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49話 ギンゾーの涙

 後頭部を殴られたような衝撃が走る。

 私は食べようとしていたサーモンを醤油の入った小皿に落とした。  

 

”ビチャッ!”


「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lはぅっ!」


 続けざまのダブルショック。

 飛び散った醤油が私のTシャツを茶色に染める。

 でも汚れたシャツを気にしたのは一瞬だけ。

 それよりも何よりも、私のCPUはギンゾーの言葉による衝撃を優先した。


 ギンゾーが私のトラウマを……知ってる?


「おじさん、それ誰から聞いたの?」

 私の秘密を知ってるのは母しかいないわけだから、この質問は無意味かもしれないけど、確認のために聞いてみる。

「やっぱり本当なのか?」

 それには答えず質問返しをする私。

「おじさんにしゃべったのお母さんでしょ?」

 その答えは予想外なもので、しかも即答だった。

「いや、銀次郎だ」


 ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!! 


 銀次郎とはギンゾーの弟であり、私の父。

 その父が知ってるということは、教えたのは絶対母。

 あれほどお父さんには言わないでって念を押してたのに…

 ギンゾーに言ったところで、どうなるもんじゃないのに…

 私の表情が顔に出たせいで、ギンゾーもそれ以上は何も聞いてこない。

 それが私にとっての救いだった。

 もし、ギンゾーが酔っ払っていて、二ヘラ〜っと笑いながら、

『おじさんとキッスでも試してみるか?(*`▽´*)ウヒョヒョ』

なんて言おうものならブチ殺すとこ。

 でも実際はその逆。真顔で私に視線を送りながら箸が止まっていた。

 私に何か次の言葉を求めているのはわかってるけど、どう答えていいかわからない。

 動揺してしまった私が今更否定したところで、ギンゾーに受け入れられるはずもない。

 というか、早くこの話題から逃れたい。

  

「あ、そういえばビールあるの忘れてた。お茶だけじゃ物足りないよね。すぐ持って来る」

 そそくさと立ち上がる私。それが余計に白々しいお芝居になったけど、とにかく一旦この場を出たかったから。


 冷蔵庫の前で一息間をとったあと、缶ビールを2本取り出した。

 このまま普通に戻っても大丈夫かもしれない。

 ギンゾーはもうわかってるんだし、動揺した私をこれ以上追及しては来ないはず。

 そう思いながらも緊張している私は、つい小芝居じみた明るい声で席に戻る。

「おじさんお待たせー!グラスに空けた方がいいよね?(*'‐'*)ウフ♪」

 ギンゾーは無言。私は目線を合わさずに、グラスにビールを注ぐ。

「はい、おじさん。ごめんね遅くなって」

 チラッとギンゾーと目が合ったその瞬間、私は自分の目を疑った。


 ───ギンゾーが泣いている…


 信じられなかった。真顔のギンゾーの目に涙がにじんでいるなんて。

 あっけに取られて言い出す言葉も見当たらない私に、ギンゾーが話し出す。

「安佳里…おじさんのせいなんだな…」

「えっ?」

「おじさんのせいで…チュウできなくなったんだろ?」

 所詮ごまかそうと思っても無駄だった。

「それもお父さんから聞いたの?」

「…そうか。やっぱり本当だったのか…」

「え!?どういうこと?」

「原因は誰からも聞いてない。おじさんがそう思っただけだ」

「!!!」

 おじさんはあぐらをかいたひざに両手をあて、深々と頭を下げた。

「安佳里すまん。本当にすまん。銀次郎にも申し訳ない…」

 再び謝られてもどうすることもできない。

 現に今もトラウマを引きずってる私。

『おじさん、そんなこともうどうでもいいよ』とも言えない自分がいる。

 私がせいぜい言えたのはギンゾーに尋ねることだけ。

「おじさん、どうしてそう思ったの?自分が原因だって」

 ギンゾーは少し頭を上げただけで目線はまだ下を向いている。

 そしてそのままの状態で口を開いた。

「うちは長年子供に恵まれなくてな…安佳里が生まれたときから可愛くてしょうがなかったんだよ」

「・・・」

「だからしょっちゅう、口実をつけてはここに来てたんだ。お前に会いにな」

「私に…会うために?」

「あぁ。そして安佳里にチュウばかりしてたんだ。自分でもしつこすぎるのがわかったくらいだ。だから気がついたんだ。それが安佳里にとってはかなりの苦痛だったとね」

「それにいつも酒臭かったからだよ。ヒゲもこすれて痛かったし」

 なぜかすんなり言えた私。

「すまん。おじさんの酒グセは生まれつきなもんでな…」

 

 ──それ、生れつきって言わないと思うけど(^_^;)


「それに毛深いからヒゲもすぐ伸びるんだ。子供の軟い皮膚には痛かったかもしれん。でもわかってくれ。おじさんは安佳里が可愛くて可愛くて、舐めるくらい大好きだったんだよ」

「舐めるくらいっていうか…舐めまくってたよおじさんは(-_-;)」

「そうだったかもしれん」

「あのね…; ̄_ ̄)」

「お前がおじさんを毛嫌いしてることは知っていた。安佳里が子供の頃、おじさんの口に脱いだ靴下を突っ込んだときの真剣な顔を見てそう思った」

「そんな前から…(^_^;)」

「その理由が今ようやくわかったよ。心からお詫びする」

 ギンゾーがみたび深々を頭を下げた。

「おじさん、もういいよ。そんな何度も…」

「すまん…本当にすまん。安佳里の人生を台無しにしたかもしれん。チュウもできなきゃ彼氏も作れなかっただろうて…」


 ──う!鋭い。でも続かなかっただけで彼氏は一応いたんだけど^^;


「もう頭下げなくていいよ。普通にして。おじさん」

 さっきのように、少しだけ頭を上げたギンゾーの目からは、滲んでいた涙が落ちている。

 口を開く声も涙声。まだビールも飲んでいないから、泣き上戸になってるわけじゃない。

「おじさんの若い頃は厳しくてな。結婚するまで何もしちゃあいけなかったが、今はそんなこと言ってる時代じゃないからな」

「本当に何もしなかったの?」

「それは無理だった」

「(ノ__)ノコケッ!」

「それを思うと、余計に安佳里が不憫ふびんに思えてなぁ…」


 別に私、したくてたまらなかったわけじゃないんだけど^^;


「こんな寿司じゃお詫びにもならんが、好きなだけ食ってくれ」

 ギンゾーはビールには手を出さずに泣いて私に謝っていた。

 こんな真剣に、そして対等に話したのは初めてのこと。

「安佳里、ほら」

 ギンゾーがポケットの財布から1万円札を出して私に差し出した。

「いいよおじさん。お寿司ごちそうしてもらったんだし」

「違う。これはそのTシャツ代だ」

「あ…」

「おじさんのせいで汚してしまったんだから、新しいのを買いなさい」

「悪いもん…」

「若い娘が醤油のシミのついたシャツで外に出れんだろう」

「シミはちゃんと落とすから(^_^;)それにこれ、部屋着だし」

「まぁいいからいいから」

 結局、無理やりお金を押しつけられて受け取ってしまった私。

「おじさんがここに来るのも今日が最後だ。安佳里にしてやれることはもうない」

「え?」

「引っ越しするんだ。距離も遠くなるからなかなか来れないと思う」

「手伝いに行こうか?」

「ありがとう。その言葉だけで充分。気持ちだけ受け取っておく。おじさんが言えた義理じゃないが、いい嫁さんになってくれ。それが1番の願いだ」

「おじさん…」

 

 このとき私は二つのことに気がついた。

 子供の頃から毛嫌いしていたギンゾーに、これほどまで深く愛されていたんだと。

 実の子じゃないのに。単なる姪っ子なのに。泣いて私に詫びるほどに。

 そして今夜の訪問は、最初から計画的だったこと。

 きっと父や母と連携して、今夜は家を留守にし、私とギンゾーを二人きりにさせたのだ。

 ギンゾーが私の大好きなお寿司をとってくれたのもそのせい。

 私が回転寿司に連れて行こうとしたときも、出前にこだわった理由もよくわかる。


 なんだか不思議。

 そう思うと、今までのわだかまりが一気に解けてゆくような気がした。

 これほどの長い確執かくしつが一気に…

 そして次に私の口から出た言葉。

 今までの私とは信じられないセリフが飛び出した。

「おじさんが来れないんだったら、私が会いに行くよ。待っててね」

「安佳里…」

 ギンゾーは自分の手で涙をぬぐった。

「こんな年取ったおじさんが姪っ子の前で泣くなんて、みっともねぇや…ハハ」

「おじさん、お寿司食べよ。まだいっぱいあるよ」

「あ、あぁ…」


 こうして長年続いたギンゾーとの犬猿の仲に終止符が打たれた。

 ビールを飲んでるのに爽やかな、そして清々しい夜だった。

 ギンゾーと会うのが、これが本当の最後になるとは夢にも思わずに。。

                 (続く)

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