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27話 私ってサイテー

 注文した飲み物が運ばれて来た。

 それが丁寧にテーブルに置かれてる間はしばしの沈黙。

 リュウヤはエスプレッソ。私はカプチーノ。

 二人とも無言のまま、スプーンでカップをかき混ぜ終わると一口喉を潤す。

 そしてカップをテーブルに降ろすなり、口を開いたのはリュウヤ。


「俺、安佳里がそんな女だとは思わなかったよ」

 リュウヤは私と目を合わさない。彼の目線は掴んだままのコーヒーカップ。

「何よ?どういうこと?」

「なんかさ、今の安佳里を見てると、自分の推理を面白可笑しく楽しんでるだけじゃん」

「楽しんでるなんて…そんなつもりじゃないよ」

「そうにしか見えない」

「違うよ」

「そんならわざわざ俺に『好きな人は誰?』なんて聞くことないじゃん。知ってたくせに」

「だからそれは、リュウヤの口から聞きたかったって言ったでしょ」

「聞いたところでどうにもならないってさっき言ってたじゃん」

「それは…」

「それってただの野次馬根性と一緒じゃん。スクープネタにするマスコミと一緒じゃん」

「……」

「そんなにお望みなら言ってやるよ。それで満足するんだろ?」

「そんな言い方しなくても…」

「どうせ会うのもこれが最後だろうから言ってやる。言ってやるから黙って聞け!」

 

 私はとんでもないことをしたと今になって気づき始めた。

 リュウヤに対する配慮があまりにも欠けていたことを。

 私って、なぜもう一歩その先が読めないんだろう……

 今更反省したところで、全てにおいて遅すぎた。


「俺は…俺は安佳里が好きだった。別れてからもずっと今までお前のことが好きだった」

 リュウヤの目線は依然コーヒーカップから離れない。

「そうさ。安佳里の推理通りさ。だからって、俺はお前にもう一度告白しようとは思わなかったし、まして俺を好きになれなんて言うつもりも毛頭なかった」

「……」

「安佳里が俺をなんとも思わないならそれでいい。それならそれでなぜほっといてくれない?」

「……」

 私は返す言葉を失っていた。リュウヤに返せる言葉なんて一言も見当たらない。


「それをわざわざ俺の前で謎解きのようなマネをして…どれだけイヤミなことかわかってんのか?」

 私もリュウヤの顔が見れなくなっていた。目の前のカプチーノにも手を出せないまま、ただ後悔の念でいっぱいになっていた。


 沈黙が続いた。

 3分か4分…いや、5分以上だったかもしれない。

 私はずっとうつむいたままの状態。

 店内を流れる物静かなBGMが、なぜか私の心に沁み入る。

 心地良いはずのBGMなのに、私に反省を促すように聞こえるのはなぜ?


 リュウヤが小さな吐息を漏らし、コーヒーカップをテーブルに置く音が聞こた。

 どうやら一気にエスプレッソを飲み干したよう。少し上目づかいで様子を見た私。

 不思議なことに、彼の様子はさっきまでとは全く違うように見えた。

 なぜだろう?表情が穏やかっていうか……わからない。


 それを証明するかのように、再び言葉を発したのはリュウヤの方。

 さっきまでの荒々しさは消え、本当に穏やかな口調で。それは思い出を話す口調そのもので。


「高校のとき、俺はいつもひとりぼっちだった。こんな変り者だし、いつも自分の世界でしか行動しないから当たり前かもしれないけどな。。。でもそんな俺に初めて声をかけてくれる子がいた。それが安佳里、お前だったんだ。それが後にも先にもお前ひとりだけだったんだよ。毎日のように出会ったあの公園に来てくれて、何のためらいも違和感もなく俺と話してくれたし、つまらない遊びまでも付き合ってくれた。会う機会が重なるたび、俺にとって安佳里はかけがえのない存在になっていった。安佳里といる時間だけが俺の癒しだった。心安らぐひとときだった。毎日が待ち遠しかった。俺にとって1番大事な人は安佳里しかいなかった。。。俺は…俺はキスなんかしなくたって、安佳里といられればそれで良かった。Hなんか必要なかった。そりゃ男である以上、生理的現象もあるが、そんなのいくらでも我慢できた。むしろ安佳里はそれ以上の存在だったんだ」

「………リュウヤ。。」

 何も知らなかった私。今頃になってリュウヤのせつなさが伝わってくる。


「あのとき、俺がトイレに立ったばっかりに安佳里は気づいた。そしてお前は俺を気遣って別れた。自分のトラウマのせいで俺を不幸にしたくないと思ったのはすぐにわかった。安佳里も苦しい立場だったし、お前を悩みから解消させるにはそれしかないんだと思った。だから安佳里の意志を尊重したんだ」


 私は黙ってリュウヤの言葉を聞きながらも、心に衝撃を受けていた。


「俺達は別れた。プラトニックな関係のままで。。でも俺にはどうしても安佳里が忘れられなかった。俺達はケンカして別れ

たわけじゃない。俺は考えた。安佳里のトラウマが少しでも軽減すればきっと……俺はお前のために何かしたかった。安佳里の悩みを知りつつ、何の役にも立たないで終わった自分に腹が立った。このままじゃ安佳里は幸せになれないと思った。キスのひとつもできないままじゃ、男は誰も相手にしてくれない。次に付き合う男が誰にしろ、フラれるのは目に見えている。俺は安佳里にそんな思いはして欲しくなかった。いつも俺の前で笑ってくれた安佳里でいて欲しかった。でも結局、何もできないまま月日は流れていった。そんな中、俺はオーディションに受かって、目標だったお笑いの道に入ったんだ」


 私はリュウヤの話に、只々聞き入っているだけだった。

 胸に熱いものがじんわりと込み上げてくる。

 それと同時に自分の浅はかさを深く反省しながら。


「この業界でやっていくには常に新ネタが必要なんだ。俺はブレイクするネタを必死で毎日やみくもに考えていた。一発ブレイクさせれば社会現象になる。世間の誰もがマネをする。俺がひらめいたのはそのときだったんだ。まさに逆転の発想だった。安佳里はディープキスができない。それなら、愛し合ってる恋人たちがディープキスするのなんて、もう流行らないと意識させようと思ったのさ。そこから生まれたのが“フィッチュ”だったんだ。お互いが意識しないうち、不意に隙を狙って手でもホッペにでも額にでも軽いキスをする。そのスキンシップが世間に浸透すれば、安佳里に新しい彼氏ができたとしても、キスで困ることはないだろうと考えたのさ」


 うつむいていた私の目から涙がこぼれた。

 私が発せられる言葉なんて何もない。あるとしたら懺悔。

 これほどまでに私のことを思ってくれたリュウヤ。

 私は彼になんという卑劣なことをしたんだろう。


「この前の生放送で言ったことも安佳里の推理通りさ。お前、探偵になれるんじゃないか?好きな女性とは6年間、会ってないと言ったウソ。ああでも言わなけりゃ、マスコミは安佳里のことに気づいて尾け狙うだろ。1か月前に別の番組で会ってるわけだしな」

 

 そうか…そうだったんだ。。リュウヤはそこまで考えて…ウソまでもが私のために気遣ったものだなんて。。


「俺のやって来たことは何の意味もなかったのかな……結局、安佳里はテレビ観ない人だったわけだし」

 

 やっとの思いで私の口から出た言葉。何度言っても足りない言葉。


「ごめんなさい。。本当にごめんなさい。。」

                          (続く)

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