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前編

 ―真っ白な雪が降りしきる大晦日の晩。


 人々が慌ただしく通り過ぎていく街の中。


 みすぼらしい服を着た小さな少女が、寒い夜の道の中たった一人でマッチを売っていました。


 「マッチはいりませんかー?」


 寒さで声を震わせながら少女は声を出します。先ほどから同じ言葉を何度も繰り返しているのですが、誰も少女の呼びかけに答える人も、目線をこちらに向ける人もいません。


 みすぼらしい貧乏な子どもなど誰も興味がないのでしょう。そして、その子供がどうなろうとも構わないのです。


 こちらの存在を無視する人々に少女は、仕方がないので場所を変えることにしました。無駄であると分かっていましたが、少女はマッチを売らなければなりませんでした。


 そして、少女が歩き始めた時です。


 ガラガラッと目の前を勢いよく馬車が走り抜けていきました。


「キャッ!!」


  少女は間一髪で馬車を避けましたが、転んでしまい、靴をとばしてしまいました。慌てて少女は探しますがどこにも見当たりません。


 「どうしよう…一足しかないのに…」


 その靴は少女の母親のお下がりで、小さな少女の足には大きなものでした。靴がない今、少女は家に帰りたいと思いましたが、すぐに父親のことを思い出して諦めました。少女の父親は昼夜問わずいつでも酒臭い乱暴な男でした。そして、気に入らないことがあればすぐに娘である少女や、妻である母親に手を上げる最低な男でした。


 「…マッチ売らなきゃ、またお父さんにぶたれるだけだわ…」


 少女はマッチを売るために歩き始めます。


 白い雪の道の上に小さな足跡をつけながら少女は、『マッチはいりませんかー?』とお決まりの言葉を言い続けます。誰もこちらに目を向けもしない真っ白な道の上で、裸足の足で歩くのは、とても冷たくてたまりませんでした。それに寒さだけでなくお腹もすいてペコペコです。そして、ついに家々が集まる場所の前に来たとき、あまりの寒さと空腹に少女は歩みを止めました。


 少女は、そのまま腰を下ろし、暖をとるためにマッチに火をつけます。とても小さな火ですが、少女にとってはストーブの火のような暖かさを感じました。それに、全くおかしな話なのですが、マッチの火を見ていると大きなチキンや真っ白なケーキ、包装されたプレゼント、立派なクリスマスツリーなどが、次々と浮かんでくるのです。しかし、マッチなのですぐに消えてしまいます。そのため少女はマッチの火が消えては、また火を点けるという作業を何回も繰り返しました。


 少女は、何本目か分からないマッチが消えた時、煙が立ち上る空を見つめました。星々が輝く冬の夜空。雪が降っているにも関わらず、星が見えるのは、この白い結晶が星の欠片だからでしょうか。その時、キラッと流れ星が流れました。


 「あ、今、誰かが死んだわ」


 『星が流れるのは、人が神様の所へ召されたから』と言ったのは、少女の祖母でした。今は死んだ祖母ですが、とても優しかったことを少女は覚えていました。


 「おばあさんに、会いたいな…」


 マッチの燃えカスの匂いがひどく鼻につくなか、少女は呟きます。そして、また一本とマッチに手を伸ばそうとしましたが、すぐにひっこめました。


 「こんなことをしても、どうしようもないのに…」


 少女は火と共に見える、豪華なごちそうも、輝く物も全て幻であると分かっていました。全ては少女の憧れが見せる夢、つまり偽物。


 綺麗な服を着て、幸せそうな道行く人びとを見るとどうして、何もかもが自分とは違うのだろうかと少女は思いました。


 「あぁ、おばあさんに、会いたいなぁ…」


 寒さとは異なる響きを持って、少女の声が震えました。


 ―おばあさんの所へ行って…このまま、終わらせてしまいたい…―


 少女の視界が滲んで目を閉じたその時です。


 「―マッチ売りさん、マッチをくれないかい?」


 燃えカスの臭いがするその場所に、低い女性の声が響きました。


 少女が目を開けると、そこには一人の女性がいました。


 女性は、まるで燃え盛る炎のような赤い髪をしており、雪が降る真っ白な世界に灯された炎のようで、一瞬だけ少女はその色が綺麗だと見惚れました。しかし、すぐに赤い髪は魔女の髪と蔑まれる色だということを思い出します。実際に魔女などいるわけがないのですが、物知りであるはずの大人たちは赤い髪の人のことを必ずそう言うのです。


 「何本ですか?」


 少女が訊ねると、女性は『うちに来て、マッチをつけてほしいんだ。私は手先が不器用でね、マッチを点けるのが下手くそなのさ』と男みたいな、少々乱暴な言葉で、女性は答えました。


 少女は一瞬、大人たちが世間話の中でたまに使う、『人攫い』、『娼婦』、『人身売買』という言葉が頭に浮かびましたが、もはや自分がどうなろうとも構わないと思っていた少女は、女性に着いていくことにしました。


 女性に少女が『分かりました』と言うと、女性は爪先が紫色に変色した少女の裸足の足を見て、『おんぶしてあげるよ、乗りな』と言いました。少女は言うとおりに女性の背中に乗りました。伸ばされた赤い髪が少女の顔に触れます。以外にも柔らかい髪でした。



 『あの』と少女が声をかけると、女性は『なんだい?あと、敬語はいらないよ。固っ苦しい』と言いました。


 「あなたは、なんていう名前なの?」


 少女が聞くと、『客の名前なんて聞いてどうすんだい?』と女性は呆れたように言いました。そして、


 「アタシのことは、そうだねぇ…魔女とでも呼びな。真っ赤な髪をした、恐ろしい魔法を使うことだってできる、偉大な魔女さ」


 冗談めかしく笑い飛ばしたように、女性は自分を『魔女』と名乗りました。


 「魔女さん…」


 魔女さんの背中から伝わる体温。マッチの火のような温かさではありませんが、触れたとこらから沁みるような優しい温かさでした。


 こんな風に人の体温を感じたのはいつ以来だったかと、少女はそう思いました。


お読みいただきありがとうございました。

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