4話 3人目・ユースケの巻(後編)
7回目のデートはカラオケ。
フリータイムで散々歌いまくった後、彼が突然言い出した。
「安佳里がキスできるようになるためには練習が必要だと思うんだ」
「はぁ?」
「キスにもいろいろあるから、段階に応じて訓練すべきだと思う」
「段階って…; ̄_ ̄)」
ぶっちゃけ何だそれ?って思った。
不安に戸惑う私に、彼はまどろむような眼で微笑む。
こういうところがちょっとエロくてナルシストっぽい。
「心配するなよ。最初は軽く1秒だけチュッとするだけさ。いい?」
「でも…」
躊躇する私に対して、彼は更に説明する。
「安佳里のトラウマのひとつは匂いだろ?そんな匂いなんて、俺とキスすりゃいっぺんに消えるって」
いかにもキス慣れしてるような言い方。
どれほどの自信過剰者なんだよお前は?とも思ったけど、挑戦しないと私自身の進歩もない。
ついに私はコクリと首をタテに振る。
“チュッ♪”
それは一瞬のキス。
あっけなく終わったのに、私の体は堅く強張っていた。
でもその行為が終わると、一気にほぐれた緊張の糸。
(;-_-) =3 フゥ
なのに、それと同時に生まれた新たな疑問。
“あれ?このさわやかな味ってナニ?”
そう。一瞬だけど確かに感じた柑橘系の味。
私の疑問をよそに、ユースケがニッコリ笑って言う。
「な。平気だったろ?」
「え?…うん。まぁ…」
「どうした?何考えてる?」
タイミング良く聞かれたので、私は率直に聞いてみる。
「なんかレモンの味がしたような…」
ユースケは( ̄ー ̄)フッと笑う。
「初恋の味は甘酸っぱいものさ」
そんなセリフを吐いて自分に少し酔いしれてる彼。
きっと用意していた答えだ。
「私の初恋は子供の頃に終わったもん」
「あら((ノ_ω_)ノバタッ」
ユースケがマジでこけた。
私がキスぎらいだからって、ユースケは自分が私の初恋の相手だと勘違いしていたようだ。
でも彼は状況の立ち直りが早い。
「安佳里。じゃあもういっぺんキスしてみよっか?」
「Σ(ノ°▽°)ノええっ?」
「今できたじゃん。どんな味かもう一度確かめてみろよ」
「いいから何をしたのか教えてよ」
「だからチューしたらわかるって」
「もうっ!(≧ヘ≦)」
結局2回目のキスもすることに。
”ちうぅぅっ♪”
う…長い。。
時間にすればおそらく3秒くらい…
でも私には3分にも感じられた。
私が目を開けると、すでにユースケも目を開けている。
二人の目が合うと、彼のくちびるが私から離れて行く。
きっとこれはユースケの計算なんだと私は思った。
「どうだい?全然大丈夫じゃん。安佳里はキスを克服してるよ」
そう言われても信じがたい。騙されてるような気がする。
「ねぇ教えて。何か食べてる?それとも……あっ!わかった!」
突然ハッと気がついた私。こんなことなんてめったにないのに。
なるほど…そういうことか。。
「お、やっと気づいたか?安佳里だってつけてんじゃないのか?」
「フレーバーリップね。つけてる友達はいるけど、私は使わないもん」
「そうなんだ。つければいいのに」
「そのうち買おうとは思ってたの。それ何味?」
「はちみつレモンさ。ミントだと初恋の味にならないだろうと思ってね」
「そこまで初恋にこだわることないのに^_^;」
「( ̄┰ ̄;)ゞへへ…でもこの味と香りに抵抗はないだろ?」
「うん…そんなにはしないけど…」
「じゃやっぱり良かったじゃん。これからもしばらくこの手でいこう」
「!?工エエェ(゜〇゜ ;)ェエエ工!?」
ちょっと複雑な心境だけど、とりあえず気持ち悪くならずにキスできたのは事実。
私のキス恐怖症もクリアできる日も近いかもしれない。
私にとっての救いの神はユースケになるんだろうか?
だがそんな浅はかな予想は、8回目のデートでもろくも崩れ去ることになる。
8回目のデート。
俗に、恋人と焼肉を食べると深い仲だと言う。はっきり言って肉体関係。
そんな一般的な言われ方に当てはまらない私達が、焼き肉バイキングでたらふく食べたときのこと。
もうお腹いっぱいで、店を出てからも歩く気がしなかったので、近くの公園のベンチに腰を落ち着けた。
時刻は午後7時すぎ。私の家の門限は一応8時だからまだ大丈夫。
秋は日暮れが早い。空にはもう星が光っている。
公園中央にある噴水が、色とりどりにライトアップされて幻想的。
こんなシチュエーション、まさにカップルにはうってつけの場面。
私達も例外ではなく、そのロマンティックなムードに酔いしれていく。
ベンチでユースケにそっと肩を抱かれる私。
ゆっくりと彼の顔を見る。彼は真顔で私を見つめていた。
序々に近づく彼の顔。キスの予感。。
───く、くる!
おそらく今日もフレーバーリップをつけているのかもしれない。
だから…きっと大丈夫!
私は目を閉じて彼のくちびるを受け入れる。
でもそれが、とんだ間違いだったことに気づいた時にはすでに遅かった。
…うぐっ!!ううぅぅ…
いくらはちみつレモン味だろうが、ミルフィーユ味だろうが、更にその上をゆく強烈な焼肉臭には到底叶わなかったのである。
しかもユースケは、どっぷりこのムードに酔いしれて、私と重ねたくちびるを一向に離そうとはしない。
私の後頭部を手で抑えて更に引き寄せるばかり。
私にとっては地獄の拷問となった。
うっ…んぐぅ…うぅ…う。。
もう「う」しか言えない状態。
私に蘇って来る過去の記憶。
それが完全に呼び戻されたとき、ついに限界を迎えた。
うげぇぇぇぇ〜〜〜!!
……やってしまった。。
すごくお下劣で言いにくいけれど、彼の顔面にゲロシャワー。
更に最悪なことに、その気持ち悪さで彼もすぐに“もらいゲロ”
このことで、ユースケの態度が一変。
罵倒罵倒の大ゲンカ。これまでの優しさなんて露と消えた。
結局わかったのは彼の優しさは外見だけの偽りだったこと。
だからキスは無理だって言ったのに…
なんで焼肉のあとにキスなんてしたんだろう。。
終わったことはもうどうにもならない。
こうして、3人目の彼との交際も終わりを告げた。
にも関わらず、懲りない私はその2か月後には4人目の新しい彼氏ができていた。
(続く)