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後編

最終回です。

 ―少女が目を覚ますと朝になっていました。


 いつの間にか少女が寝かせられていたベッドの上に、眩しい朝日が差し込みます。


 かけられていた毛布を剥いで、少女が狭い室内を見渡すと、魔女さんが鍋の前に立っていました。昨日のスープのおいしそうな匂いが漂ってきて、少女はぐー、とお腹を鳴らしてしまいました。


 その音に魔女さんは振り返り、おかしそうに笑いながら、『おはよう』と言いました。少女も『おはようございます』と恥ずかしそうに返します。


 「お腹がすいたのかい?もうすぐでスープがあったまるから、そこに座って、ちょっと待ってな」


 数分後、昨日と同じ湯気の立つ温かいスープが出てきました。そこに今朝はパンまでついています。


 「いただきます」


 少女がスープを口にすると、やはり昨日と同じ味でした。昨日と同じ具の少ないスープでしたが、やはり優しい味でした。パンは少し硬かったですが、スープに浸して食べると、この上ないごちそうでした。


 魔女さんは、自分も同じように食べながら、朝ごはんに夢中になる少女を優しい目で見ていました。


 そして、朝ごはんが終わり、食器を片付けると、椅子に座る少女へ魔女さんが何かを差し出します。


 「靴?」


 それは子供用の赤い靴でした。


 ヒールも飾りもない、とてもシンプルなデザインでしたが、歩きやすそうな靴でした。


 「これはね、魔法の靴なのさ」


 「魔法の靴?」


 「そう、ガラスの靴じゃないけれど、偉大な魔女がとびきりの魔法をかけた、魔法の靴さ」


 魔女さんは冗談めかしく笑いながら言いました。


 「この靴にはね、雪の上だろうが、いばらの道だろうが、はたまた、先の見えない暗闇の中だろうが、アンタがどんな場所でも負けずに立ってられる、そんな魔法をかけたのさ」


 『いいかい』と魔女さんは、真剣な目で少女を見ました。


 「アンタは、これからの人生の中でたくさんのことがあるかもしれない…。それこそ、悪魔達がいる地獄で自分が踊らされているような、そんな風に、この世界を思ってしまう時が来るかもしれない…でも忘れないで、この世界には悲しみや苦しみの数だけ、同じくらいに喜びや幸せがあるんだ」


 「……」


 「たとえどんな地獄みたいな場所に放り投げられても、そこで止まっちゃダメ。どんなに声に出せないくらいに悲しくても、どんなに足の裏が針に刺されるくらいに痛くても、ちゃんと自分で考えて道を選んで歩くんだ…」


 『そして、自分の人生を燃やして輝きな』魔女さんはそう言って、話は終わりました。


 少女は魔女さんがくれた魔法の靴を履きました。


 ちょうど大きさがピッタリで、今まで履いていたぶかぶかの母親のお下がりの靴よりも、ずっと足に馴染んだ感じがしました。


 魔法の靴ということで、宙に浮くことができたり、変身することができたりなどを、内心少し期待していましたが、特に変わったこともありません。


 しかし、その靴を履いた瞬間に心強さや安心感、そんな背中を押してくれるものを少女は感じたのです。


 「魔法ってすごい…」


 感動した様子の少女へ、魔女さんは苦笑しながら手を差し出します。


 「着いてきな、いい所があるんだ」


 少女はその手を取りました。




**********


 ―その後、少女は教会へと連れてかれました。


 魔女が教会へ行くなんて、と少女は思いましたが、魔女さんは教会の神父さん達と親しそうでした。


 その姿を少し遠くの庭から少女は見つめます。灰色の石造りの古い教会からは、楽しそうな子ども達の声が聞こえてきました。


 魔女さんは、神父さんと数人の大人達と共にこちらまでやってきました。


 「アンタは今日からここで暮らすんだよ」


 魔女さんは少女に告げました。


 「ここで?」


 「そうさ。ここの教会は、親のいない子供や、アンタの親みたいな両親を持つ子供が、暮らしている場所でもあるんだ」


 その言葉の意味を理解しきれず少女が首をかしげると、神父さんと他の大人たちは優しい笑みを浮かべていました。父親や母親、こちらを無視する大人たちとは全く別の笑みで、それは死んでしまったおばあさんと同じ笑みでした。


 「ここの人達には、アタシも何かとお世話になった。いいかい、ここの大人たちはアンタを守ってくれる大人だ」


 「……」


 「アンタが幸せになれるよう、手伝ってくれる人達だよ」


 「魔女さんとはお別れなの?」


 少女が聞くと、魔女さんは『知らないのかい?魔女はねぇ、ほんのちょっとの時間しか人とは会えないんだよ』と、言いました。


 そして、少女の髪型が崩れるくらいにぐしゃぐしゃと頭を撫でて、


「他の奴に燃やされんじゃないよ!」


 そう歯を見せてニカッと笑って、魔女さんは去っていきました。


 小さくなる魔女さんの後姿を少女は見つめます。


 履いた赤い靴よりも、明るい色合いの赤い髪。


 その燃える炎のような綺麗な赤い色が、いつまで経っても少女の頭から離れませんでした。



**********

 

―その後、少女は教会の孤児院で暮らし始めました。


 ここでは、毎日おいしいごはんを食べることができ、清潔な服を着ることができます。それに、神父さんを始めとして、周りにいる大人たちは優しく、他の子供達も来たばかりの少女に親切にしてくれました。


 神父さんたちは子供達にたくさんのことを教えてくれます。そして、少女が質問すると魔女さんについても教えてくれました。


 魔女さんは、この近くのアパートメントに住み、酒場で働いている人でした。そして、魔女さんには幼い娘がおり、女手一つで育てていましたが、先月亡くなってしまったというのです。


 魔女さんは、そのことを機にどこか遠い町へ引っ越しをする予定でした。そして、ちょうど、その予定日が少女を教会に連れてきた日だったのです。


 ちなみに魔女さんの娘と少女はちょうど同じ年でした。


 その話を聞いて数日後、少女は、魔女さんがくれた赤い靴を履いて、あのアパートメントへ向かいました。


 古いアパートメントはあの日のままでしたが、魔女さんがいた部屋は鍵がかけられていて、入れないようになっていました。


 扉に耳をくっつけても、足音すら聞こえません。


 ストーブの炎も、下手くそなピンクの花が刺繍された毛布も、あたたかいスープも、小花が描かれたコップに入ったミルクも、あの低い声の子守唄も、全てが夢ではなかったのかと思ってしまいます。


 しかも、魔女さんは魔女ではありませんでした。


 街の人達と同じ、魔法使うことのできないただの人間だったのです。


 しかし―


 ―この赤い靴を履いた時、私、たしかに魔法をかけられたと思った…―


 少女は、履いた赤い靴を見ます。


 きっと、毛布の下手くそなピンクの花の刺繍も、小花が描かれたコップも、全て娘さんのためだったのでしょう。


 そして、この靴も、きっとその娘さんのものだったのでしょう。


 魔女さんが魔法の靴と言ったこの靴はお下がりですし、元は靴屋で売られてい市販品です。


 しかし、この靴を履いた時、心強さや安心感、そういった温かくて力を与えてくれる何かを、少女は確かに感じたのです。


 「魔女さんは、やっぱり魔女だった…!」


 そう言った少女の瞳はただ力強い光を放っていました―




**********


 ―真っ白な雪が降りしきる大晦日の晩。


 人々が慌ただしく通り過ぎていく街の中。


 赤い靴を履いた幼い少女が、父親に手を引かれ歩いていました。


 とある家の前に来ると、コンコンと戸を鳴らします。扉が開くと、少女は勢いよく中に入りました。


 「おじゃまします、おばあちゃん!」


 「よく来たわね、いらっしゃい」


 少女の祖母は、嬉しそうな笑顔を浮かべて出迎えました。


 「プレゼントは買ってもらったの?」


 「うん、お父さんがクマのぬいぐるみを買ってくれたのよ!」


 祖母の問いかけに少女は嬉しそうに、父親におもちゃ屋で買ってもらった可愛いぬいぐるみについてあれこれ祖母に教えます。


 そんな、いつまでもコートを着たまま玄関にいる少女を父親は窘めます。


 「こら、先にコートを脱いでからにしなさい」


 『はぁーい』と少しふてくされたように少女は返事をしますが、大好きな優しい祖母へは満面の笑みを浮かべます。そんな、分かりやすく素直な孫娘の姿に祖母はクスクスと笑いました。


 「お母さんはどこにいるの?お母さんにも、早く見せてあげたい!」


 「お母さんは、先にキッチンにいるわ、今はね、ごちそうの準備をしているわよ」


 「ごちそう!」


 ごちそうという言葉に少女は目を輝かせます。


 そんな少女を優しく祖母は見守ります。


 リビングに移動して、ごちそうが完成するまで時間がかかるので、完成するまで待つよう言われた少女は、ストーブの前で祖母の膝の上に乗って様々なお話をしました。


 内容はいつも遊ぶ友達の話や、大好きな絵本の話、最近かけっこで一番になった時の話です。それだけでなく少女は早口に様々な質問をします。それは祖母の最近の出来事や、趣味である刺繍などの裁縫の話、少女がうんと小さい頃に死んでしまったという祖父の話です。


 そして、ちょうど、去年の建国祭の花火の話をした時に、この部屋にある棚の上のろうそくが少女の目に入りました。


 少女の大好きな祖母はろうそくの火を見ることが好きな人でした。その理由を今まで聞いたことがなかったことに少女は気づいたのです。


 「ねぇ、どうして、おばあちゃんはろうそくの火が好きなの?」


 「それはね、ろうそくに火を点けるとき、マッチを使うからよ」


 「それじゃあ、どうしてマッチ使いたいの?」


 「昔…あなたくらいの年の頃に、魔女さんに会ってね、アンタはマッチの火みたいな子だって、言われたからよ」


 少女は祖母の言葉に目を丸くしました。


 「おばあちゃんは、魔女にあったことがあるの?」


 「そうよ、炎みたいな綺麗な赤い髪をした、良い魔女さんだったわ」


 クスクスと笑いながら、祖母は少女に言いました。


 「その魔女さんは、箒で空を飛んだり、猫に変身したり、不思議なお薬を作るの?」


 「いいえ、そんなことはしなかったわ。ただ、私をおんぶして、自分の部屋に招いて温かいスープとミルクをごちそうしてくれたの。あぁ、朝ごはんには、パンもつけてくれたわね」


 「それ本当に魔女なの?まるでお母さんみたいだわ!」


 興奮したように言う少女。そんな孫娘の頭を皺だらけの手で祖母は撫でます。


 「そうね、まるでお母さんみたいな人だったわね…。だけど、男みたいな言葉遣いで、まるで船乗りさんみたいに豪快に笑う人だったわ」


 その時のことを思い出したように、祖母は懐かしいと言わんばかりに目を細めました。


 「魔女っぽくない魔女さんだったけどね、彼女は、ひどいことをされても怒ることも、逃げることもしなかった私に、とても大切なことを教えてくれたの」


 「大切なこと?」


 「そう…。これは魔女さんの受け売りなんだけどね、よく聞いてちょうだい…」


 祖母はいつになく、真剣な目で少女を見つめました。


 「人の命は人生そのものなの。人は人生を燃やして生きているわ。だけど、幸せになりたいとか、自分はこうなりたいって、ちゃんと考えて行動しなきゃ、自分で人生を燃やしているとは言えないの…。それをしないで、他人に任せてしまったり、昔の私みたいに、自分がひどいことをされても怒らなかったり、逃げることもしないのは、他人に人生を燃やされているということなの…」


 「んー、難しくて、良く分からない」


 少女は首をひねります。


 そんな少女を見て、祖母はまたクスクスと笑いました。


 「分からなくて当然よ。私も意味が分かるまで、何年もかかったの…まぁ、簡単に言えば、幸せになりたいなら、精一杯頑張りなさいということよ」


 皺だらけの顔で祖母は微笑みます。少女は、また首をひねりました。


 「それが魔法なの?」


 「えぇ。あと、魔女さんは魔法の靴をくれたわ。何の変哲もない赤い靴、けれど、見ているだけで、私にいつだって力をくれる靴だったわ」


 「魔法の靴!すごい!私も赤い靴だけど、魔法の靴になるかな?」


 目を輝かせる少女。祖母は優しく語りかけます。


 「もちろん…知ってる?誰かがあなたのために、赤い靴に願う…それだけで、魔法の靴になるの、自分は一人じゃないって…」


 「おばあちゃんは、魔女さんの魔法のおかげで幸せになれた?」


 少女が知る良い魔女は、絵本の中に出てくるような、王子様と出会わせてくれたり、みすぼらしい服も一瞬で綺麗なドレスに変えてしまうなど、そんな奇跡を起こして、人々を幸せにする存在でした。少女の無邪気な問いに、祖母は力強い笑みを浮かべました。


 「もちろん、私は魔女さんの魔法のおかげで、どんなに苦しい時も悲しい時も、諦めないことができたの。そのおかげで、私はちゃんと幸せをつかめたの」


 「幸せをつかむ…」


 「そうよ。それにね、私には、幸せになるお手伝いをしてくれる人達もいたわ、魔女さんのおかげで私はそのありがたみを知れたし…それだけじゃなくて、幸せにしたいって思った人もできたの…。私はその人と結婚して、息子を産んで、可愛い孫まで出来たの。だから、私はすごく幸せよ!」


 そう誇らしげに幸せな笑みを浮かべる祖母。


 少女は祖母に頭を撫でられます。


 「人は結局、最後はみんな燃えカスしか残らないわ。それに、どれだけ、誰かの側で隣り合う星みたいに燃えても、ある日突然、どちらかが燃え落ちてしまうかもしれない…。けれどね、だからこそ、人は精一杯に人生を燃やして輝かせるの。私は頑張って私なりの方法で生きてるのよって」


 「……」


 「だから、あなたも、ちゃんと自分で人生を燃やしなさい…。幸せになるために…」


 そういうと、祖母は少女へ笑いかけます。


 少女は、祖母が真剣であると分かっていましたが、祖母の家へ行くことやプレゼントを買うことを楽しみにしていたため、一日中はしゃぎ過ぎて、疲れてしまいました。そのため、すごく少女は眠たくてしょうがありませんでした。


 「あら、眠たいの?」


 「…うん」


 「寝ていいわよ、ごはんになったら起こしてあげるから」


 その言葉に、安心し少女は目を閉じます。


 まどろみの中で、今日はプレゼントも買ってもらったし、いつも履いている赤い靴が今までよりも、もっと好きになった素敵な日だと少女は思いました。


 そんな少女の耳に流れてくるのは、しわがれた声の優しい子守唄。


 そのメロディーを聞いていると、心の中に小さな火が灯るような、そんな温かさを少女は感じました―



fin


 


 


お読みいただきありがとうございました。

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