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18/26

サマータイム 1

 青い空、白い雲。夏の風は、日本ほどじめっとしていない。もうすぐ、夏休みがやってくる。レイと過ごす最初の長期休暇。


 体育館で、終業式が開かれている。壇上では生徒会長が挨拶をしていた。私はちら、と横に座っているレイを見る。レイは眠いのか、うとうと頭を揺らしていた。私はそっと手を伸ばし、レイの脇を突いた。

 レイは薄眼を開け、ぼんやりこちらを見た。私の肩にこてん、と頭をもたせかけてくる。

「っ!」


 私たちを見て、くすくす笑いが響いた。

「レイさまったらまた寝てらっしゃるわよ」

「よほどセーレさまの隣が安心なのね。可愛らしいわ」

 私は真っ赤になり、レイを起こそうとしたが、彼が気持ちよさそうに目を瞑っているので、仕方なく羞恥に耐えた。



 ☆




 終業式後、私が荷物を鞄にしまっていたら、レイがいつもの、不思議な雰囲気を醸し出しながら、私に話しかけてくる。

「セーレ、夏休み、俺の別荘にこない?」

「別荘、ですか?」

「うん。海辺にあるんだ」

「海ですか。でも、ご家族で行かれるんでしょう? 私はお邪魔では」

「大丈夫。父さんは仕事だし」

「あの、お母様は」

「母さんは……俺どころじゃないんだ」

「どういうことですか?」


 レイが口ごもった。きっと、言いたくないことなんだろう。私は明るい口調で、

「わかりました、お邪魔させていただきますね」

 レイはホッと息を吐き、いつがいい? と尋ねてきた。

「そうですね、今月末まで夏期講習があるので、その次に」

「じゃあ、来月、迎えに行くね」

 彼はそう言って、にこ、と笑った。



 ☆


 この世界は、西暦を採用している。つまり、時間の進みは地球と同じなのだ。

 今は八月。庭にはひまわりが咲いている。私が花に水をやっていたら、門の前に車が停まるのがみえた。私服姿のレイがおりてきた。

「セーレ」


「レイさま」

 駆け寄ると、レイがふわっと笑った。

「そのワンピース、かわいい」

「え? そうですか?」

「うん。妖精みたい」

 どちらかといえば、レイのほうが妖精っぽいけど……。私は荷物をもち、父に声をかけた。

「お父様、行ってきますわ」

「ああ。レイくん、久しぶりじゃないかね」


 玄関から出てきた父は、レイの肩をばしばし叩いた。私はハラハラしながらそれを見守る。レイは動じるでもなく、

「こんにちは」

 父はニコニコと、

「いやあ、仲睦まじいことで結構だ。なんならそのまま一緒に住んでしまったらどうかね」

「はい」

「はい、じゃないですわ。レイさま、行きましょう」

 私はレイの腕を引いた。

「はは、尻に敷かれんようにな!」

 父の声が追いかけてくる。ああ、恥ずかしすぎる。


 車に乗り込むと、レイが口を開いた。

「ねえ、セーレ」

「はい?」

「一緒に住んだら、ベッド一個でいい?」

 ぼんやり顔でなにを言ってるんだ、この人は。

「な、それは冗談でしょう!」

「冗談なの?」

 レイはしゅんとした瞳でこちらをみてきた。うっ。なんですか、その目は……。


「私たち、まだ学生ですし」

「卒業したら、結婚してくれる?」

「それは、ええ、婚約者ですから」

「ほんと?」

 レイがぱっ、と顔を明るくし、小指を差し出した。


「指切り、しよ」

「……」

 私はレイの指に、自分の小指を絡めた。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った」

 絡めた小指をふり、レイが約束だよ、と言って微笑んだ。

「……はい」

 運転席から咳払いが聞こえてきたので、私は慌てて小指をほどいた。



 ☆



 車は海沿いを走り、丘の上に立つ白い建物の前で止まった。車から降り立った私は、建物を見上げて感嘆した。


「わあ、すごく素敵」

「そうかな。毎年きてるから、よくわかんないや」

 海風が髪を撫でていく。潮の香りがした。

「それでは、私はこれで」

「ありがとう」

 運転手が頭を下げ、車に乗って去っていく。レイが別荘の鍵を取り出し、ガチャリと開いた。

「どうぞ」

「お邪魔します」


 私は一礼して、靴を脱ぐ。レイは鍵をチャリチャリ鳴らしながら廊下を進んだ。彼は廊下の突き当たりに置かれた花瓶を見て、

「あれ? 花が飾ってある」

「百合の花ですね。綺麗」

「なんでだろ。誰も来てないはずなんだけど」

 清掃の人かな。レイはそう呟いて、百合の花に触れた。

「母さんが好きな花だ」

「そうなんですか」


 私はレイの母親について思い出していた。たしか、父親とは不仲で別居しているのだ。何も言えないでいると、

「客間に案内するね。こっち」


 レイが二階を指差した。私は彼について階段を登る。レイは部屋を指差し、

「セーレの部屋はここ」

「ありがとうございます」

 私は部屋に入って、室内を見渡した。落ち着いた壁紙はアイスブルーで、レイのイメージと合う。


「俺の部屋は隣だから」

「そうなんですか」

「本当は一緒の部屋がいいけど」

「な、何言ってるんですか」

 私が動揺するのを見て、レイは柔らかく笑った。冗談だったらしい。

「お茶淹れるから、荷ほどきがすんだら下に来て」


 彼はそう言って、部屋を出ていく。私はふう、と息を吐いて、ベッドに腰掛けた。スプリングがぎしりときしむ。天井は見知らぬ高さだった。これからここで過ごすんだ。レイが待ってる。早く行かないと。トランクを開けて、荷物を取り出した。



 ☆



 階下に行くと、紅茶のいい香りが漂ってきた。私は息を吸い込み、匂いのする方へと向かう。レイがキッチンに立ち、紅茶を淹れていた。私を見て微笑む。


「セーレ」

「アールグレイですか?」

「うん。茶葉、替えようと思ったんだけど、新しくなってた」

「優秀な管理人さんなんですね」

「去年はこんなことなかったんだけど」


 レイはクッキーを皿に空け、私に紅茶を差し出した。

「食事は管理人が作ってくれる。あんまり美味しくないけど」

「え……」


 だからこれ非常食なんだ。レイはクッキーを指差す。セーレは目を瞬いた。

「ええと、失礼ですが、なぜ管理人さんを替えないんですか?」

「この辺あんまり人いないし、多分父さんは替えるのが面倒なんだよ。仕事以外に興味ない人だから」


 レイはそう言って、クッキーをかじった。そうだった、アースベル家は家族仲があまりよくないのだ。私が言葉に困っていたら、レイがこちらを向いた。

「ねえ、これ食べたら海に行こう」

「海、ですか?」

「うん。海、綺麗だよ」

「はい」


 レイと共に海へ向かった。レイの言う通り、美しく澄んだ海には、誰もいなかった。この季節にこの閑散ぶりの原因は、ひとつしかない。

「プライベートビーチ?」

「うん。セーレの家にもあるでしょ」

「はい」


 私は頷いて、足元を走るカニを見下ろした。波が打ち寄せると慌てて避け、またよたよたと歩いて行く。私はふふ、と笑った。

「可愛い」

 しゃがみこんで眺めていたら、レイがじっと私を見ているのに気づいた。


「な、なんですか?」

「うん? カニを愛でるセーレが可愛いから」

「よくわかりません」

 なんだか恥ずかしくなって、私は立ち上がった。海風が吹いて、帽子がふわりと浮き上がる。


「あっ」

 手を伸ばすも間に合わず、飛ばされて、海へと落ちてしまった。

「俺、とってくるから、待ってて」

 レイはそう言って、海の中に入っていく。

「レイさま、濡れてしまいます」

「もう濡れてるよ」


 バシャバシャと水をかき分け、レイは海へ入っていく。私はハラハラしながらレイを見守った。と、いきなりレイの身体が消える。

「!」

 私は目を見開いて、海の中へ入っていく。薄い生地のワンピースは、あっという間に水を吸った。

「レイさまっ」


 水の抵抗のせいで、うまく前へ進めない。心臓がどくどく鳴っていた。いきなり深瀬になっていたのだろうか。と、レイが消えたあたりで水面が揺れ、バシャッ、と水が跳ねた。


「!」

 キョトンとした顔で、レイがこちらを見ている。

「セーレ、どうしたの?」

「れ、レイ、さま」

「帽子、あったよ」

 レイが得意げに帽子を差し出す。

「そんなの、いいです」

 私は顔を歪め、レイのシャツにしがみついた。


「着衣水泳は危ないって、学校で習ったでしょう!」

「……泣いてるの?」

 レイの指先が、私の髪を撫でた。

「泣かないで、セーレ」

「泣いてないです」

「俺、泳ぎ得意なんだ」

「……知ってます」


 レイはこう見えて、運動神経がいいのだ。だからアーカードも、運動行事があるたびに、レイを引っ張り出す。それでも、レイがいなくなってしまうような気がしたのだ。


 彼は私の前髪を濡れた手で撫でて、そっと目元に口づけた。深い海色の瞳は、優しく私を見つめている。この人は海のようだ。広くて、綺麗で、見ていると心臓が高鳴って、なぜか少し切なくなる。

「濡れちゃったし、帰ろっか」

 私ははい、と答え、レイの手をぎゅ、と握りしめた。



 ☆



 家に入る前、念入りに服の水を絞った私とレイは、どちらが先に風呂に入るかで争っていた。

「セーレは女の子だし、身体冷やしたらダメだ。先入って」

「ダメです、私のせいで、レイさまは濡れてしまったんだから」

 彼はセーレの意地っ張り、と呟き、耳元に唇を寄せた。

「じゃあ、一緒に入る?」

「っ!?」

「恋人だし、変じゃないよね」

「え、あ」


 レイが私の腕を引っ張った。浴室にたどり着いたら、彼がシャツを脱いだ。私はどくどく心臓を鳴らし、レイを見つめる。銀髪が乱れているせいで、やけに色っぽい。

「セーレも脱いで」


 固まっている私に、レイが近づいてくる。私はびくりとして叫んだ。

「さ、先に入ります!」

 レイはあっさりと、

「うん、そうして」

「へ?」

「俺、自分の部屋にいるから。着替えあるよね?」

「は、はい」


 レイはさっさと浴室を出て行った。なんだか、私ばかり動揺しているような気がする……。私はため息をついて、着替えを取りに二階へと向かった。

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