外の何物でもない。
これまでの会話に出て来た単語が私の脳裏を駆け巡る。
“贅沢””恵まれすぎ”“ふざけた関係”“結果が出せない”
沸々と湧いて来る怒りと苛立ち。
「ちょっと待ってよさゆみ。私ってすごくヒドイ女に聴こえるけど?」
「口が悪かったらごめんなさい。アタシ、安佳里に頑張ってもらいたいの。ただそれだけなの」
「そんなこと言われたって…」
「それにアタシの友達の中にはね、病気で寝たきりの母親の面倒を看るために恋のひとつもできない子もいるわ」
この瞬間、私は一気にキレた。
この時点でも相当なダメージの私に対して、さゆみは更に別な子の例を挙げての決定的なダメだし。
さゆみは私を精神的に攻撃しているとしか思えなかった。
「いい加減にしてっ!」
テーブルを両手で叩いて立ち上がった私。
その音に近くのお客さんたちも気づいてはいたんだろうけど、もう勝手にすれば?というような素知らぬふりをしていた。
今度は私が声を荒げる番。
「私だって子供の頃から辛い思いをしてきたの。さゆみの知り合いの子も気の毒だとは思うわ。けど私の味わって来た苦しみってそんなに軽すぎる?たわいもないこと?」
「安佳里…」
「私が子供の頃から引きずってるトラウマのせいで、どれだけ自分の恋を台無しにして来たかわかる?恋をした分、その数だけ傷ついて来たのよ!辛くて苦しくてたまらなかった。でも誰も救ってはくれなかったわ!」
「・・・・」
「こんな私って、どうしようもないゲスな女なの?価値のない女?ただ甘ったれてるだけの女?私のトラウマなんてさゆみから見たら『へ』のようなもん?病気の母親の面倒を看てる人から見れば私の苦しみなんか、モノの数には入らないってこと?」
「アタシ、そこまでは言ってな…」
「私だってもうウンザリよ!」
「えっ?」
「もうさゆみの説教も聞きたくない。どうせ私の気持ちなんて軽いものとしか受け止められないなら、わかってもらおうとは思わない!」
「そうじゃなくてね・・・」
「サヨナラさゆみ」
こうして私は先に席を立ち、一度もさゆみに振り向かず、店を後にしたのだった。
本当にバカな私。もう幾度こう思ったんだろう?
3か月もさゆみをショッピングやお茶に振り回し、アドバイスに悪態をついて逆ギレしながら退場するなんて。
やっぱり私はダメダメ人間。人として劣っている。
回想シーンから戻った私は、すぐにさゆみにお詫びのメールを入れた。
返信は30秒と経たないうちに返って来た。
『アタシも言い過ぎたよ。ごめんね。次はアタシから誘うからまた連絡するね』
正直ホッとした。もう絶交なんじゃないかと思ったから。
さゆみとはこのままずっと親友でいたいもの。。
だけど……
だけど彼女のアドバイスを再び実行する自信なんか、今の私にはもう残っていないのが現状。
もうそんな気力すらないんだもの。──ホントにないんだもん。
このまま時に流されて生きてゆくしかないのかな…
こんな世捨て人みたいな考えって、なんかもう人生が終わってるような気がする…
(続く)