38話 やるせないウソ
私には合点がいかなかった。
ウソって何?どうゆうこと?一体ウソがいくつあるの?
モッチーとケータイで話したときに聴いたリュウヤのウソ。
つまり、フッたのはリュウヤじゃなくて、リリア側だということ。
それだけでも不思議だったのに、今度は私に対してこのウソ。
リュウヤがテレビで言ったことはどこまで本当のことなんだろう?
それとも全てウソ?いえ、決してそんなことはないはず。絶対そうは思えない。
「リュウヤ、意味わかんないよ。何でテレビでそんなウソ言う必要があったの?」
「そりゃ…アレだ。ほら、決まってるじゃないか」
そう言いながらもちゃんとした理由をすぐに言えないリュウヤ。
“アレ”とか“ほら”でごまかしながら、次の言葉を考えているのがよくわかる。
「教えて。わかんない」
少し強い口調で再度聞いてみる私。
焦り気味のリュウヤがドモりながら答える。
「リ…リリアと…別れ…早く別れたかった…からさ」
そんな自信のないしゃべりで言われても、説得力には全く欠けている。
彼を見つめながら沈黙している私に、再びリュウヤが弁解する。
「だから、リリアと別れるにはさ、他に好きな女がいるって言った方が確実だろ」
リュウヤは私と目を合わさなくなり、なぜかとっくに飲んで空になっている缶ビールを握りしめていた。
「じゃあ何で私に未練があるようなこと言ったの?ウソつくなら架空の人でもいいじゃない」
「それは…あのアナウンサーのせいだ」
「なんで?」
「…あのアナウンサーは憶えていたんだ。ずっと前のトーク番組で俺がしゃべったことを」
「それはつまり…」
「…俺が安佳里と別れてからも、ずっとお前に片思いでいたことをさ」
「・・・・」
「だから…だからつい、釣られて…話の流れでそう言っちまったんだ」
確かにこれでウソの釈明にはなったのかもしれない。
でもまだ腑に落ちないところがある。
「ねぇリュウヤ、それなら何でこんなに荒れてるの?言うだけ言ったんならスッキリするはずじゃない?」
「・・・・」
「そりゃ、お笑いを引退したショックは大きいと思うわ。でもあなたの方から彼女を捨てたんなら、こんなに凹むことないじゃない」
「・・・・」
「リュウヤは何に後悔してるの?」
「…別に後悔なんかしてない」
リュウヤは芸はうまくても芝居は下手。明らかに言葉と態度が逆。
「ねぇ、怒らないで聞いて。今のリュウヤは後悔だらけのような気がする」
「だから違うって」
「あなたは私と同じ」
「…同じ?」
「ええ。あなたは問題を全て自分で抱え込む。人に言えない。いつも一人で苦しんでる。昔からずっと。だから私と同じ」
「もういいから帰ってくれ!」
リュウヤが私に背を向けた。首はうなだれたまま、握った空の缶ビールを壁にぶつけた。
「わかった。ごめんね。またズケズケもの言っちゃって。私、帰るね……」
「…あぁ」
「それから…あまり飲み過ぎないでね」
「・・・・」
私は彼のアパートを跡にした。
今日、一番知りたかったことは、最後に私が聞いたこと。
“なぜそんなに荒れてるのか?”とうこと。本当はそれが知りたくてここに来た私。
でも思った通り、その本当の理由は彼の口からは聞けなかった。
私はリュウヤの性格をよく知っている。
『私には何でも話していいんだよ』と言ったところで『そうか、じゃあ言おう』という人ではない。
それは私も同じだから気持ちがよくわかる。だからあえて深くは聞かなかった。
ここからは感情の問題。メンタルな問題。
そしてその解決の糸口は、この私にあると直感的に思った。
「安佳里さーん!ちょっと待って下さーい」
背後から走ってるつもりのモッチーが私を追って来た。どう見ても競歩にしか見えないけど。
「安佳里さん…ハァハァ…ハァハァ」
すでに汗だくで息切れのモッチー。
「ちょっと痩せた方がいいよ。死んじゃうよ」
「すいません…ハァハァ…食欲には…勝てなくて^_^;」
「で、なに?息が落ち着いてからでいいけど」
「は、はい…」
両手を膝に当てて、前かがみになっていたモッチー。
待つこと2分ほどでなんとか平常通りの呼吸に戻ったよう。
「安佳里さん、あいつはあなたにウソを言ってます」
「…そう」
「僕がケータイで言ったことの方が真実です。あいつを捨てたのはリリアの方です」
「その理由は?何か知ってるの?」
「リリアはあいつが芸人として絶頂期のときに付き合うフリをして、自分の名前を世間に宣伝したんです。そしてあいつに宝石だのブランドだのって大金を使わせました」
「そうなんだ…」
「ええ。そしてあいつの人気が下降気味になると、もう会いたくないと一方的に連絡を断ち切ったんです」
モッチーの発言はウソには思えないけど、どうしても疑問が沸いてくる。
「じゃあ聞くけど、そんなリリアにリュウヤは恨みを持ってもいいはずよ。なのになぜ自分が世間からバッシングを受けるようなことを言ったの?」
「そこなんですよ。僕も最初はあいつのプライドなのかと思いました。女にフラれる屈辱が嫌であんなことを言ったんだと」
「リュウヤはそんな人間じゃないと思うけど」
「はい。全然違います。僕が間違ってました。それがさっきやっとわかったんです」
「さっき?」
「ええ。安佳里さんと話しているあいつの様子を見ていてわかりました」
「私とリュウヤの会話で?」
「会話というよりも態度ですよ」
「・・・・」
「こんなところで立ち話もなんですから、場所を変えましょう。すぐそばに公園があるんで、そこでどうですか?」
私は一つ返事でOKした。
「わかったわ」
(続く)




