43話 隠れた場所から
「シーッ!聞こえる聞こえる!」
リュウヤがかなり焦りながら私の腕を引いて立ち上がらせた。
「居留守つかえばいいじゃない?」
「もう無理だ。ちょっと待っててくれと言っちまった(⌒-⌒;」
「バカ…(-_-;)」
「あ!そうだ。安佳里の靴が玄関に…」
「ダメじゃん^^;」
リュウヤはドタドタとした足音も立てずに、流れるようなスリ足で一目散に玄関へ。
まるで祖先が忍びだったような小刻みな足の運び。
再び戻った彼の手には私のローファーが握られていた。
「うまいだろ。俺の先祖、伊賀者だったらしいんだ」
「やっぱり…^^;」
「安佳里、ベランダに出て!狭いけどちょっとの間我慢してくれ」
「クローゼットとかないの?」
「ねぇよそんなの。さ、早く早く」
背中を押されながらベランダへと追いやられる私。
「待たせた理由をどう言わけするつもり?」
「今、素っ裸だから服着るまで待ってくれと言ってある」
「急によくそんなこと思いついたわね」
「まぁな。じゃあ悪いけどこの靴持ってベランダのわきの方へ行ってくれ」
「わき?」
「カーテンはするけど、シルエットが映るかもしれんし」
「なんか怖い…」
まさかここに来て隠れるなんて思ってみなかった。
言い知れぬドキドキ感が私を襲う。
「ごめんな。じゃあ」
リュウヤはそう言い残して、私が外に出るなりベランダもカーテンも素早く閉められた。
古いアパートにしてはベランダがあるなんて珍しい。
とは言っても、人ひとりがギリギリ立っていられる幅。
しかも柵の高さは私の腰よりやや低く、体のバランスを崩すと外に落ちてしまいそう。
そもそもこのベランダは、人が出て外の風景なんかを眺めるためのものじゃなく、きっと鉢植え置場が洗濯物干場なんだ。
とにもかくにも、ここが2階じゃなくて良かったと思うばかりの私。
リュウヤの指示通り、ベランダの外枠の端に身を置いた私。
通行人に見られはしないかと、また別な理由でハラハラドキドキ。
恥ずかしさも加わって、どうしよう、どうしようと迷いながら何気に見た隣のベランダ。
───男っ!
目と目が合ってしまった。
そこには髪の毛モシャモシャ頭の男が、パンツ一丁姿でこちらを見ている。
しかも別なパンツを両手に広げながら固まっている。なぜ?
───へ、変態だっ!
私の表情を読み取ったのか、ストップモーションの魔法が解けたモシャモシャ頭が口を開いた。
「あの…俺、変態じゃないッスから。洗濯物取り込んでただけッス」
なるほど。そう言われてみればそうだ。
隣のベランダの上方には、洗濯ロープが長くかけており、衣類の数々が干されている。
パンツを両手に持っていた理由がようやくわかった。
とりあえず、男の言い訳は正しそうだったので、軽く苦笑いの会釈をする私。
考えてみれば、こんな狭いベランダに突っ立ている私だって、隣からしてみれば怪しい女。人のことは言えない。
これ以上、この男と会話する気もさらさらないし、関わりたくもないので、180度そっぽを向いた。
そんな矢先、わずかに開いた戸の隙間から、声が漏れ聞こえてきた。
明らかに女の声。それは紛れもなく、横瀬リリアその人の声であるのに間違いなかった。
私はその場にしゃがみ込み、開いた戸の隙間に聴き耳を傾ける。
盗聴は悪いことだとは知っているけど、聴かずにはいられなかった。
リリアの第一声。それは清純派であり、おしとやかキャラとして人気の彼女とはかけ離れた言動だった。
「アタシに赤っ恥かかせて、あんたナニサマのつもり?」
(続く)