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52話 恋人のかたち

 ひとりカラオケで4杯目のおかわりはモスコミュール。

 歌いながらの立ち飲みや回想も、さすがにできなくなっていた。

 

 最高に明るくしていた部屋の照明も最低に下げ、長いソファに勢いよくバタッとのけぞる私。

 天井の消えかかったオレンジ色の照明をぼんやり眺めながら、大きく深呼吸をした。

 でも実際の話、それは深呼吸ではなくて、深いため息にすぎない。


「ダメだわこれじゃ……絶対ダメ」


 今やすっかり定番となった独り言。

 誰も聞いてないと思うと、心に思うことも口に出してしまう習慣になっている。


「これじゃ自分のベッドにいるのと同じじゃない…」


 すぐに飛び起きる私。酔いがまわってるせいもあって、頭がふらついた。

 なのにテーブルのお酒を再び手に取って、まるで反射的な行動のように喉に流し込む。

 ここにきて、なんだか急に体がだるくなったような気がする。

 ソファの上で背筋を伸ばして座ってることすら、もうおっくう。


 張りつめた気持ちで臨んだリュウヤとの対面。

 いい意味で、緊張がほぐれたための疲労なら何も問題はなかった。

 でもこれは重い疲れ。抜け出せない迷路に入り込んだような重苦しい胸のうち。

 いつまでもこんな湿った気持ちでいるのはイヤ。


「やっぱり30分くらい寝よう」


 そう割り切った私は、再び勢いよく仰向けにドサッとソファに倒れ込んだ。

 

 ───ところが…

 

 そこで私はとんでもないドジをしてしまう。

 酔っていたせいで思考回路がマヒしてる私は、片手にお酒の入ったグラスを握ったまま、仰向けに崩れたのだ。

 必然的に、グラスから飛び出た4杯目のモスコミュールが私の顔面を直撃。

 それだけじゃない。鉄砲水のように鼻の穴まで襲ったその液体は、私を呼吸困難にした。


「うぐっ!うぐぐぅ…うっ…」


 再び飛び起きた私は目も開けられず、わさびを感じたときのようにツーンと染みる鼻をおさえながら、もがき苦しんでいた。

 一瞬で酔いが覚めたのは言うまでもない。


「もうイヤだ…」


 自前のハンカチで顔を拭き、少し落ち着きを取り戻すと、しばらく放心状態になった。

 5分…10分…いや、ひょっとしたら30分以上、私は固まっていたかもしれない。

 と言っても、この私が無の境地のはずもなく、当然のように深く入り込んでいった回想シーンはさっきの続き。

 そう。私を悩ませたリュウヤのあのセリフ。


「好きっていうのとさ、付き合うっていうのは同じことなのかな?」


 私を悩ませることになったリュウヤのセリフ。

 私をひとりカラオケに来させた発端のセリフ。

 このあと彼は、自分なりの持論があるかのように話を続けた。


「俺、こう思うんだ。長年ずっと好きな人を思い続けているとさ。もうそれだけでいいんじゃないかって」

「…え?」

 どういうことなのか、よく呑み込めない私。

「だってほら。結局付き合っちゃったりしたらさ、すれ違いだって必ず生じてくるわけだろ。付き合う前と微妙に思い描いてたことと違ったりしてさ」

「それは確かにあるとは思うけど…」

 やっと返せた言葉がリュウヤに相槌を打つようなセリフだなんて、情けなくてしかたなかった。 

「そんなのって、なんか切ないと思わないか?」

「……私には…よくわかんない」

 そうとしか答えられない。今日は受け身のつもりでここに来た私。

 何を言われてもリュウヤに従うつもりで来た私。


 ───でも…


 でもリュウヤったら何でそんなこと私にフルんだろ?

 それもそうだよねなんて、私が言うとでも思ってるんだろうか?

 それとも単に同意を求めたいだけ?


「安佳里には悪いけど、俺はそう思うんだ。今までずっと安佳里のことを遠くから見て来た。俺なりにできることもしてきた。だからもう俺はこれで満足なんだよ」

「…満足?ホントにそれで?」

「あぁ。なんていうかその…俺はまだガキみたいな恋愛をしていたいっていうかさ」

「……」

「つまりその……なんかこっ恥ずかしいな<(; ^ ー^) 」

 じれったいけど、リュウヤの言葉を待つしかなかった。一体何がいいたいのか?

「あの……あのな。安佳里は俺の心の支えだったんだ。俺にとっては女神様みたいなもんだ」


 リュウヤのとんだ買いかぶり。私なんて女神とは似ても似つかない女。

 人を正しい方向に導くこともないし、優しさ溢れる女でもない。

 その逆に、憎まれ愚痴なら何度でも叩く。セフレとも遊びまくる。


「リュウヤ。それは間違ってる。私は絶対リュウヤが思ってるような女じゃないよ」

 なぜかここは自信を持って言えた。言っておけなければならなかった。

 なのにリュウヤの口から、いとも簡単に返答が。

「わかってるさ」

「えっ?」

「そんなのわかってる。だからもう言うな」

「だって…」


 フェンスに寄りかかったまま、首だけ私の方へ振り返るリュウヤ。

 その顔は真顔ではなく、ほころびかかってるような表情で、そして優しい眼差しで私を見つめていた。

「今のままの関係でいよう。俺に今のままの気持ちでいさせてくれないかな」

「……それでリュウヤは本当にいいの?」

「なんていうかその……仮に安佳里と同棲をしたとしたとするだろ?」

「うん…」

「そんなの全く想像つかないんだ。安佳里と現実の生活をするってことがさ」

「私って、生活感のない女に見える?」

「そうじゃない。そうじゃなくて、俺が安佳里に対して生活感を感じたくないんだ。永遠の彼女であり、女神であり。。」

「そんな恥ずかしいよ。私、カリスマモデルでもナイチンゲールでもないんだよ」

「ん?…ナイチンなんとかって誰だ?」

「ごめん。例え間違えた。マリア様だった…」

「それもよくは知らないけど、ニュアンスはわかる」


 お互いあまり「学」がないから、下手な例えを言うとボロが出るし、説得力にも欠ける。

 でもここは、私がリュウヤの意見に折れるしかないようだ。

 それに最後の最後に言われた言葉がコレ。


「安佳里は俺をずっと思い続けてくれたわけではないだろ?俺の一方的な片思いを最近になって受け止めてくれただけだと思うんだ」

「違うよ。そんなんじゃない。でも…もしもそんな理由だったとしたら……ダメなの?」

「ダメとかそういうことじゃない。むしろその方がいい。お互いの細かい煩悩ぼんのうなんて、何も知らない方がいい。今まで通りのカタチでいられるからね」


 こう言われては、もうどうしようもなかった。

 煩悩だなんて。まさかここでリュウヤの口からお坊さんの言う単語が出てくるなんて思ってもみなかった。


「わかった。。じゃあ…今までの関係のままってことね。。」

「ありがとう。納得してくれて」

                    (続く)

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