不思議王子の球技大会
レイ視点。誤字脱字あったら拍手で報告いただけるとありがたいです。
「セーレさまってやっぱり美人だよなあ」
その言葉に、俺はロッカーを閉めようとしていた手を止めた。ロッカーの向こう側から、会話が聞こえてくる。
「スタイルもいいし」
「そうそう、脱いだらすごそう」
「おっかないけど、一回くらいなら相手してほしい」
バン、と音を立ててロッカーを閉めたら、声が止んだ。俺の表情を見て、周りの奴らがびくりと震えた。多分いま、俺はすごく怖い顔をしてるんだろう。
「な、なんだ。アースベルか」
「冗談だろ? ハハ」
「そうそう、セーレさまは下賎な男に触らせたりしないって」
彼らは白白しく笑いながらロッカールームを出て行った。セーレは美人だし、スタイルもいいけど、全然男に慣れてない。変なやつが近寄らないようにしないと。俺はセーレの婚約者なんだから、それくらいする権利はある。……と思う。
教室がざわつくなか、俺は机に肘をついてうとうとしていた。壇上には、アーカードとリディアが立っている。二人は体育委員なのだ。いまから、球技大会でなにに出場するかを決めるらしい。みんな前に行き、自分が出たい種目に名前を書いている。
球種はバレーにバスケにテニスに……どれも大変そう。ドッチボールでいいや。たくさん出場するから、あんまり動かなくて済みそうだし。黒板に向かい、名前を書こうとしたら、アーカードに止められた。
「まて、レイ、おまえはバスケだ」
「俺はドッチボールがいいんだけど」
「ダメだ。いいか、手を抜くなよ。真面目にやれ」
面倒だなあ。俺はのんびりした種目がいいのに。ドッチボールなら、ぶつけられたら外野でぼんやりしてればいいんだし。いっそ、球技大会自体サボればいいか。そんなことを思っていたら、セーレがバスケの欄に名前を書いていた。
「セーレ、バスケに出るの?」
「ええ、出たがる子があまりいないみたいだから」
多分セーレさまお願いいたします! セーレさまならやれますわ! とか、周りの子達に言われたんだろう。セーレらしいな。
「それに、バスケは結構得意で。日本にいた時バスケ漫画にハマってたし」
「にほん?」
「え、あ、なんでもありませんわ!」
セーレが慌てた様子で席に戻る。セーレ、バスケ好きなんだ。じゃあ、まあバスケでいっか。一日セーレと一緒にいられるし。
放課後、練習をするから来いと、アーカードに引きずられて体育館へ向かった。早く帰って寝たいのに。
ふとみると、違うコートでセーレが練習していた。いつも流している髪をポニーテールにして、周りにきびきび指示している。かっこいいなあ。俺はセーレに見惚れる。
ボールを持ったアーカードが叫んだ。
「おい、レイ。よそ見をするな」
「リディアもいるよ」
「え」
アーカードの目がリディアを追う。人のこと言えないじゃん。俺はボールを奪い取り、アーカードの脇を抜けた。ゴール前、他のやつらがブロックしてくる。俺は上体を仰け反らせ、手首のスナップで、高い位置からボールを放った。
がこん、と音がして、ボールが網にはいる。俺はボールが落下するのと同じタイミングで、地面に着地した。ぽかんとしている周りを見渡す。
「もう帰っていい?」
ブロックをしていた男子が尋ねてくる。
「アースベル、なんでバスケ部入ってないんだ?」
「向いてないから」
「向いてないって」
ふと、セーレがこちらを見ているのに気づいた。俺と目が合うと、赤くなって目をそらす。いま、俺を見てたのかな。それとも、バスケが好きなだけかな。でもセーレが見てくれるなら、ちゃんとやろうかなって気分になる。
「アーカード、俺がんばる」
「どうした。急にやる気になって」
その日は、みんなが帰ったあとも、一人残って練習した。アーカードは感動したらしく、練習に付き合ってくれた。二人でストレッチをしながら会話する。
「レイ、俺はおまえがやる気を出してくれて嬉しい。前は何事にも興味がなく、寝てばかりだったおまえが、クラス行事に積極的に参加するなんて」
「うん、最近、あんまり眠くないんだ」
「いいことだ。授業にもちゃんと出るようになったしな」
それはセーレのおかげだ。セーレにふさわしい男になりたいって、俺は最近そう思うんだ。
「好きな子がいるんだ」
「まさか……セーレ・バーネットか?」
「うん」
「おまえ、あの女はやめておけ」
「どうして?」
アーカードは眉を顰めている。セーレの悪口をいう時、アーカードは、いつもこういう顔をしている。
「あの女はリディアに嫌がらせをするような女だ。おまえのことも、コマとしか見ていない」
こういう時、俺はいつも違和感を覚える。実際のセーレと、周りから見たセーレが違いすぎて、みんな目隠しでもされてるんじゃないかっておもうのだ。誰かに「セーレは悪い子だ」って吹き込まれてでもいるみたい。
俺だけに、本当のセーレが見えている。嬉しいような、悔しいような、不思議な気分になる。
「セーレはいい子だよ」
アーカードは、何か言おうとして、口を噤んだ。
「……おまえが言うなら、そうかもしれないな」
アーカードは悪くない。セーレだってもちろん悪くない。リディアだって、多分悪くない。だけど、ちょっとした行き違いがあるのは確かなのだ。俺はボールをついて、ゴールに向かって放った。
球技大会前日、風呂に入るときシャツを脱いだらなぜか悪寒がしたけど、気のせいだろうと思って入浴をすませ、そのまま寝た。
★
球技大会当日。朝起きたら、なんとなくだるかったけど、寝不足か何かだろうと思って登校した。昇降口に向かったら、セーレがいた。
「おはよう」
声をかけたら、空色の瞳がこちらを向いた。おはようございます、レイさま。今日もセーレはかわいいな。
「俺、がんばるから」
「え? は、はあ」
セーレは俺を見て、瞳を瞬いた。
「あの……レイさま、なんだか、いつもより、顔が赤くないですか?」
「え? そうかな」
セーレの細い指が額に触れそうになった瞬間、アーカードの声がした。
「レイ、着替えたらすぐ体育館に来てくれ」
「ああ、うん」
じゃあね、と手を振った俺を、セーレは心配そうに見ていた。
球技大会が始まって、俺は宣言通りに頑張った。気がついたら決勝まで来ていて、アーカードがすごく喜んでいた。
「おまえはやればできると信じていた」
俺はああとかうんとか言いながら、自分の首筋をぬぐった。汗がすごい。いつもより、息が切れる。暑いのに、なぜか悪寒がした。
「ちょっと顔洗ってくる」
俺はタオルを持って、体育館の入り口にある水道へ向かった。なんだか、今朝より身体がだるい気がする。多分、疲れたせいだろう。顔を洗っていたら、誰かが隣に立つ気配がする。顔をあげたら、セーレが立っていた。
「セーレ」
試合、見てくれた? そう尋ねようとしたら、セーレが背伸びした。
「レイさま、ちょっと失礼します」
ふわ、と柔らかい髪が触れる感触がして、一気に体温が上がった感覚がした。セーレのおでこが、俺のおでこにくっついている。まつ毛がすごく長い。それに、肌が真っ白で、髪の毛から甘い香りがする。くらくらして、思わずふらついた俺に、セーレがやっぱり、とつぶやいた。
「レイさま、熱があります」
「ねつ?」
「保健室に行きましょう」
セーレは決然と言って、俺の手を引っ張った。俺はその手を引き戻す。
「待って。まだ試合あるよ」
「わかってます。だけど熱があるのに出られないでしょう?」
「大丈夫、やれるから」
「だめです!」
セーレが叫んだら、周りにいる生徒たちがばっ、とこちらを向いた。
「アースベルのやつ、またセーレさまを怒らせているぞ」
「まったく、いのちが惜しくないのか……」
ここでもめていたら、またセーレが怖い子みたいに言われてしまう。俺のせいで。それはダメだ。俺はそっと、セーレの手を外した。
「レイさま」
「大丈夫。セーレも試合あるでしょ? 俺、ひとりで保健室行くから。悪いけど、アーカードに伝えてくれる?」
「わかりました。後で様子を見に行きますから」
俺は保健室に向かって歩き出した。セーレがいなくなったのを確認してから、渡り廊下の柱にもたれ、息を吐く。その息がすごく熱くて、情けなくなる。なんか、すごくかっこ悪いな、俺。普段寝てばっかりなのに、いきなり無茶するから、こんなことになるんだ。
保健室に向かったら、顔を見るなり熱をはかりなさい、と言われた。体温は37.8分。
「いつから具合が悪かったの?」
「昨日の夜からです」
そう言ったら呆れた顔をされた。保険医は、家に連絡して、迎えの車を呼んでくれた。
「これ、解熱剤よ。飲みなさい」
そう言って、薬を渡される。迎えがくるまで安静にするように言われて、ベッドに寝転がる。真っ白な天井。保健室に特有の、薬品の匂いがする。ひんやりとしたシーツの感触に、うとうとしてくる。眠るのは得意だ。俺は、こうやって寝てればいいんだ。
飴をくれた女の子の夢を見た。きらきら輝く、金の髪。空色の瞳。俺を起こした女の子。胸をくすぐるような、甘い匂いがした──
「レイさま」
甘くて優しい声。おれの好きな声。
「……セーレ」
金の髪、空色の瞳。綺麗な女の子がこちらを見下ろしている。そういえば、セーレはあの子によく似ている。だから俺は、セーレを好きになったのかな。
「大丈夫ですか?」
「うん。試合は? 終わった?」
「はい。勝ちました。男子も女子も」
「そっか」
俺がいなくても勝ったんだ。別に参加しなくてもよかったな。
「寝てればよかったな」
「え?」
「球技大会なんか参加せずに、寝てればよかった」
俺、子供みたいなこと言ってるな。きっと呆れられてしまう。
「そんなこと、ないです」
セーレが微笑む。
「バスケしてるレイさま、かっこよかったです」
俺が目を瞬くと、セーレがはっと顔を赤らめた。保険医が、カーテンから顔を覗かせる。
「お迎えきたわよ」
セーレは目を泳がせながら立ち上がった。
「あ、ええと、じゃあ、私はこれで」そそくさと去っていく。ふと見たら、枕もとに何かが置かれていた。飴玉と、メモだ。セーレらしい、丁寧な字で
「お大事に」と書かれている。
かっこいいとこを見せて、俺を好きになってもらいたいなんて、浅はかだった。だってこれじゃ、逆効果だ。俺は今、多分真っ赤になっている。熱以外の原因で。
「……セーレ、ずるいよ」
俺ばっかり好きにさせて、ずるいよ。
★
翌日、すっかりよくなった俺は、それでも体育の時間は見学した。アーカードがそうしろってうるさかったのだ。おまえに無茶をさせた、すまない、とか言って、今日はやたら世話を焼いてくる。別にアーカードのために頑張ったわけじゃないんだけど。まあいっか。元々体育はそんなに好きじゃないし。
そんなわけでいま、体育館でみんながバレーやってるのを眺めていた。座ってると寝そうになるなあ。くあ、とあくびをしていたら、バレーボールが転がってきた。ボールを拾い上げ、こちらに駆けてきたセーレに渡す。
「ありがとうございます」
セーレは今日もポニーテールだ。すらりとした足が短パンからのぞいている。Tシャツが汗で少し透けて見えて、俺は瞬時に自分のジャージをかぶせた。
「レイさま、あついのですが」
「だめ。着てて」
セーレは困惑気味にこちらを見上げた。ぶかぶかのジャージを着て困った顔をするセーレはすごく可愛い。じゃなくて。問題は足だ。
「どうして短パンなの?」
「どうしてって……暑いからです」
「だめだよ。他のやつらが見るから」
「見てません。変なこと言わないでください」
セーレはぎょっとして身体をかばう。見てるから言ってるのに。案の定、こちらをちらちら見ている男子がいた。セーレのうなじとか、太もものあたりとかを、やらしい目で見ている。セーレは自分が綺麗で可愛いって、全然わかってない。
俺はセーレの腕を引っ張って、壁に押し付けた。なぜか女子が試合してるコートの方から、きゃーっと黄色い悲鳴が聞こえた。
「っ!?」
身体を密着させて、真っ赤になった耳元に囁く。
「ジャージ着て。でないと、ずっとこうしてるから」
「わ、わかりました、着替えますから!」
セーレは俺の脇をすり抜け、ボールをコートにもどして、更衣室に向かって走り出した。しばらくして、更衣室から、何かが落ちるみたいな音が聞こえてくる。
「セーレさま、大丈夫かしら」
いつもセーレの周りにいる女の子たちが囁く。男子たちは俺の方を見ながら囁いていた。
「あ、アースベルのやつ、セーレさまに壁ドンするなんて……」
「羨ま怖い」
羨ましいだろうけど、セーレはあげない。セーレの可愛いとこは、だれにも見せない。だってセーレの婚約者は俺なんだから。
──それからしばらく、セーレは俺と、口をきいてくれなかったのだった。