42話 あの頃のように
6世帯が入居している2階建てのボロアパート。
壁の色も薄汚れたドスグレー。
震度2の地震でも全壊してしまいそう。
そんなアパート1階の右端の部屋で、一人暮らしをしているリュウヤ。
なぜもっとマシなマンションにでも引っ越さないんだろう?
去年、ギャグがブレイクして結構稼いでるはずなのに。
と、余計なお世話的なことを考えながら、玄関のチャイムを鳴らす私。
部屋の奥から足音が近づいて来るのがわかった。
今日は私の意思をちゃんと伝えなければならない。一瞬にして私に緊張が走る。
玄関のドアの前で足音がピタリと止まり、10秒くらいの静かな間。
おそらくリュウヤは覗き穴から私を見ているんだろうと思った。
衝動的に、その穴に向かってピースをしそうになった私。
でもそれはあまりに不自然なことに気づいて、思いとどまった。
───もっと落ち着かなきゃ…自分をごまかしちゃダメ。
やがてドアが静かに開いた。
「安佳里……どうした?」
良かった。今日のリュウヤは酔ってない。これから飲むつもりなのかは知らないけど。
「うん。リュウヤときちんと話したいと思って。こないだはごめんね。突然押し掛けて」
なんとかスムーズに言えた。
「いいよ別に。今日もアポなしじゃん」
「…まぁそうなんだけど。。; ̄_ ̄)」
会話が途切れて数秒間の沈黙。
でも再び話し始めたのはリュウヤから。
「とりあえず上がれよ。何もないけど水ならある」
「うん^^;」
私はリュウヤの後ろについて中に入る。
先を歩く彼が、こちらを振り向かずに私に言った。
「昨日は俺も悪かった。あんな酔っぱらった姿見せちまって…みっともねぇったらありゃしない」
小声でボソッと自分自身にも言い聞かすような物静かな言い方。
昔から変わらないリュウヤの言い回し。
こんな場面で不思議と懐かしさを感じた私。
今日は本音で話せる気がした。
昨日まで飲み散らかってたビールの空き缶はすでに片付けられていた。
私はテーブルの下に敷かれた座布団に案内されて腰を落ち着ける。
その後リュウヤは本当に、グラスに注いだ水を私に持ってきた。
「ありがと。ちなみにビールは?」
と聞いてみる。
「全部飲んだ」
「そう^^;」
「飲みたかった?」
「ううん。聞いてみただけ」
「買って来るよ?」
「違うよ。ホントに聞いただけなの」
「遠慮すんなよ」
「してないってば。今日はリュウヤと話したかったの。私、酔ったら寝ちゃうもん」
「…そっか。じゃあゆっくり話そうか」
「うん」
不思議なくらいに、とても大人しくて優しい口調のリュウヤになっていた。
彼は私を斜め横から見る位置に、ドカッと座る。
私も最初から足を崩していて、正座なんてしていない。
不意に、二人とも地ベタリアンだったことを思い出した。
かつて付き合っていた高校時代。リュウヤの影響で、私はどこでも構わず座れる人になった。
当時はそんな中で、いつも二人でたわいのない会話をしていた。
今はアパートの中だけれど、まさに当時のそんなムードになりつつあるような気がする。
でもそれは、あくまで私が勝手に思ってるだけで、今のリュウヤがどう感じてるのかはまだ不明。
私の方がまだ、精神が幼いのかもしれない。いえ、きっとそう。
もうあれから7年も経とうとしてる大人なのに。。
いつまでも沈黙は良くない。私の方から話しに来たんだから、しっかり伝えなければならない。
お水をひと口いただいて、私は今の思いをストレートに言う決意をした。
遠まわしにまわりくどく言ったって、リュウヤに苛立ちを起こさせるだけだもの。
「リュウヤ…私、今までのこと全部謝る」
リュウヤがキョトンとした。
「え?なに?今までのことって?」
「私の態度全て。あなたと6年ぶりに再会した
ときからの私全て。いえ…高校時代に別れたときの私から全て」
「な・・・・・」
ダメな私。まだストレートに言えてない。心を言葉にすればいいだけなのにそれができない。
───先に好きだって言えばいいじゃない。それから謝ればいいのよ。
そう自分に言い聞かせて、今度こそ素直に話そうと思った矢先、
「俺の方こそ謝らないと。安佳里に随分気を遣わせちゃったよな。ごめん」
私が躊躇しているうちに、リュウヤから先にしゃべらせてしまった。
「芸能リポーターに付きまとわれてないか?」
「全然^^;」
「そっか…もう俺も落ち目だしな。リポーターにも見放されたか。。」
「・・・・」
「俺のことはもう気にしなくていいから、安佳里は自分にあった彼氏を見つけて幸せになってくれ」
いけない。これじゃリュウヤペース。何のために私がここに来たのかわからない。
「リュウヤあのね…」
────ピンポーン
と、そのとき玄関にチャイムの音。思わずため息の私。
「ブタかな?」
リュウヤが言うブタとは親友の芸人仲間“ボタモッチー”さんのことだとすぐにわかった。
「わりぃ。カギかけてるから、ちょっと見てくる」
その約10秒後、血相を変えて戻ってきたリュウヤ。
まさしく予想外のことが起きたことに間違いない。
「安佳里!!…ちょっとその…とにかく隠れてくれっ!」
あたふたと慌てふためくリュウヤ。
「なに?どうしたの?」
リュウヤは私に目をそむけながら言った。
「のぞき穴の外に…リリアがいる。。」
「( ̄□ ̄;)えええええ〜〜?」
(続く)