12話 回想の狭間
突然ケータイからの着信音に、私は昔の回想シーンから呼び戻された。
「何よもう…」
枕元に置いてあるケータイを取ることさえ、なんだかだるく感じる。
通話の相手はさゆみだった。彼女は私の愚痴友。
お互いの愚痴を交代に言いあっこして、ストレスを軽減している仲。
その効果は絶大というには程戸遠いけど、ため込むよりはかなりマシ。
今日の主役はさゆみで、私が聴き役。
そこで私はひらめいた。明日の愚痴の主役は私。
どうせ聞いてもらうんならケータイじゃなく、さゆみを誘って夜はどこかで一緒にごはんでも食べよう。
とにかく明日の夜は家にいたくない。
そのことを伝えると、さゆみから一つ返事でOKボイス。
これで明日の晩はギンゾーから逃れられる。
しかし世の中、そんなに何でもうまくはいかないもの。
翌日の夜になって、突然さゆみからドタキャンの連絡が入った。
同僚の仕事ミスにより、連帯責任として、同じ部署の人間全員が残業らしい。
すでに待ち合わせ場所に来ていた私は一人置き去りに。。
───まぁいいわ。このまま家に帰らなきゃいいんだし。
母には朝のうち、友達と食事する約束があると言ってあるから特に問題もない。
ただ、女一人で夜の外食というのもなんだか寂しい。
私一人では、繁盛している賑やかなお店に入る勇気などない。
と言って、小さな居酒屋のカウンターや屋台も好きじゃない。
知らない人と隣同士に座ったり、顔を合わせるのが嫌いだから。
───どこか目立たないバーにでも行こう。お腹も特別減ってるわけじゃないし。
メイン通りから、路地裏に入り、もうすぐ行くとラブホ街に出るという一歩手前にのスナックに足を運んだ。
薄暗いけど、なんだか照明の明るさが幻想的で心が落ち着く感じ。
小さい音量で店内に流れるジャズがとても心地が良く癒される。
お客さんはまだ誰もいないけど、それは当然のこと。
私がごはんも食べずに来たから時間がまだ早すぎるのだ。夜はこれからだもの。
「いらっしゃいませ」
感じの良さそうなバーテンが、物静かに挨拶する。
今日の私は誰とも話はしたくない。一人で飲んでいたい。
そんな気持ちも込めて、バーテンダーにお願いしてみる。
「あの…すみません。カウンターじゃなくて、あっちの隅の席に座りたいんですけど」
不思議な顔ひとつせず、彼はにこやかな微笑みで返答する。
「かまいませんよ。一人で静かに飲みたいんですね。どうぞご遠慮なく」
「ありがとう…」
何も食べずにアルコールを飲むと、一気に酔いがまわる。
1杯目のジントニックで、自分の頬がほてり出したのがよくわかる。
どうやら私は妄想壁があるらしい。
この場面で素敵な男性が現れたら…
そして偶然にも、私と同じキスが嫌いでトラウマになっている男性がいたとしたら…
もしそんな人が世の中にいるならば、その腕にギュッと抱かれたい…
もちろんキスなしで。でも私に対する愛情はたっぷりで。
こんな常識から外れたことを思ったのは、何も今だけに限ったことじゃない。
ずっと過去からそう思っていた。心の奥でずっと。。
経験がないわけじゃない。
あのときも…17歳のあのとき。。
当時の彼・キミヒコによってそれが現実の出来事になったあの日…
私は2杯目のシングルモルトを飲みながら、再び回想の世界へ深く落ちて行った。
(続く)