55話 ゴールへの糸口(後編)
さゆみが急に歯を見せない謎の笑みを浮かべて私を見ている。
なんなんだろう?何がわかったっていうんだろう?
その表情から伺える自信たっぷりの口調で解説を始めるさゆみ。
「安佳里、あのパンツはさ。ただのいくじなしか、単なる幼稚な男だよ」
そう言ってさゆみは頬づえをやめ、残りのお茶を一気に飲み干した。
「コメンテーターさゆみの批評は辛口ね」
少し皮肉交じりで言った言葉にさゆみも若干気が引けたようだ。
「あ、ごめんごめん。別にパンツをバカにしてるわけじゃないの」
「それはわかるけど…」
「まぁ聞いて。いくじなしでも幼稚でも、ハッキリ言えることはあいつが安佳里をめちゃくちゃ好きだってことね」
笑みの消えないさゆみの表情。一体その自信はどこからくるのか。。
「ん〜〜ホントにそうなのかなぁ…?」
どこまで信じていいのかわからないさゆみの言動。
今の私にはさゆみの言葉が単なる慰めにしか受け取れない。
私のことがめちゃくちゃ好きだなんて…
なら普通は絶対一緒にいたいはずじゃないの?
なんかさゆみは悟りきったもの言いだけど、彼女は神様でも占い師でもないんだし、絶対正しいことを言ってるとは限らない。
「安佳里わかんない?あいつはね、安佳里とまともに付き合ってフラれることが怖いんだよ」
「でも高校時代は付き合ってたんだよ」
「だから尚更なのよ。同じ相手に二度フラれたら立ち直れないほどのショックだもん。ひょっとしたらリリアと別れた後遺症もあるかもしれないわ」
「う〜〜ん。。」
「それともうひとつ。アタシがパンツを幼稚だって言ったのはね、安佳里のことを美化しすぎてるんじゃないかって思うのね」
「美化って…どういうこと?」
「パンツにとっちゃ安佳里はお姫様か女神様みたいなもんってこと」
「!!」
すごい…リュウヤが私に言ったことと同じことをさゆみが勘だけでしゃべってる。
「安佳里わかる?あいつの心の中のあんたはオナラなんて絶対しないし、うんこもするはずがないのよ!」
熱のこもったさゆみの語調が強かったため、横のテーブルとさゆみの背後のお客さんが振り向いた。
「ちょ…ちょっとさゆみ、声が大きいってばっ」
小声で注意する私にハッとしたのか、横のテーブルのお客さんを見て少し顔を赤らめたさゆみ。
「アタシとしたことが…(^^ゞ」
つまり彼女の言いたいことは、リュウヤが判断した選択は、私に対する愛情が強すぎることによるものだという。
いくじなしのリュウヤが、もしも私と付き合い続けてイヤな部分を垣間見たとしたら、保ち続けて来た深い愛情が冷めてゆくのが怖かった。または私に冷めてゆかれるのが怖かったんじゃないか。
これがさゆみの出した見解。確信をついていると私も思う。
言葉は違うけれど、リュウヤ本人も本質的には同じことを言ってる。
“結局付き合っちゃったりしたらさ、すれ違いだって必ず生じてくるわけだろ。付き合う前と微妙に思い描いてたことと違ったりしてさ”
私の脳裏にあのときのリュウヤのセリフがフラッシュバックした。
「わかったさゆみ。たぶんその通り。ハッキリさせてくれてありがとう」
「少しは気が晴れた?」
「うん。私決めたよ。たった今」
「おぉ〜!そうそう。クヨクヨしたって仕方ないもの。そうでなくちゃ!」
「うん」
「で、安佳里としてはどう決めたの?」
「私、彼とこのまま距離を置くことにする。それで自然消滅になったとしても後悔しない」
「────は?」
きつねにつままれたようなさゆみの顔。開いた口がふさがっていない。
私、何かおかしいこと言ったかな?そんなに変なこと?
「そんな顔しないでさゆみ。私は本当にもうやるだけやったの。これ以上は何もできないし、何もしたくないの」
「ん〜〜〜そっかぁ…そう考えちゃったんだ」
明らかにガッカリした様子のさゆみ。
「そんなにおかしい?彼の意志どおりにしちゃいけないこと?」
「別にいけないわけじゃないけどさぁ……あともう一歩なのに惜しいなぁって」
「そんなことないよ。惜しいだなんて…」
「惜しいよ。所詮無理な恋愛なら諦めもつくけど、安佳里の場合みすみす目の前の恋を諦めるようなもんじゃない」
「悪いけど私はそうは思えない。これ以上私が動くとしつこすぎるだけのような気がするの」
「でも安佳里…」
「あらためてこんな形の恋愛もアリなんだって考えてみてもいいかも…いえ、考えるべきなのかも…」
「ん〜〜〜ん・・・・・」
さゆみが考え込んでしまった。座席の背もたれに寄りかかって腕組みをしながら目をつぶっている。
さながら体育会系の男監督のよう。
そして彼女はそのままの状態で、吐くため息と同時に言葉を漏らす。
「はーっ…ゴールは近いのになぁ…絶対近いはずなのに…」
(続く)