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おおかみとうさぎときつね 3

 あるところに、おおかみとうさぎときつねがいました。きつねはうさぎを食べたかったけれど、銀色のおおかみがうさぎを守っていたので、かないませんでした。


 昔、母さんが読んでくれた絵本のタイトルは、「おおかみとうさぎときつね」って名前だった。長いタイトルだ。内容はよく覚えてない。だけど、たしか悲しい話だった気がする。





 ピーッ、と笛が鳴り響き、選手たちがプールにバシャンと飛び込む。俺は日差しが照りつけるプールサイドで、ストレッチをしていた。


「レイさま」

 呼ばれて振り向くと、セーレが立っていた。水着姿だ。セーレも選手なのだ。

「セーレ」

「頑張ってください」

「うん、頑張る」

 俺は身をかがめ、頑張れのキスして、と言った。セーレは真っ赤になって、何言ってるんですか、と俺の肩をたたいた。

 照れるセーレも可愛い。


「あーあーイチャついちゃって、真夏の太陽もうだるよねえ」

 嫌味な声とシャッター音が聞こえて、俺はむっ、とそちらをみた。カメラを構えたアレックスがたっている。

「どうも」

「なんでいるの? 選手以外立ち入り禁止でしょ」

 観客は、プールサイドの外で観戦しなければならない。アレックスはにやにやしながらパスを差し出し、

「見てみて〜生徒会公認のパスですう。俺こう見えて顔が広いんで」


 俺を撮るとか言ってるけど、絶対やらしいこと考えてるにきまってる。セーレが撮られないようにしなきゃ。俺がにらんだら、アレックスは写真をパシャリと撮り、

「おっ、いいねその顔。普段ぼけーっとしてるんだから、いいとこ見せてくださいよ、アースベルくん」

「……おまえには見せない」


 俺はセーレの前に立ちふさがった。すると、フェンスの向こうから女の子がさけんだ。

「アレックス! なにしてるのよ」

 たしかセーレの取り巻きだ。名前は……。

「何って撮影してんじゃん、ルミナ」

「早くプールサイドから出なさいよ、セーレさまが汚れるでしょ!」

「俺は汚染物質か?」


 うまいこと言うな。こいつとセーレを残してくのはすごく不安だけど、もうレースが始まってしまう。

「行ってらっしゃい」

 セーレに見送られ、プール台にたった。


 泳ぐのは嫌いじゃない。海にいって、波間で揺れてるのは結構すきだ。でも、プールに漂う塩素の香りはすきじゃない。人工的な感じがするんだ。あと、タイムを競うのもすきじゃない。

 自分のペースで泳ぎたい。

 泳いだあとはすごく眠くて疲れるから、俺は大抵、力を抜いて水を漕ぐ。


「いいか、レイ。全力で泳げ」

 アーカードがそんなことを言っている。

 全力で泳いだら、俺は絶対寝てしまう。俺が寝てる間に、アレックスがセーレを撮ったり、ちょっかいかけたりするかもしれない。でも、セーレは頑張れって言った。


 頑張ったら、セーレに膝枕してもらおうかな。こちらを見下ろして微笑むセーレを想像したら、胸がきゅんとした。

 うん、やる気出てきた。


 色とりどりのコースロープフロートが、ゆらゆら揺れている。俺はゴーグルをして、身をかがめる。集中したら、周りの音が聞こえなくなった。


 合図の笛が鳴った。飛び込んで、水をかく。みんな一斉に泳ぎだしたから、飛沫がものすごい。鼻をつく塩素の香り。だけど気にしてたら前に進めない。周りを気にしないでいるのが、俺は得意だ。ターンするとき、隣には誰もいなかった。


「レイさま、すごいです!」

 セーレが頰を紅潮させている。

「かっこよかった?」

「はい」

「セーレさまってやっぱスタイルいいわー」

 俺はアレックスからカメラを奪い取った。

「あっ、なにすんの」

「撮ったらダメ」

「セーレさまの肖像権はあんたが握ってるのかい」


 アレックスはもうひとつカメラを取り出した。

 何個もってるんだ、こいつ。彼はセーレにファインダーを向けながら、

「なあ、アースベル。リディア・セルフィーナってあんたのクラスだよな?」

「うん、そうだけど」


「あの子が転校してきた時さあ、あんた気にならなかったの?」

「なにが」

「いや、フツー、可愛い転校生が来たらきになるだろ」

「セーレの方が可愛い」

「セーレさま以外に興味持ったことないの?」

「ない」

「それがそもそもおかしいんだよなあ」


 そうして、フェンスの向こうにファインダーを向けた。

「あっちもあっちだけど」

 リカルドとルミナが立っていた。「まあ、でもある意味、それも強制力なのかな」

「強制、力?」

 その言葉は、セーレが使っていたものだ。


「そ。あんたはリディア・セルフィーナを「絶対に好きにならない」っていう強制力だ」

「それは、セーレの秘密と関係あるの?」

「そりゃあね。リディアがいなきゃセーレさまは存在してないんだから」

 どういう意味だろう。


「リディアとセーレは違う人間だよ」

「違う人間だけど、関係してるんだよ。一心同体と言ってもいい。悪役と主人公だからね」

 悪役? セーレが?


 確かに、なぜかセーレは、みんなに怖がられていた。

「セーレは、リディアの代わりに嫌われるように、なぜかなってる、ってこと?」

 アレックスはおや、という顔をした。

「ぼうっとしてる割に結構鋭いんだね」

「最近はそんなにぼうっとしてない。変な奴がセーレに近づくし」

「まあ二人の愛にはまったく太刀打ちできないけどねえ」

「本気でセーレのこと、好きなの?」


 そうは見えない。アレックスは、セーレに関心があるんだと思う。だけどそれが、恋愛感情にはあまり見えない。でも、アレックスはセーレにキスをした。だから俺は、こいつのことがよくわからない。


「すきだよ、美人だし」

「それだけ?」

「十分でしょ。だって他人の中身なんてわかんないじゃん。結局外見がよくなきゃな」

「それだけなら、諦めて」

 アレックスがこちらを見た。


「俺はセーレじゃなきゃダメなんだ。他の子を、すきになって」

 彼は目を細め、

「その言葉、忘れんなよ」

 パシャリとシャッターを切った。



 ☆



 競技が終わったあと、俺は更衣室で制服に着替えた。更衣室から出たら、シャワー室のベンチに、セーレが座っているのがみえる。俺はセーレに近づいていき、声をかけた。

「セーレ、お疲れ様」

「レイさま。お疲れ様です」


 セーレは身体を拭きながら、こちらを振り向いた。濡れた髪が色っぽい。俺はドキドキしながらセーレの隣に座った。

「すごいね、ダントツだった」

「他の子達が頑張ったからです」


 アーカードはフェンス越しにリディアと話している。トロフィーを持ったクラスメートたちが、アレックスに写真を撮ってもらっていた。

 結局、男女ともにA組が勝ったみたいだ。セーレは疲れたのか、ため息をついている。


「ねえ、セーレ。膝枕してあげようか」

「え? そ、そんな、いいです」

 慌てた様子のセーレに、膝を叩いてみせた。

「ここ、みんなからは見えないとこだから大丈夫だよ」

 セーレは目を泳がせて、そっと俺の膝に頭をもたせかけた。


「重くないですか?」

「うん、全然重くないよ」

 俺はセーレの髪を撫でた。少し濡れていて、塩素でキシキシしている。

「レイさま、眠くないですか」

「うん、意外と平気」

「そうですか」


 セーレはちょっと眠そうだ。

「寝ていいよ。しばらくしたら、起こしてあげるから」

「え……」

 いきなり寝ろと言われても、眠れないみたいだ。俺なら、五秒で寝れるけどな。

「おはなししてあげようか」

「おはなし、ですか?」

「うん、おおかみとうさぎと、きつねの話」

 俺は口を開いて、話し始めた。


 ある森に、おおかみとうさぎが、仲良く住んでいました。おおかみは銀色で、とても綺麗でした。うさぎはおおかみの綺麗な毛並みが大好きで、おおかみは可愛いうさぎが大好きでした。


 ある日、森にきつねがやってきました。きつねはうさぎを見るなり、ごちそうが歩いてる! と思いました。


 きつねはうさぎを食べたくて、おそいかかる隙をねらっていましたが、うさぎのそばにはいつも、銀色のおおかみがいました。きつねがおおかみに敵うはずがありません。返り討ちにあうにきまっています。


 きつねはお腹がぺこぺこでした。なんとかしてうさぎを食べなければ、しんでしまいそうでした。そんなある日、きつねはいいことを考えました。

「おおかみに、違う仲良しをつくればいいんだ」

 きつねはよその森に行き、メスのおおかみを連れてきました。それから、偶然をよそおって、銀色のおおかみにあわせました。


 銀色のおおかみは、初めてみるメスのおおかみに戸惑いましたが、すぐに仲良くなりました。

「銀色おおかみさん、私と一緒に、よその森に行きましょう」

 メスのおおかみにそう言われ、銀色おおかみは頷きました。

「うん、いいよ。うさぎさんも一緒でいい?」

「だめよ、うさぎは弱いから。おおかみはおおかみ同士が幸せなのよ」


 銀色おおかみは迷いました。おおかみの仲間にあえたのは嬉しいけれど、うさぎさんも仲良しなのです。

「満月の晩に、ここにきて。待ってるからね」

 メスのおおかみは、そう言って去っていきました……。


 そこまで話した俺は、すやすやと寝息が聞こえてくるのに気づき、言葉を止めた。

「セーレ、寝ちゃった」

 長い睫毛がゆれている。かわいい寝顔だ。俺が幸せな気分でセーレの寝顔を見下ろしていたら、

「で、銀色おおかみはどうしたのお?」


 むかつく声が聞こえてきた。俺はセーレの寝顔を手で隠し、後ろを振り向く。案の定、アレックスがにやにや笑いながらこちらを見下ろしていた。

「……覗くなよ」

「人目をはばからずいちゃこいてるからでしょ。掃除するから早く出ろってさ」

「セーレ」

 俺が肩を揺らすと、セーレが身じろぎした。瞳を開いて、恥ずかしそうな表情で起き上がる。


「ごめんなさい、寝てしまって」

「いいよ。俺が寝てって言ったんだし」

 セーレはそそくさと立ち上がり、取り巻きの女の子たちと更衣室へ向かった。あとにはアレックスと俺だけが残される。こいつ、いつからいたんだろう。俺はベンチから立ち上がり、アレックスのそばを通り過ぎようとした。


「ねえねえ、銀色おおかみはどうしたの?」

「自分でしらべて」

「えー、教えてくれてもいいじゃん」

「俺も知らない。母さんが読み聞かせてくれたんだけど、いつも途中で寝たから」

「へー。タイトルは?」

「おおかみとうさぎときつね」


 アレックスはメモを取ってる。ほんとに調べる気なんだ。変なやつ。

「あ、そうだ。セーレさまの写真いる? 一枚500リラ」

 俺はアレックスからカメラを奪い取って、フィルムをビーッとひきぬいた。

「あーっ!」

「じゃあ」

「このぼんやりスケベー!」

 アレックスの声を背に、俺は夕暮れのプールサイドを歩いて行った。

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