51話 スキってなに?
ひとりでカラオケに来るのは初めて。
──そう、私ひとり。なぜかひとり。
リュウヤと会って話したまでは良かった。
でもその後、一緒にごはんを食べに行った店では、すでに意気消沈していた私。
残さず食べる親のしつけのせいで完食はしたけれど、味を堪能できる精神状態ではなかった。
別にフラれたわけじゃない。決してそうじゃないんだけど…
リュウヤは私を家まで送ってくれると言ってくれた。優しい口調で穏やかに。
少しぎこちない言葉の噛み具合は、高校時代を思い出す。
彼の変わったところと言えば、自分のことを“僕”と表現していたのが“俺”になっていたくらい。
そんなこと別に不自然でも何でもない。
とにかく私は送り返されるのを断った。
こんなモヤった気持ちのままで家に帰りたくなかったから。
どうせすぐに帰ったところで私のことだから、部屋の天井を見つめて妄想と回想の世界に入るだけ。
今はそんな自分にはなりたくない。
カラ元気でいいからもっと明るい自分でいたい。
だって、そうじゃない。
キライって言われたわけじゃないのに…
むしろ好きって言われたのに…
なのに煮え切らない私の心。リュウヤの真意は本当にあれで良かったのかな?
考えれば考えるほど悩みは尽きない。
でも今日はこれ以上、悩みたくない。気分を立て直したい。
だから私はカラオケで歌うことに決めた。
一般的にはひとりカラオケだって最近では珍しくない。
他のOLグループに受付を見られているときは恥ずかしかったけど、ルームに入ってしまえばこっちのもの。
今夜は歌いまくるんだ!お酒も好きなだけ飲んじゃえばいい。
よくいる大阪のおばちゃんみたいなガラガラ声になったって。
アップテンポな歌を中心に、思いつくままの選曲。
JUJU、ミリヤ、カエラ、テルマ…
一息つくとカクテルをお代わりして一気に飲み干す。
そして次にモー娘、ELT、林檎、パフィ…
だんだんと歌う曲が昔のヒット曲に移り変わってゆく。
そんな中、何曲目だろう?私はうっかり選曲ミスをしてしまう。
つい、ユーミンのバラードを入れたもんだから、私の奥底にくすぶっていた感情が掘り起こされてしまったのだ。
私得意のフラッシュバック癖がついに勃発。
こうなると自分の目の前が幻影だらけになる。
人はこれを上の空というのだろう。今話かけられても多分私は反応しない。
そこまで自分を知っていながら、そんなリピート世界に入り込んでゆく私。
今日で──今日で全てが決着すると思っていた。そうすべきだと心に誓っていた。
なのに実際はその逆で、何をどうしたらいいかわからない難題にぶち当たってしまった。
なすべきことがわからない。迷うばかりの私。
これがベストだったんだろうか?これが新しい恋愛の形なの?
以前にもまして独り言が多くなった私。
狭いルームで独りブツクサ言ってる様は、人が見たら薄気味悪いかもしれない。
でもいいんだ。気にすることはないもの。ここは私だけの空間なんだから。
回想しながらも歌い続けている私。
これって器用なのか変なのか。。
しかも泣きながら歌う私。今歌ってる曲はドリのLOVE LOVE LOVE。
歌詞に対する感動もあるけれど、リュウヤとの会話が鮮明に蘇って来たことが最大の理由。
───約1時間前
「俺も安佳里がずっと好きだったよ」
少し照れくさそうにうつむき加減で言うリュウヤ。
私はその一言で胸が熱くなった。
もう私のことなんて、とっくに冷めてしまったんじゃないかと内心思っていたから。
「ごめんな。梅子との一件で俺はウソをついていた」
リュウヤのこの言葉に対して、私は深く追及しないことにした。
モッチーからも事情は聞いてるし、今ここで本当の気持ちが聞けたのだから。
「もういいよ…」
そう言う私の返事をよそに、彼は自分なりの釈明を語り始めた。
「良くないさ。俺はズルかった。自分をごまかしてたんだ。本当に情けないと思ってる」
「情けないのは私。リュウヤじゃないよ」
その時の私達はもう目を見て話してはいなかった。
打ちあわせしてるわけじゃないのに、二人ともほぼ同時に流れる川の向こう岸に目をやり、ただボーっと眺めながらお互いの声に耳を傾けていた。
「俺は臆病者だったんだ。一方的な俺の片思いだとはっきりわかったとき…」
「だから違うよ。私だって…」
「まぁ聞け。とにかく俺はそう思ったんだ」
「・・・」
「そんな自分の重たい性格に嫌気がさしてさ。ずっと続いた片思いも冷めたふりをしてたんだ。俺は強気で押すタイプの男じゃない。わかるだろ?」
「う…ん。。」
「俺は逃げに入った。どうせ両思いじゃないのに、いつまでもこっちが好きのまんまじゃバカみたいだと思ってな。安佳里には随分と気のない素振りもしたよな。本当にすまないと思ってる」
リュウヤがこんなに正直に話してくれている。
高校時代から胸のうちを言葉に出すのが苦手な彼。
そんな彼が今、こうして私の前で語ってくれている。
思えば、私はリュウヤに助けられてばかり。
高校時代、私がトラウマを思い起こさないための自然な別れ。
そして彼が芸人になってからも、まさに彼流、誰も思いつきなどしないトラウマの克服法を考えてくれていた。
リュウヤは何も悪くない。
逆に私の方がどれだけ迷惑をかけたことか。。
リュウヤは全て自分のせいにしてる。
そうじゃない。絶対そうじゃない。
「リュウヤ、もう謝らないで。あなたが責任を感じることなんて何もない」
私の方に振り向くリュウヤ。私も彼を見つめた。
何秒間か…いや、何十秒か…いや何分か…
別にテレパシーなんてないから、意志疎通ができるわけじゃない。
でもリュウヤが次に口にしたことは、私が思っていたことと同じだった。
「もう過去の話しはこれくらいにしよう」
ほんのり微笑むリュウヤ。優しい眼差し。
私はここに来るまで、受け身でいようと思っていた。
これからどうなろうとリュウヤの意志のままに進もうと。
ここまで来る過程はいろいろあったけど、お互いが両思いを確認できた今、もう私たちには障害はない。
そう。今がまさにそれが証明された瞬間。
そして、これから二人の進むべき選択肢が、ついに彼の意志によって始まろうとしているのを直感的に感じた。
リュウヤは何らかの結論を出したはず。
いよいよそれが次の言葉で決まる。。
────でも……でもそれは。。
あまりにも意外な言葉から始まった。
「スキってなんなんだろう?」
───は?
「好きっていうのとさ、付き合うっていうのは同じことなのかな?」
どう答えていいのか、完全に言葉を失った私。
(続く)