2話
「大丈夫ですか?」
しゃがみこんだ女の子から少し距離をとった位置に座り込み心配する。それに女の子は目を腕で拭いたあとに顔を上げて頷き返す。目は赤くなっていた。
そんな女の子の瞳から逃げるように森の中へと目を向ける。
「・・・近くに人が住んでいる場所はないって聞いたけど、それじゃあ君はどこから来たんですか?」
少しだけ気まずい空気を変えるべく質問をすることにした。
しかし、それすらも彼女の何かに触れたのかまたも軽く俯いてしまう。これには、俺も先ほど同様に困惑した。
「・・・つ」
「え?」
「・・・洞窟に、住んでる」
またも時間がかかるかと思っていた俺は彼女が発した小さい声を聞けずに聞き返した。それに最初よりも大きめな声で彼女が言った言葉は、俺を驚かせるものだった。
「洞窟に住んでるって・・・本当?」
頷いて肯定する女の子。
「もしかして、一人で?」
ためらいがちに頷く。
「マジかよ・・・。女の子一人で洞窟暮らしって・・・」
顔を引き攣らせながら感想を漏らす。
信じにくい話だが彼女の服装や見た目を考えると納得する。女の子なのに汚れた服を着たり、髪の毛に艶があまりないのも、そのせいなのかもしれない。
「あー・・・えっと」
どうすればいいのか分からなくなった俺は、頬を掻きながら何を言うか悩む。
二人の間に無言の時間が訪れる。が、その時、俺の腹が大きな音を鳴らした。
「・・・」
音に驚いたのか目を丸くしながら俺の顔を見つめる女の子。それに対して、思わず見つめ返してしまう。
数瞬の後、頬をほんのり赤くし始めた女の子は俺に気を遣ったのか、反対方向へと目を向けて微妙な顔をする。その反応に俺も気恥ずかしくなり目をそらす。
「えっと・・・なにか食べ物ありません?」
「ある」
「それは何処に・・・」
とりあえず、食べ物の場所でも教えてもらおうと聞いてみる。女の子は、反対方向を見ながら教えてくれる。
「洞窟」
「そうですか。洞窟・・・え、洞窟って君が住んでいる洞窟?」
「うん・・・」
「・・・ちょちょちょ!」
女の子が教えてくれた食べ物の場所に一瞬納得しかけるも、すぐさま駄目だと判断し、女の子に慌てながら言葉をかける。
その慌てように反対を向いていた女の子は、俺の方へと向き首を傾げる。
「なに?」
「いやいやいや! なに、じゃないよ!」
女の子の何も考えていないような顔に、必死に説明する。
「いい? 君は一人暮らしなんだよね? 洞窟で」
「うん」
「それに、この近くには人が住んでいる場所がないんでしょ?」
「・・・うん」
「だったら軽々しく男を自分の住んでいる場所に誘ったら駄目だ」
「なんで?」
「な、なんでって、そりゃ・・・男は、獣だからだよ」
純粋な疑問を投げかけてくる女の子に少し詰まってから返答する。
その返答にまたも訳が分からないと質問をしてくる女の子。
「男は獣?」
「ああ、獣だ」
「獣って、狼とか虎じゃないの? 男は狼なの? 人間じゃないの?」
「いや、そう意味じゃなくて・・・」
説明の難しさに悩む俺を、女の子はジッと見つめた後に静かに聞く。
「お兄さんも、獣なの?」
ボソッと聞かれた質問に一瞬固まった俺は、頭を素早く左右に振りながら必死に答える。
「違う違う! 俺は少なくとも獣じゃない! ああ、そうだ。少なくとも君の様な女の子を襲うような野獣ではない」
「なら、なんで駄目なの?」
「え・・・。あれ、なら良いのか?」
必死に説明するうちに自分が何故駄目なのか分からなくなってしまった。そうして、頭を抱えだした俺を見ていた女の子は、静かに言葉をかける。
「じゃあ、行こう」
「あ、ああ。そうですね」
結局、自分はどうしたらいいか分からなくなった俺は、女の子の提案に従うことにした。
女の子が立つと同時に自分も立ち上がり、森に向かって付き従うように歩き始める。
「あ、そうだ」
しかし、すぐにその場に立ち止まり何かを思い出したように声を出す女の子。それに対して不思議に思った俺は尋ねる。
「どうかしました?」
女の子は俺の方へと振り返り、先程から気になっていたことを口にした。
「さっきから気になってたけど、そのくだけた感じと畏まったのを混ぜたような口調はなに?」
「あ、やっぱり気になりますか?」
無言で頷く彼女。その答えに頬を掻きながら微妙な顔をする。
少しだけ目線を右に左にと動かしたあと、女の子に向かって説明を始めた。
「そのー・・・。君は見るからに俺より若いよね? けど、俺は記憶がないから、初対面や親しくない人間にどう接したらいいのかよく分からないんだ。だから、くだけた感じと畏まったのが混ざったような口調になっちゃいました」
その説明に納得が行ったように頷く。
「そっか。・・・くだけた口調でいいよ」
「え?」
少し照れたように言う女の子。
「くだけた口調で、いいよ。気にしない」
「そ、そっか・・・。じゃあ、気楽に話すよ」
「うん」
嬉しそうに頷く女の子を見ながら俺は心の中で謝罪をする。
(ごめん、嘘を吐いちゃって。でも、俺が異世界の人間だとか言って君が何処かに行っちゃうと、死ぬ気しかしないんだ。許してくれ)
申し訳なさそうに自分を見つめる俺に、首を傾げながらも女の子は気にしない事にしたのか森の方へと向き直り歩き始める。
そんな彼女に付き従いながら俺は、ふと気になったことを聞いた。
「そういえば、この森に狼とかの獣っている?」
「いる」
「・・・」
さも当然という様に答える女の子。
その答えに顔を引きつらせる。
だが、考えてみたら当然の話だ。崖の上の森に狼がいて下の森に獣がいない理由が無い。それに、彼女が狼や虎を知っているのも森の中で見たことがあるからだろう。
そう結論づけた俺は、深呼吸を行う。
男である自分が、女の子である彼女の前でビビっては格好悪いと思い、深呼吸で心を落ち着かせたあと自分の頬をパンッと張る。
「・・・」
「えと、今の音は気にしないでいいよ」
その音が気になったのか女の子が後ろを振り返ってくる。それに、音は気にしないでいいと伝える。しかし、それは振り返ったこととは関係なかったのか首を振る。
音でないとしたら何故振り返ったのか分からない。今度は俺が首を傾げた。
だが、その疑問もすぐに解決した。
「名前知らない」
「あれ、そうだっけ?」
前に向き直り歩きながら首肯する女の子。その背中を見ながら、まだ名前を言ってなかったかと反省する。
そして、彼女の背中に向けて名前を名乗る。
「俺は、エンク。記憶を失くしてるから、仮の名前だけど・・・。よろしく」
それに対して女の子も名乗ってくる。
「ラス。洞窟に住んでる。・・・よろしく」
後ろから見ているため表情は分からないが、なんとなく嬉しそうだなと感じた。