40話 私にできること
ベッドに横たわっていても、私の手の届く範囲にはいつもティッシュの箱が置いてある。
おもむろに手を伸ばして、つまんだティッシュで鼻をかんだ。
別に鼻風邪なんてひいてない。
じわじわと込み上げる思いがそうしている。
目から出ている液体はそのまま放置。横向きに寝ているから枕が濡れていた。
モッチーの言うことが本当なら……いや、たぶん絶対本当。
こんな勘の鈍い私が言うのも変だけど、なぜかモッチーを信用することができた。
今日会うまで見ず知らずの人の言葉を信頼するなんて、今までの私にはなかった。
これが自分でもびっくりするほど不思議。特に男という生き物に対しては、疑念から抱いて来た私。
そんな私が、超肥満で売れない芸人・ブタモッチーの言葉が絶対に正しいと根拠もなく確信している。
もしかして、これが女の直感というものなんだろうか?
恥ずかしながら、私は女でありながら、そんな直感が働くなんて経験、悲しいことに一度もない。
でも今は感じる。目で見て、耳で聴いて、肌で感じて確信した気がする。
それはなぜかと聞かれても、私には答えることができないけれど。
ボタモッチーって一体何者?
ふと、また違った疑問も浮かんできた。
あまりにもすごい彼の観察力や洞察力。
とても見た目からは想像できるものじゃない。
───あ…いけない。また私の悪いクセ。見た目で人の第1印象を決めつけるクセ。
きっとモッチーは超肥満とは言え、リュウヤ以上に繊細な心の持ち主なのかもしれない。
だからこそ、リュウヤの隠れた奥底の気持ちまでも、理解してあげられるんだ。
そんな親友がいるリュウヤがうらやましい。いつからなんだろう?
私にも、さゆみというたった一人の親友がいるけれど、彼女の言葉が強すぎて心に刺さるときもしばしば。
本音でしゃべってくれるのはありがたいことだけど、私の精神上、時と場合によっては凹んでしまう。
一体、ボタモッチーはなぜお笑いなんかしてるんだろう?
カウンセラーとか、もっと人の役に立つことができそうなのに。。
こうして話しが横道にそれるのも私の悪いところ。
人のことより自分のこと。私が今後どうするかが大事なところ。
リュウヤには追い返されたけれど、絶対このままにはしておけない。
酔い潰れていたリュウヤ。毎日あんなんじゃ、彼の人生も潰れそう。
私の今までの人生もろくなもんじゃないけれど、長年、私のことを思い続けてくれた彼の人生まで壊してほしくない。
私がリュウヤにできること。
それは決して同情ではなく、愛情を込めて彼に接すること。
そして彼にきちんと謝ること。
ほとほと意地っぱりだった私がもっと素直になること。
意地っぱりなのはリュウヤも同じ。だから彼は酔い潰れた自分を私に見られて、すねてしまったに違いないもの。
私は自分に誓った。
もう同じ失敗は繰り返さない!
会うタイミングを間違えたりしない!
セフレと遊びまくってメチャクチャな私だったけれど…
本当の相思相愛が叶う相手はリュウヤしかいない。
世間からバッシングされ、辛い立場のリュウヤ。
それを救ってあげられるのは私。
自惚れかもしれないけど、彼を守ってあげることが、今の私の使命。
行こう!もう一度、彼の元へ!
私は決意した。次の休みまでは遠すぎる。
明日にでもすぐに、私の仕事が終わったら直接リュウヤの家に行こう。
彼がいなかったら、いる日まで毎日でも通い続けよう。
それくらいの努力は私のせめてもの償い。これが償いと言えるかどうかわからないけど。
気持ちに整理がつくと、なぜだか元気になれるもの。
テーブルの上のチョコパイに手を伸ばした私。
それを頬張りながら部屋のテレビを何気につける。
「あ!」
私は思わず声をあげた。
今は日曜の午後10時13分。
テレビでは、トークバラエティ”おしゃれ気分”のレギュラー放送の真っ最中。
そして、その中には噂の渦中の女性がひとり。
そう、悲劇のヒロイン・横瀬リリアが出演していた。
(続く)