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1話


 多くの生物が眠りにつく夜の空を見上げると、そこには無数の星が煌き日本の夜空とは違った美しさを感じさせる景色が広がっている。

 もし、今ここにカメラを持つ者がいたならば撮らずにはいられないだろうその景色に、ある男は全く興味を示さずに満月に照らされた森の中を走っていた。

 

 「ハァ・・・ハァ・・・!」


 木の根に足を引っ掛け、顔の高さにある木の枝を腕で払い、流れる汗を拭おうともせずに一心不乱に走る男。名は、エンク。

 森には不釣り合いのラフな格好をしたエンクは、自分の服が汚れるのも気にせずに走り続け、チラと自分の後ろを確認する。

 

 そこには、角の生えた狼の群れがエンクを追いかけて来ていた。


 「・・・くそっ!」


 未だ元気に自分を追ってきている狼たちを確認すると、更に足の動きを速める。

 かれこれ一時間以上は追いかけっこをしているエンクは、常に食べられまいと全速力で走っているため、既に体力の限界だった。何処かで休憩をしようにも此処は狼たちが普段から狩りを行う森の中。隠れたところで鼻を使って場所を探し当ててくるだろう。そもそも、隠れられるほどに距離を開いていないため、隠れる暇などないのだ。

 それを一番理解しているエンクは、せめて人が居る場所に出られないかと走り続ける。しかし、気づけば彷徨うことになっていた森の中で、外に出ることなど出来るはずもない。

 その結果、木々が生い茂る中を縦横無尽に走り続けているのだ。




 第一に、エンクはこの世界の人間ではない。元は、地球の日本に住んでいた人間だ。よく歩く道から興味本位で裏路地に入った途端気を失い、気付くとそこは森だったのだ。

 周囲の変化に驚きつつもなんとか落ち着き、状況確認のために自分に起きた現象を思い出そうとした時、自分の名前が分からないことに気づく。そこで、もしものために仮の名前としてエンクと自分に名づけたのだ。

 そして、いざ周辺確認をしようとした時、狼の群れと遭遇し今に至った。




 (どうしてこんな目に・・・)


 と、思うエンクだったがその足を止める訳にはいかない。先ほどよりも狼の声が近くから聞こえているのだ。恐らく、いやきっと近づいているのだろう。

 自分でもわかるのだ。走る速さが、段々と遅くなっていることに。

 このままだと、すぐに狼に追いつかれ殺されてしまうだろう。

 遠くない未来を考えてエンクの顔が青くなりだしたその時―――森が途切れた。


 「やっ・・・ッ!」


 別に森が途切れたからと言って助かるわけではないが、周囲の環境が変わることに嬉しさを感じたエンクは、森から飛び出し喜びの声をあげようとして気づいた。

 

 自分が、空中にいることに―――


 「う・・・うおおおおおおぁぁああああああ!」


 重力に従い落下していく自分の体。近づいてくる地面。後方を振り向けば狼たちが崖の上からエンクを見下ろしている。

 エンクは理解した。環境が変わったことで森が途切れたのではない。地面がなかったから途切れたのだと。

 しかし、気づいた時には遅かったのだ。

 

 「あああああああ」


 両手を広げ落ちる速度を下げようとするが、そんなものは意味がない。

 どんどん近づいてくる地面に助からないことを悟ったエンクは、せめて死ぬ瞬間だけは見ないようにしようと体を上へと回転させる。

 

 するとそこには、


 「おお・・・」


 夜空を覆う無数の星と、それらの中央で堂々と輝く満月があった。

 狼から逃げることに必死になっていて空を見上げる余裕などなかったエンクは、初めてこの世界に来て良かったと思った。

 しかし、その景色を眺めることが出来たのも少しだけだった。

 エンクが満月へと向かって手を伸ばした次の瞬間。


 終わりを迎えた。




 ◆




 「―――うぉあ!」


 俺は思わず、大きな声を上げながら飛び起きた。

 なぜなら、目を覚ますと同時に自分が落下していた事を思い出したからだ。そして、立ち上がると周囲を見回し、自分の体を触りまくる。


 「あ、れ? 生きてる?」


 自分の体を確認した俺は、崖から落ちて何も起きていないことに違和感を感じた。が、何も起きていないのは体のみで、服は赤に染まり、俺が倒れていた場所は水をぶちまけたように赤黒く染まっている。


 「どういう、ことだ・・・?」


 空を見上げると綺麗な青空と俺が落ちたであろう崖が確認できた。

 その高さに又も顔を青くしていると、後方から音が聞こえた。


 「―――ッ!」


 振り返りながら崖側に数歩下がると、音がした森の方へと目を向ける。

 その時になって自分が落ちた先も森であったことに落胆した俺だったが、今は音の正体の方が重要だ。

 しばらくの間、ジッと見ていると森の茂みから恐る恐るこちらを窺うようにして出てくる一つの影。


 「・・・」

 「・・・人?」


 森の中にいるためしっかりとは分からないが、人影であることが確認できて、狼ではないことに安堵しながら声をかける。


 「えーっと、とりあえず、言葉は通じますか?」


 それに、黙って頷く人影。陽光の所為でハッキリとは見えないが、頭が少しだけ下に動いた事で判断する。

 

 「じゃ、じゃあ・・・この近くに人が住む場所はありますか?」


 その質問に少しだけ間を開けて頭を左右に振る人影。

 人影が出てきた瞬間から、近くに人が住む場所があるのかと少しだけ期待をしていた俺は、その返答に肩を落とす。

 

 「そっか・・・。いや、そうですか・・・」

 「・・・」


 あからさまに落ち込む俺を見て人影がどう思ったのかは分からないが、自分の返答に落ち込んだことを察したのだろう。両手をオロオロとさせて何かを迷うような素振りを見せた後、意を決したように俺の元へと近寄ってきた。

 それに俺は、軽く警戒をしながら近づいてくる人影を凝視する。


 「・・・お」

 

 そして、陽光を遮る森の中から姿を現した人物の姿に思わず声が漏れる。

 なぜなら、出てきたのは・・・


 「女の子・・・?」


 肩あたりで切り揃えられた茶色い髪と俺を窺うような瞳、そして、額に刻まれた紋章が特徴的な女の子が、森の中から姿を現した。

 胸のあたりで指先をモジモジと動かし、不安げな顔で俺の様子を窺う女の子。そんな彼女に対して俺は、額の紋章が気になりながらも服装や見た目に目を向けていた。

 茶髪の女の子は、所々が破けたり汚れたりしているワンピースの様な服を一着着ているのみで、髪や肌も土などで汚れているようだった。

 少しの間指先を動かしていた彼女は、恐る恐る額に向けて指先を動かし紋章を示した。それに自然と目が行く。


 「えっと・・・何でしょう?」


 出てきてから一言も言葉を発しないのと紋章を示す意味がわからない俺は、女の子に向かって声を掛けた。それに驚いた顔をした女の子は、顔を腕で覆いながらその場にしゃがみこんでしまった。


 「えっ、ちょっ! な、なんで? どうしたの?」

 「・・・」


 俺の声に首を振って答えてくる女の子。だが、それだけでなにか伝わる訳もなく。俺は困惑しながら女の子を見続けた。

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