50話 オアシス広場
夕方と言っても空はまだ明るかった。
フェンス越しに大河の流れを見ていると、心なしか風はないけど涼しい感じ。
ついに来た。約束の待ち合わせ場所に。。
多少の緊張はあるけれど、迷いはない。
それを更に確定づけたのは、意外にもおとといのギンゾーの訪問。
あのギンゾーが、私ごときの小娘に頭を下げ、泣いて謝った。
自分が悪いと気づいたらすぐに謝る姿勢。
今まで軽蔑の念しか抱いてなかったギンゾーのイメージを、一気に払拭することにもなった。
当たり前のことかもしれないけど、これができなかった私。
悪いと気づいてもすぐには謝れなかったこと。頑なに意地を張ること。
でも今日は言える。今日こそ言える。今日だから言える。
あとはリュウヤが来るのを待つだけ。
広場中央にはベンチもたくさんあるけれど、すでに人で埋まっていた。
川に沿って数百メートル続いているフェンスにも、所々にカップルや、彼氏待ち、彼女待ちの面々が点在している。
昼の強い日差しも遠ざかり、私にとっては最良のコンディション。
元々、晴天はキライ。真昼でも曇りの方が大好き。
私の性格を反映してるのかもしれないけれど。
遠くにリュウヤの姿が見えた。
広場からここまではまだ少し距離があるけど、彼は私に気づいたようで、こちらに向かって手を振った。
私は自分の胸のあたりで小さく手を振り、すぐに流れる川の方へ向き直る。
だって、彼が歩いて来るのをじっと見つめながら待つのって、なんとなく恥ずかしかったから。
それに実は、私の思い描いている理想の待ち合わせというのもひとつあって…
それは、フェンス越しに向こう岸の街並みを見ている私を、背後から優しくそっと声をかけて欲しいこと。
贅沢を言えば、背後から優しく肩に触れてくれてもいい。もしくは抱きしめてくれたって構わない。
それが今の関係ではとても無理なことだとわかっていても。。
こんな乙女チックでドラマじみたことを妄想しているなんて、スレた私には今までなかった。
やっぱり私はリュウヤが好き。あらためてそう確信した。
「ごめん安佳里。遅くなった」
川を眺めている私の耳に聞こえてくるなじみの声。リュウヤの到着。
でもなぜか……ちょっと声が遠くて、聞こえてくる方向も真横から。
「あ…( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)」
不審に思った私が振り向くと、彼は10メートルほど離れたところにいる別な女性に声をかけていた。
振り向く知らない女性の顔を見て、ハッと後ずさりするリュウヤ。
その光景を見た私は噴き出してしまった。
「リュウヤこっちこっちっ!(^□^;」
助け舟を出した私にやっと気づいたリュウヤ。驚きの真顔がまた笑える。
「す…すみません。間違えました」
丁重に謝って、頭をかきながら私の方へ歩いて来る彼。
「わりぃ。ドジった。後姿が似てたから」
「いいよ。なんか緊張がほぐれたよ私」
「ん?緊張してたのか?」
「ちょっとね。いい風が吹いて来たわ。気持ちいい」
私が再びフェンスに両手をかけ、川の対岸に目をやると、リュウヤも私のとなりで同じ姿勢をとった。
「ここ来るの初めてかい?」
私はその質問には答えなかった。
グズグズして本題を伸ばすのはもうNG。
今ここで決着しないと、途中またどんな邪魔が入るかわからない。
言うなら今。今しかない。
私はリュウヤに向き直った。
「私ね、今まですごくズルい女だったの」
この言葉に首をかしげるリュウヤ。
「安佳里、先にごはん食べに行こうよ。話しはそこでしないか?」
やっぱりこんなパターンになってしまう。これじゃいけない。
「お願い。今言わせて。今じゃないと言えなくなっちゃう」
私の真剣な眼差しが伝わったのか、リュウヤが折れた。
「うん…いいよ。安佳里がここでいいなら」
彼も私に体ごと向き直り、片手はフェンスの上部に添えていた。
これでもう邪魔は入らない。私に与えられた時間に気持ちをぶつけるだけ。
「リュウヤ。今まで本当にごめんなさい」
私は深々とお辞儀をした。
「ん?今まで?どういうことだ?なんで安佳里が謝るんだ?」
「聞いて。私ね…私、リュウヤが好き。本当は大好きなのに今まで言えなかった…」
「……」
「それなのに思わせぶりな態度したり、あなたを見下すような言い方したこともあった。私、本当に反省してるの。今も悔やんでる」
「……」
「私、横瀬リリアにすごい嫉妬してた。自分でも驚くくらい。そしてハッキリ気づいたの。私はリュウヤが好きなんだって」
「ん〜〜」
リュウヤがややうつむいて考え込んでしまった。
それにどんな意味があるのか気にはなるけれど、とにかく私は自分の主張を言い続けた。
「私は自分勝手な女。だからリュウヤにその気がなかったら、付き合えなくたっていい。私が撒いた種だから。ただ、どうしても私の意志を今日、あなたに伝えたかった。そして謝りたかった。今日はその一念だけ。私からの要求は何もないわ」
言えた。。完璧とは言えないけれどなんとか言いきれた。
次に気になるのはリュウヤの言葉。
どんなことを言われようとも、私はそれに従うつもり。
今までセフレと好き勝手してきた私に、ハッピーな結果が待っているのは都合が良すぎるし、そんなこと天が許してくれるとも思わない。
でもそれはそれで、真摯に受け止めよう。それでいい。
今日、決めて来たことだから。
(続く)