ユーレイのかずやが現れた
ー人生は一度きりなんだよ。後悔しないように生きよう。周りの人達を大切に。それをやるには自分が笑顔でいなくちゃいけないよー
ー前進あるのみ。今日も頑張っていこう!ー
ーありがとうって言葉が好きなんだ。誰もが幸せな気持ちになるよね。今日もいっぱいありがとうって言おうねー
ー俺のこだわりは、カッコつけないってことなんだ。俳優だから役者だからって、カッコつけるだけじゃ駄目だと思ってる。人の真似をしても誰もいいとは思わないし、何も伝わらないと思うんだ。自然体でいきたいんだ。そのままの俺を見て欲しいよー
ー毎日が充実できていないって嘆くのは嫌なんだ。待ってるだけじゃ駄目なんだよ。充実できるように自分が動かないとねー
読みながら、理由のわからない涙が流れてきた。
決してうわべだけの綺麗な言葉じゃないことが伝わってきた。
榎木田さんのことは、まだ何も知らないわたしだけど、榎木田さんの言葉は、わたしの心や魂に静かに静かに深く深く入ってきた。とてもピュアな心の持ち主なんだと感じた。
と同時に、わたしは自分のことしか考えていなかったのではないかと思い、恥ずかしくなった。自分だけが不幸で苦しんでいる、そんな風にしか思っていなかったのではないか。
周りの人の言葉の一言一言に傷つき、誰もわたしの哀しみなどわかるはずがないと思ってきた。声をかけてくれた人の中には、明らかに無神経な人もいたけれど、言葉をかけづらいわたしに、少しでも励ましたいという気持ちもあったのだと思う。
笑顔をなくしたわたしに、榎木田さんの、笑顔で、という言葉も親な気持ちにはならなかった。
救いの言葉なのではないかと思った。
哀しみで、笑顔をなくしたのは当然のことなのだけれど、このまま一生、笑うことのない人生を送るのかと思うと、わたしの人生は終わったということになる。
かといって、『笑う』ということは、かずやのことを忘れてしまった自分を、もうひとりの自分が見て「かずや死んだのに何故笑えるの」と必ず怒ると思う。
罪悪感……。
今はまだ忘れるとか、笑うとか絶対にできないけれど、何年か先、哀しみが薄れていくこと、かずやのことを忘れる時間が増えることの恐怖があった。
そんな日が来ることなんて、今は思えないけれど、人間は常に前を向いて生きて行かなければ生きていけないのだ。
だけど嫌だ。わたしが笑ったときは、かずやのことを忘れているときなんだ。そんな自分は冷血人間なような気がする。
だから笑っちゃいけないんだ。
笑うこと、楽しむこと、喜ぶこと、そんなことできない……。
今はわからない。今は笑えない。だけど、いつか笑ってもいいのだろうか。ねぇ榎木田さん。心の中で問いかけ、そしてありがとう榎木田さん、とお礼を言った。
「ふぅん。その榎木田さんって人、カッコイイじゃん」
背後から、かずやの声がしたような気がした。またか。時々聞こえるかずやの声。もしかして本当は死んでなんかいないのではないかと思い、その度に振り向くけれど、何処にもかずやの姿はない。
それでも毎回振り向かずにはいられない。いないことはわかっていても……。
わたしはいつものように振り向いた……そこには、かずやがいた……。
1秒…2秒…3秒……。
思考が止まっているのか、それとも脳内が、めまぐるしく今の状態を把握しようと動いているのかもわからずにいた。
「キャアァァァァァァァァァァァァァーーー!」
かずや、かずや、かずや……⁈
「なんだよ、その驚き方は。俺は背後霊でもお化けでもないぞ」
お化けというかユーレイでしょ……と言いかけたのをわたしはやめた。これは幻なのだろうか。ユーレイなんて存在するわけがない。だけど、本当にかずやのユーレイだとすれば、かずやは自分が死んだことがわかっていないということになる。
「おい。そこは笑うところだろ。何黙ってるんだよ。つぐみ」
何か応えなくてはならない。だけど、なんと言って返事をすればいいのかわからない。あなたは死んだのよ、などとは言えるわけがない。
「ひ、人のスマホ、勝手に覗くのやめてよ」
喉がカラカラとしていたが、なんとか言葉を絞り出した。
「えらく熱心に見てたから、浮気でもしてるのかと思ってさ」
「浮気なんかするわけないでしょ」
「あはは。わかってるよ。だけどさ、久しぶりに見るんじゃない?そういうの。前からファンだった?」
かずやのユーレイと話している自分が、意外と冷静なことに驚いている。夢で何度も見た。かずやが目の前にいて「ああ、やっぱり生きていたんだね。良かったー」と言って大泣きしながら、かずやに抱きつくシーン……。目が覚めても、喉がヒクヒクと痙攣していて、夢を見ながら本当に泣いていたんだとわかる。
抱きつきたい。
抱きしめたい。
手を伸ばせばすぐにかずやに触れる……。
だけど、そんなことをすると、かずやが消えてしまうのではないか?かずやが目の前にいるのに、どこか冷静な自分の感情に、また戸惑う。
そして、主治医の言った言葉が脳裏に蘇る。