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不思議王子のホワイトデー

 バレンタインデー、セーレが俺にチョコレートをくれた。すごく嬉しくて、その日は8時間しか眠れなかった。え? 十分寝てるだろうって? そんなことない。俺はいつも、12時間は寝てるから。そして、バレンタインから一か月たち、季節は三月だ。


「ねえ、もうすぐアーカードさまのお誕生日ね」

「私、ケーキを作って差し上げようかしら」

 リュミエール学園の制服を着た女の子たちが、嬉しそうな声で話しながら、俺の背後を通り過ぎた。


 ああ、そうだ。アーカード、もうすぐ17歳になるのか。めでたいな。──そんなことより。

「ホワイトデーって、なにあげればいいんだろう」


 俺は雑誌をめくりながらつぶやく。ちなみに、今本屋で立ち読みをしていた。最近だいぶ暖かくなってきて、コートなしでも立ち歩ける。学校の帰り、本屋に寄って、「ホワイトデー特集」とかいう雑誌タイトルに目を引かれたのだ。


 ページをパラパラめくっていたら、はたきをかけていた店主が咳払いしたので、購入することにした。


 ふと、女の子が棚に手を伸ばしているのに気づく。さらさらした金の髪、すらりとした後ろ姿。一生懸命背伸びしてるけど、届かないみたい。

 俺は近寄っていき、後ろからひょいと手を伸ばした。


 空色の瞳がこちらを向く。セーレ・バーネット。綺麗で可愛い、俺の婚約者だ。

「レイさま」

「これ買うの?」

「はい、あっ」


 俺はセーレが持っていた本と雑誌を抱え、レジへ向かう。セーレはわたわたと慌てていた。

「レイさま、私自分で買います」

「いいよ、ついでだし」


 俺は二冊買って、そのまま店を出る。セーレは俺の横を歩きながら、

「あの、本の代金を」

「お茶してこうか」

「はい?」

「あそこの喫茶店、美味しいよ」


 俺は喫茶店を指差し、にこ、と笑う。セーレは困ったような顔をしながら頷いた。



 ★



 喫茶店に入って、一番奥の席につく。

「落ち着きますね」

「でしょ? 入学したころは学校をサボって、よくここでお茶してた」

「さ、サボって……?」

 セーレは非難の目でこちらを見てくる。セーレも、アーカードと同じくらい真面目なのだ。昔のことだし、水に流してほしい。


「なんにする?」

「私は、ダージリンを」

「俺はアッサム」

 セーレがそわそわしているので、どうしたの、と尋ねた。

「あの、「午後三時のケーキ」って、まだありますか」

「はい、ございますよ」

 ケーキが食べたかったらしい。嬉しそうに笑うセーレが可愛い。注文を終えたら、セーレが財布を開いた。

「本のお金を」


 やっぱり真面目だ。どうしてアーカードと気が合わなかったんだろう。まあ、合ってしまったらこまるんだけど。俺は本の代金を受け取り、セーレに本を手渡した。


「ありがとうございます」

 セーレは大事そうに本の表紙を撫でている。

「それ、何の本?」

「少女小説なんです。大好きなシリーズで」

 俺はその小説が羨ましくなった。俺もセーレに大好きって言われたい。

「面白いの?」

「はい。ヒロインが可愛いんです」


 セーレははにかんで、楽しそうに小説の説明をする。そのヒロインがどれだけ魅力的かはわかんないけど、絶対セーレのほうが可愛いに決まってる。

「それで……」


 セーレの話がシリーズの3巻目くらいに達したところで、紅茶が運ばれてきた。セーレはカップを手にし、香りをたのしんで、いい匂い、とつぶやいた。唇につける。ついつい唇に目が行くのは、俺がやらしいからなのか、セーレが可愛すぎるせいなのか、どっちだろう。


「美味しいです」

 俺がなにを考えてるかなんてしらないセーレは、笑みを浮かべる。

「よかった」


 セーレはケーキをみて美味しそう、と目を輝かせた。普段からもっと高級なケーキ、たくさん食べてるはずなのに。フォークで切り分ける。俺はケーキを食べたいわけじゃなかったけど、人が食べてるのを見ると羨ましくなる。


「ひとくちちょうだい」

「へ?」

 俺はセーレの手を掴み、フォークを口に入れた。

「っ!」

「あ、うまい」

「わ、私が使ったフォークなのに」

「気にしないけど」


 セーレは顔を赤らめている。──あれ? いまの、間接キス? なんか恥ずかしくなったかも。俺は口元を覆って、ちら、とセーレを見た。フォークを拭こうか迷っている。迷った末に、ティースプーンでちまちま食べ始めた。可愛いな。


「ねえ、セーレ、ホワイトデーなにがほしい?」

「え」

「お返し。雑誌買ったけど、セーレに会えたし、聞いとこうかなって」

「お返しなんて、いいです」

 セーレは慌てて首を振る。


「それはだめ。なにか言って」

「え、ええと、じゃあ、飴をください」

「うん、わかった。美味しいの探す」


 飴で思い出す。俺の初恋、飴をくれた女の子。あの飴、すごく美味しかったな。よし、あの飴を探そう。


「レイ?」

 その時、少し高めの声がして、俺は顔をあげた。

「やっぱりレイ。久しぶりね」

 こちらを見下ろすのは、美人だけどケバい女の子。

「えーと……だれ?」

「ヤダ、相変わらずねー。私よ私、ミルテ」


 ──あ。思い出した。昔、近所に住んでいた、ミルテ・ブラウンだ。じろじろこちらを見たミルテは、

「ふーん、相変わらずぼんやりしてるけど、すっごいいい男になったわね」

「ミルテはケバいね」

「ヤダ、そういうとこほんと変わんない」


 ミルテは眉をあげ、セーレに目を移した。

「うわ、すっごい美人。あんたぼんやりのくせに面食いね」

「こんにちは……」

 そうだ、ミルテは飴のこと知ってるかもしれない。


「ミルテ、ちょっといい」

 俺はミルテの腕を引いた。なんとなく、初恋の話はセーレには聞かせたくなかった。


「は? 飴?」

 ミルテは怪訝な顔をしている。

「うん。知らない?」

「知るわけないでしょ。大体ね、ホワイトデーに飴もらって喜ぶ女なんかいないわよ」


 え、そうなの? でも、セーレがほしいって言ったのに。

「レイさま、私、先に失礼します。お茶代、置いておきました」

「え?」


 セーレは俺に背を向けた。さっさと行ってしまった。

「セーレ、ちょっ」

 バタン、と喫茶店の扉が閉まる。なんだろ、ちょっと怒ってた気がする。さっきまでいい感じだったのに。


「仕方ないわね、このミルテちゃんが、ぼんやりレイくんに変わってとっておきの品を選んであげるわ。ってことで、今週の日曜駅前10時に集合ね」

「え?」

 なんでそうなるの?


 ★


 日曜日。俺は駅前でミルテを待っていた。時計は10時をさしてるけど、ミルテは一向に現れる気配がない。まさか忘れてないよな。春の日差しはあたたかで、ベンチに座っているだけで、眠くなってしまう。 いっそ、ミルテがこないほうが平和なのに。


 くあ、とあくびをしていたら、ふ、と影が落ちた。あ、来たかな。顔をあげたら、見知らぬ女の子二人組がたっていた。


「あの、ひとりですか?」

「え? うん、一応」

「えっと、お茶とかどうかなって」

 お茶? なんで? 俺がじっと見たら、女の子たちは真っ赤になった。具合でもわるいのかな。


「お待たせ、レイ」

 高い声と、ミュールの鳴る音。ミルテ・ブラウンが現れた。サングラスをバッ、と取り、俺を見下ろす。美人なんだけど、やっぱりケバい。高校生に見えない。


「あら、あなたたち、どなた?」

 ミルテの眼光を受けて、女の子たちが去っていった。

「なにをナンパされてるのかしらね、このぼんやり男は」


 いまのナンパだったのか。街をひとりで歩くとやけに声をかけられるし、俺はやっぱりぼんやりして見えるんだろうな。

「ミルテが遅いからだろ」

「遅くないわよ」

「もう十時過ぎてる」

 俺が時計を指差すと、

「あの時計が壊れているのよ。行政の怠慢ね」

 すごい言い訳だ。


「さあ、行くわよ、レッツ・ショッピング!」

 ミルテはうきうきと歩き出し、俺は気乗りしないまま歩みを進めた。


 ★



 駅前はショッピングモールになっていて、日曜は混み合っている。高級ブティックの店舗も入っていた。

「やっぱり女の子は靴よ。おしゃれは靴から始まるんだから」

 ミルテはそう言って靴屋に入る。

「セーレの靴のサイズ、しらないから」

「はあ? ちゃんとチェックしないとだめじゃない。靴と指輪のサイズと、誕生日はチェックしなきゃ」


 指輪は気が早すぎないかな。誕生日、そういえばしらない。今度聞こう。おれがぼうっとしている間に、ミルテは靴を買った。と思えば違う店に入り、バックや靴を買い、俺にお願い、とか言って荷物をもたせる。あっという間に、両手が塞がってしまった。


 あれ? もしかして、俺、パシリにされてるのかな。


「なあ、ミルテ。次はどこ行くの」

「え? そうね、化粧品売り場に行きましょう」

「じゃあ俺はあのカフェで待ってるから」

 退散しようとしたら、襟首をつかまれた。

「あんたがいなきゃ意味がないのよ」

「わけがわからない」

「美的価値が高い男を連れて歩くことほど快感なことはないのよ。お分かり?」


 やっぱりわけがわからない。もうかえりたい。俺の考えを察したミルテは、さっきからがっちり腕を掴んでくる。いたい。

 ミルテと一緒に化粧品売り場に行ったら、店員が顔を赤らめた。


「彼氏さんですか? 素敵ですね」

「そうかしら? 十人並みよ、おほほほほ!」

 なんかもう好きにすればいいと思う。


 俺はミルテの隣に座って、椅子をくるくる回した。カウンターには、まるでクレヨンみたいなリップがたくさん並んでいる。いろんな色があって、綺麗だな。あ、このリップ。セーレに似合いそう。俺はピンクのリップを手に取った。春らしくていいし、セーレがこれをつけたら可愛いだろうな。


「そのリップ、いいでしょう? 春の新作なんですよ。彼女さんにつけてあげたらどうですか?」

 うわあ、余計なこと言わないでほしい。

「あら、つけてくれる? レイ」


 ミルテはにっこり笑う。嫌だけど、鋭いミュールの先が俺の脛を狙ってるのが見えるから断れない。しぶしぶミルテの顎を掴んで、リップを唇に近づけた。せめて、セーレにつけてあげてると思おう……。


 その時、カウンターのうえに乗った鏡に、見慣れた少女が映り込んでいるのが見えた。俺は振り向いて、その少女に声をかける。

「セーレ?」


 そこには、私服姿のセーレが立っていた。ふわふわしたセーターと、ショートジーンズの組み合わせが、春らしくてすごく可愛い。彼女は固まっていたが、俺と目が合うと、ハッとした。こちらに背を向けて歩き出す。


 俺は椅子から立ち上がり、セーレを追いかける。

「待って、セーレ」

「ついてこないで」

 心なしか、いつもより足が速い。俺は先回りして、セーレの顔を覗き込んだ。


「ねえ、怒ってるの?」

「怒ってなんか……はやくミルテさんのところに行ってあげたらどうですか?」

 セーレは目をそらし、むっと眉をしかめている。珍しいな、セーレがこんな顔するの。小さな手は、ぎゅっとカバンの肩紐を握りしめて、白くなっている。


「じゃあ、セーレも一緒に戻ろうよ」

「デートのじゃまでしょう。婚約者だからって、気にしなくていいですから。どうせ、親が決めた結婚だし」


 俺は鋭いほうじゃない。だけど、セーレが不機嫌な理由が、ちゃんとわかった。

「やきもち、妬いてるの?」

 俺の言葉に、セーレの顔が真っ赤になった。──あ。


 次の瞬間、俺は何も考えずに動いていた。身をかがめて、セーレと唇を合わせる。唇が触れあったときだけ、時間が止まったみたいな気がした。唇を離したら、セーレがぽかんとこちらを見ていた。


「な、な……」

 彼女はみるみるうちに赤くなり、唇をわなわなとふるわせる。

「ひ、人前で、こんな」

「人前じゃなかったらいいんだ?」

「〜っ」


 セーレはきゅっと唇を噛み、踵を返して走り出した。勝手にキスしたから怒ったのかな。

 でも、セーレがわるいんだ。あんな、可愛い顔するから。


「あーあー、見せつけてくれるわね」

 振り向いたら、ミルテが呆れ顔で立っていた。

「ミルテ」

 彼女はこちらに袋を投げる。

「はい、あげる」

「なにこれ」

「さっきのリップ。あの子にあげたかったんでしょ。早く追いかけたら?」

 しっしっ、と追い払われた。


「ケバいけど、ミルテはいいやつだね」

「ケバいは余計だっつの」

 俺は袋を握りしめ、走り出した。



 駅前からすぐのところに、公園がある。セーレの背中は、そこに吸い込まれていった。俺は公園にはいり、辺りを見回す。隠れられそうなところは……あそこかな。近づいていき、身をかがめる。覗き込んだら、ビンゴだった。


 セーレは土管の中で膝を抱えていたのだ。なんだか小さな女の子みたい。俺は土管のなかに手をつき、袋を差し出す。


「ねえ、もらって」

「……だめ、来ないで。今、変な顔してるから」

「変な顔? 見たい」

 俺が土管の中に入ったら、セーレが後ずさった。彼女ににじり寄って、尋ねる。

「もう一回、キスしていい?」

「だ、ダメです」

「じゃあ、ぎゅってしていい?」


 セーレが首を振る。俺は肩をすくめ、彼女の隣に座った。セーレは手にした袋をちらちらと見ている。

「開けてみて」


 セーレは戸惑いがちに袋を開けた。リップを目にして、切れ長の瞳がまたたく。

「これ……」

 その瞳がこちらにむく。

「私、に?」

「うん。似合うかな、って」


 彼女は小さな声でありがとう、と言った。

「飴じゃなくてごめん」

「いえ、あれは……思いつきだから」

「え?」

「3月14日って、アーカードさまの誕生日なんです。誕生パーティで、私、男の子に眠気覚ましに飴をあげて。その子、レイさまに似てたなって」


 俺は目を見開いた。あの女の子の顔が、目の前にいるセーレと重なる。

「灯台もとくらし……」


 初恋の女の子、飴の女の子。こんなところに、いたなんて。俺が距離を詰めたら、セーレがびくりとした。顔を近づけると、真っ赤になる。

「え? ちょ、レイさま!?」


 慌てるセーレに、俺は口づけた。彼女の手から、春色のリップがこぼれ落ちる。


 どうしてセーレから、甘い匂いがするのか、わからなかった。だけど、いまわかったんだ。俺は、セーレに恋をしてた。名前を知る、ずっとまえから。

これ以降は気が向いたら投稿します

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