18話 盛り上がらない本番
スタッフとの打ち合わせは大まかなことだけ。
そっと近づいて、本人の後ろに立って下さいという指示のみ。
お芝居じゃないから、決められたセリフもリアクションもない。
トークはMCから聞かれたことだけ答えれば良いと言われた。
生放送じゃないから、万が一放送上、不適切な発言があっても編集できるからと。
(;-_-) =3 フゥ…バカなスタッフ。
素人の私が、テレビカメラの前で不適切なことを言うほどのしゃべりなんて、できるはずもないのに。
さほど緊張はしなかった。場所がスタジオじゃなく、こじんまりした“一人鍋屋さん”のせいもある。
私は予定通り、食事しながらMCとしゃべっているリュウヤの背後にそっと立つ。
MC:ところで、チビリおぱんつさんの初恋は高校時代って聞いてますが本当ですか?
ごく自然な流れで話しを誘導するMC。
「そうなんですよ。僕、こう見えて性の目覚めがすごく遅かったんですよ」
「それは意外ですよねぇ?それが今の芸風になるなんて」
「僕もそう思います(*^ー^*)えへへ♪反動って大きいもんです」
「その人とは付き合えたんですか?」
「んー…ほんの少しの間だけだったッスかね」
「もし今、会えたら何ていいます?」
ニヤニヤして話すMCにハッとするリュウヤ。
「えっ?まさか…」
彼は左右を見渡してから、次に後ろを振り向いた。当然そこには私がいる。
「うわーっ!!Σ(ノ°□°)ノ!」
すごい叫びに私も驚いた。番組的にはここがオイシイ場面なのかもしれない。
でも私にしてみれば、会えた感動も湧き上がる懐かしさも全く生まれてこない。
なにせリュウヤはパンツの覆面。素顔がわからないから変態にしか見えない。
このあとのトークは全く盛り上がりもしない悲惨なものだった。
素人の私がカメラの前でスラスラ言葉なんて出るはずもない。
MCに聞かれたことにも「はぁ…」「ええ」「そうですね」の片言。
番組としてはこういうのが一番困るらしい。
もっと私がリュウヤの隠れた一面について何か話して欲しいという意図はわかる。
それならそれで、ちゃんとした打ち合わせくらいしてくれたらいいのに…
正直、頭が真っ白で何も浮かんでこない。やっぱり私は緊張してるのかも?
でも私が悪いんじゃない。段取りの悪いスタッフがバカだからよ。
MC:安佳里さんはチビリおぱんつさんの正体を知ってましたか?
私:全然。
MC:でもテレビでチビリおぱんつさんの活躍はご存じだったでしょう?
私:いえ全然。
MC:こんなにテレビに出てるのに?
私:テレビ観ないんです。
MC:でも噂で彼の今年ブレイクしたギャグくらいは耳にしませんでした?
私:しません。
MC:あららら…弱ったな(^_^;)じゃ質問を変えましょう。
私:はぁ…
MC:安佳里さんと出会った頃の彼はどんな子でしたか?
私:ん〜妙な人?
MC:どんな風に妙だったんですか?
私:…なんとなく。
MC:あなたが彼の初恋の人だったことは知ってましたか?
私:いいえ。
MC:付き合っていた時期もあったと聞きましたが?
私:はぁ…まぁ。
MC:今、彼を目の前にしてどう感じました?
私:素顔を見てないので何とも。
MC:それもそうですね( ̄ー ̄;では覆面のままの彼を見てどう思います?
私:変態チック?
MC:なんかヤバいなぁ…じゃまた質問を変えます。
私:・・・・
MC:彼との思いでのエピソードは何かありますか?
私:…別に特には。。
MC:((ノ_ω_)ノバタッ…ダメだこりゃ。カメラストップして下さーい!
思った通り、やっぱりマズかったらしい。
私から見てもこんなのオンエアできる状態じゃないもの。
私とMCの会話が進むに連れ、リュウヤがだんだん凹んでいくのもわかったし。
その後、録り直しをすることもなく、私の役目は終わった。
きっと放送ではカットされるに違いない。
私は昔のリュウヤに会いたかった。
私の前ではパンツを脱いで…いや覆面を取って欲しかった。
でもそれは無理な話。世間の人には素顔は非公開ということだから。
私の出番も終わり、あとはリュウヤと別な関係者との収録を脇で観ているだけ。
つまんないから帰ろうとした私。すると突然!
「安佳里っ!ちょっと待って!」
収録中にも関わらず、リュウヤが私に向かって叫んだ。
その声の大きさにびっくりして振り向きざま固まる私。
「この録りが終わったら二人で話そう。カメラのないところで。な!頼むから!」
顔の表情はわからないけど、彼の目は真剣さを物語っている。
「うん…わかった」
私は承諾の返事をして、近くのイスに腰を下ろす。
収録を勝手に止めたリュウヤは、まわりのスタッフや関係者にお詫びをしていた。
───なんだろう?リュウヤは一体私に何を言いたんだろう?
(続く)