26話 彼の好きだった人は…
リュウヤとスケジュールの調整がとれたのは、それから5日後の夜。
仕事を終えた私は帰宅せずにそのまま待ち合わせのカフェへ。
3分も待たないうちに、サングラスにハンチングといったいでたちでリュウヤはやって来た。
来るなりキョロキョロ辺りを見回して警戒している彼。
どう見ても警戒されそうなあやしい人物はリュウヤの方。
「何してんの?」
と、単純に疑問をぶつける私。
「うん。大丈夫だ。俺の正体バレてない」
「パンツかぶってないから当たり前でしょ」
「そうなんだけどさ。やっぱり気になっちゃってね…」
「………^^;」
昔から天然の入ったリュウヤ。
どことなく緊張した面持ちで席についた。
「待った?」
「ううん。それほどでも」
「良かった。腹へってない?こんなとこじゃ腹も膨れないだろ?」
「いいの。話しに来たんだから」
「軽くメシ食った方が良くない?5分もあれば牛丼でもガーッと食えるじゃん」
「それは男の人でしょ^^; それに私、天丼の方が好き」
「じゃあ天丼食いに行こう」
私はちょっとイラっとした。
「今日は話が先。食事はいくらでもその後にできるわ」
「そ、そっか…わかった」
私たちは二人とも、飲み物だけを注文して、それが運ばれて来るまではお冷を口にしていた。
少し緊張しているのは私も同じ。
それでも水の入ったグラスを1杯飲み干した頃には、気分も落ち着けたような気がした。
今日、会うまでは話すきっかけが難しいかなって思ってたけど、遠まわしに聞けばリュウヤも話しずらくなるに違いない。
ここはストレートに言うべきと決意した私。
「生放送観たよ。リュウヤの好きな人って誰?」
あまりに私がストレートすぎたのか、一瞬ひるんだリュウヤ。
「ハハ…いきなりだなぁ(^_^;)」
「だってずっと考えてたんだもの」
「どう思って考えてたんだよ?」
「どう思ってって…ただ普通に気になったからよ」
「それ聞いてどうすんだよ」
「どうするって…どうもしないけど…」
そう言われると答えようがない私。
「どうもしないんなら安佳里に言ってもしょうがないし…」
「私ね、かなり調べたんだよ。高校時代のアルバム引っ張り出して全部観たんだから」
「へぇ…で、わからなかったのか?」
「うん。そのときはね」
「えっ?じゃ今は?」
「わかってるよ」
「・・・・・」
リュウヤの表情が少し険しくなった。これは私の予想外なこと。
「安佳里…少し意地悪すぎやしないか?わかっていながら何で俺に聞くんだ?」
リュウヤの声のトーンが低くなり、私は一瞬ドキッとした。
「だってその…リュウヤの口から聞きたかったんだもの」
「もういい…もういいよ」
急に投げやりになるリュウヤ。
このときの頭の鈍い私には、彼の気持ちを察することなんて全くなかった。
「えっ?リュウヤ怒ったの?」
「別に怒ってない」
「怒ってるよ絶対」
「そんなことはない…」
「いいえ、怒ってます!」
「・・・・・」
黙りこくってしまったリュウヤ。
仕方ない。私から言おう。たぶん間違いないもの。
「じゃあもう聞かないわ。私から言うから」
「・・・・・」
「リュウヤの好きな人って、私でしょ?」
「!!!」
少し驚いた表情を見せただけで、肯定も否定もしないリュウヤ。でもそれが逆に私に確信を与えた。
「最初はそうは思わなかったわ。だって、あなたはインタビューで好きな彼女と6年も会ってないって言うんだもの」
「・・・・」
「私はその部分ばかりを信じていたからわからなかったの。あなたのウソはそのひとつだけ。それを除けば全てがみんな私に関係していることばかり」
「・・・・」
「あなたの芸のネタは全て私のために作られたものだったのね」
それに対して、絞り出すような声でリュウヤが一言。
「…そこまで気づいたんだ。。」
「ええ。あなたは世間に恋人たちのディープなキスは、今の現代社会のステータスではないと思いこませようとした。だからフィッチュやデコスリ、鼻スリを流行らせた」
「・・・・」
「それもこれも私がキスができないっていうトラウマをやわらげるため。ディープなキス以外のスキンシップを日常に取り入れ、社会現象にすれば、私の精神的負担が軽くなると考えたからよ。そうでしょ?」
放心状態のリュウヤ。図星だったのには間違いない。
でもなぜか、その表情は益々堅くなっていく。そして更に複雑な表情に。
鈍感な私は、リュウヤの今の気持ちを察することなど、この段階に至っても全くできなかった。
この約1分後、沈黙を守っていたリュウヤは堰を切ったように勢いよく語りだすことになる。
(続く)