47話 苦手意識
私はギンゾーを居間に通した。
奥さんに先立たれ、兄弟や親戚の家を転々としながら過ごしている哀れな叔父。
持ち家はあるけれど、子供もいない一人暮らしの家には長くこもっていれないらしい。
元々おしゃべりが大好きで、社交的なギンゾーにとって、今は辛すぎる現状なのかもしれない。
そして今日だって百キロも離れた自分の家からはるばるやって来ている。
そんな叔父に私は居留守を使うわけにもいかなかった。
「今日は誰もいないよ。お父さんは夜勤だし、お母さんは帰るの遅いって」
ソファに座ったギンゾーに、私は少し離れた場所から立ったまま説明する。
「まあいいさ。安佳里さえいれば別にかまわん」
・・・( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)どういう意味?
「安佳里は晩めし食ったのか?」
「まだ。私もちょっと前に帰って来たばかりだから」
「じゃあおじさんと一緒に食べようじゃないか」
ゲッ!Σ(・ω・;|||やっぱりなんかヤバい展開になって来た。
ギンゾーと私が二人っきりでごはんを食べるなんて想像できない。てか想像したくもない。
でもこれは確かな現実。私にとっての拷問。
疲れて帰宅したのになんてことだろう。。
今日の星座の運勢は最下位だったのかな?
それより第一、急に来たお客さんに出す料理なんて、うちには何もない。
いつもならギンゾーは前もって来る日を通達して来るのに、今日に限ってそれもない。
我が家は中流家庭よりはやや下のランク。
毎日ごちそうばかり食べてるわけじゃない。
来客予定があるときは、準備時間が必要なのだ。
「おじさん、今日はジンギスカンも何もないよ」
「もう食い飽きた。それに最近は脂っこいものが食べれなくなってな」
「じゃあ何食べる?私は残りもので簡単に済ますつもりだったから…」
私がそう言うと、ギンゾーは内ポケットの財布から二万円を取り出した。
「安佳里、これで寿司をとろう。出前頼んでくれ」
「ええっ?いいの?」
「寿司嫌いか?」
「ううん。大好き」
私は思った。今『寿司嫌いか?』なんて聞くくらいなら、もっと私が子供の頃に『ジンギスカン嫌いか?』と聞いてほしかった。
なら私はすぐに『お寿司がいい!』と答えることができたのに。
「おじさん、何人前頼めばいいの?お母さんはたぶん食べて来ると思うけど」
「俺と安佳里しかいないんだから五人前でいいさ」
どういう計算なんだ…(^_^;)
「おじさん、それよりも近くに100円回転寿司があるから行かない?私、案内するから」
「ダメダメ。あんなの見てたら目が回る」
───言ってる意味がわかんない(^□^;A
「でもおじさん、回転寿司なら五千円くらいで済むよ。私、お持ち帰りで買って来る」
こう言ってもギンゾーは真っ向から否定する。
「そんなことしなくていいから。配達してくれるとこに頼めばいいだけだろ。寿司はやっぱり寿司職人が握ったのでなきゃダメだ」
「ふぅーん。。」
昔の人だから頑固なこだわりがあるようだ。
まぁいいわ。ギンゾーの言うとおりにしてあげよう。
高くてもお金は払ってくれるんだし、おいしいお寿司が食べれるんならそれで。
「もしもし。配達頼みたいんですけど。えと…五人前」
私はタウンページから、住所の近いお寿司屋さんを抜粋して電話をかけた。
ギンゾーが私の背後から指示を出す。
「安佳里。“上”を頼みなさい」
「うん。じゃあ特上を五人前お願いします」
「違うっ!特上じゃない。ただの上っ!」
ギンゾーがちょっと焦ったようだ。
「じゃあただの上でお願いします」
「中トロと穴子は絶対入れるように!」
「中トロと穴子は絶対入れて下さい(⌒-⌒;」
私はギンゾーの指示をリピートするように注文した。
それにしても、脂っこいものは食べれなくなったと言うわりには、中トロと穴子を指定するのはいかがなものか。。
私が一番イヤだったのは、お寿司が来るまでの待ち時間。
ギンゾーと共通の話題なんてひとつもない。
一応はお客さんだし、ギンゾーをリビングにひとり置いて、私が部屋に戻るわけにもいかない。
どうしよう。。とりあえずテレビでも観ててもらうしか…
「安佳里、実はおじさんな、お前に話があるんだ」
「えっ?」
「まぁここに座ってくつろぎなさい。遠慮はいらん」
───ここ、私んちなんだけどな…^_^;
とりあえず私は言われた通りにするしかなかった。
ギンゾーはソファ。私はテーブルを挟んで、反対側の床の上に座る。
するとギンゾーもソファから降りて、床上にあぐらで座り直した。もちろんカーペットは敷いてあるけれど。
「おじさんはソファに座ってていいよ。その方が足も楽…」
と、私の話がまだ済まないうちに、ギンゾーは突然態勢を正座に変えた。
───えっ?
そして次の瞬間、勢いよく両手を床につけ、頭を深々と下げた。
「安佳里…すまん。おじさんが悪かった。許してくれっ!」
───ちょ…なに?なんなのこれ?
(続く)