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脇役Cはキスできない。(番外編 3)

番外編と本編がごちゃ混ぜですいません。アレックスとルミナの関係性を書いとかなきゃなと思いまして

 リカルド先輩と、付き合うことになりました。

 脇役Cなのに。これって、どうなんでしょうか。


「ルミナ」

 リカルド先輩が私を見つめて、そっと頰を撫でた。唇が近づいてくる。あ、これは、まさか。


 どすっ。

 鈍い音がして、私の身体がベッドから落ちた。

「っ……」


 私は真っ赤になって枕に突っ伏した。ばたばた足を動かす。なんて夢を! なんて夢をみているの私は!

「付き合うといっても、その、暫定的にだし」

 大体、リカルド先輩は本来リディアの相手役だし!


 そうだ、調子に乗ってはいけない。落ち着こう。息を吸って、吐いて。私は脇役C。画面の端っこに映るだけ、せいぜいスチルはひとつかふたつ、そんな存在なのだから。カレンダーにつけられた赤い丸印をちらと見る。


 そして私は今から……先輩の家に行きます。


 話は2日前にさかのぼる。


「べつに隠すことでもないから言うが、ルミナと付き合うことになった」

 平和な部活中、リカルド先輩が放った言葉は、美術室の空気を凍りつかせた。それからは大変だった。泣き出す子がいたり、私を恐ろしい顔で睨みつけてくる子がいたり、背中が汗でびっしょりになってしまった。


 先輩はあくまで、「私と気軽に出かけるため」、付き合うことにしたのだろうけど。そんなことを他の女の子たちが知るわけもなく。汗びっしょりの私をみて、先輩は首を傾げた。


「どうした、ルミナ。具合でも悪いのか?」

「い、いえ、ちょっと、持病の癪が」

「面白いな、おまえは」

 リカルド先輩があはは、と笑う。先輩の笑いのツボがよくわからない……。


 一緒に帰ろう、と言われたが、私は一応車で送り迎えをしてもらっていた。自分で言うのもなんだが、ルミナは結構いいとこのお嬢さんなのだ。先輩もそうだと思ったのだけど。


「俺は歩くのが好きだから、いつも徒歩だぞ」

「そうなんですか」

 あ、そういえば、欲しい本があったんだ。私は先輩にことわって、本屋に寄った。平積みになっている新刊コーナーで本を手に取る。先輩は表紙をみて、

「ルミナはそういう本がすきなのか」

「はい、面白いですよ。シリーズなんですけど」

「貸してくれ」

「はい、じゃあ来週」

「いや、明日、うちに来ないか?」


 え。いきなりうちですか!? どくんと心臓が跳ね上がる。──いや、他意はないはずだ。リカルド先輩がそんな、家に呼んでやましいことをしようとか、考えるはずがない。だって恋愛感情がよくわかんないって言ってるようなひとだし。


「でも、ご迷惑じゃ」

「いいや? 迷惑じゃないぞ。なんせその日、誰もいないし」

 誰もいないー!?


「ああ、うちの親はよく家を空けるんだ。絵の買い付けに奔走してるから」

 また心臓がばくばく動き出す。ここで断ったらなんか感じ悪いよね。

「ええと、じゃあ、お邪魔、します」

「うん、楽しみだな」

 リカルド先輩はそう言って、けがれなき笑みを浮かべた。


 それに比べて、私はけがれている。


 そして現在。私は先輩の家の前にいた。めかしこむのもどうかと思ったから、前回一緒に出かけた時に来たセーターとキュロットだ。散々悩んだ末に、選び抜いたのがこれなのだ。可愛すぎたり露出が高すぎたりするのは恥ずかしい。

 でも、この服しか持ってないのかって思われたらどうしよう……。


 先輩の家は、モダンなレンガ作りだった。多分有名な建築家がデザインしたのだろう、玄関のつくりからしてセンスがいい。なんか緊張するなあ。この家と私の格好があわない気がする。


 息を吸い込み、インターホンを押す。ガチャ、とドアが開き、先輩が顔をだした。

「よく来たな、ルミナ」

「お、お邪魔します。これ、クッキーです」

「おお、ありがとう」

 先輩はクッキーを受け取り、私を中に招いた。


「素敵なおうちですね」

「そうか?」

 私を二階にある自室へ連れて行った先輩は、お茶を淹れてくるから待ってろ、と言って、再び階下へむかった。これが先輩のうち……。


 私はソファに座って、ドキドキしながら部屋の中を見わたした。たしかに、こないだ一緒に入ったカフェの内装とよく似ていた。意外にって言ったら失礼かもしれないけど、きれいに片付いている。


 そういえば、男のひとはベッドの下に色々隠してる、って聞いたことがある……。私はちら、と先輩のベッドをみた。

 ダメ、勝手にみたりしたら。でも気になる……


 私がぐるぐる考えていたら、ドアがガチャリと開いた。

「お待たせ」

「はっ」

 私は反射的に両手を挙げた。先輩はキョトンとした顔でこちらをみている。


「どうしたんだ?」

「あの、なんでもないんです。ストレッチをしてただけで」

「ストレッチか。手伝うか?」

「いえ、大丈夫です」


 先輩はトレーを置き、私の隣に座る。先輩が座った反動で身体がかすかに浮き上がって、心臓も跳ねた。

「うまいな、このクッキー」

 先輩はクッキーを咀嚼し、驚いたように目を見開いた。


「よかったです。バーネット社の製品なんですよ」

「バーネット? セーレ・バーネットか。たしか、仲がいいんだったな」

「はい! セーレさまはお優しくて美しくて素晴らしい方なんです!」


 私が勢いこんで言ったら、先輩が目を瞬いた。それから口元をゆるめ、

「セーレのことがすきなんだな」

「はい」

 なぜか頭を撫でられた。


「?」

「羨ましいな。そこまで好かれて」

「先輩だって人気あるじゃないですか」

「そうなのか?」

 この人、自覚ないんだ……。先輩は美味しい美味しいと言いながらクッキーを食べていた。


「あ、先輩、唇についてますよ」

 私は手を伸ばし、クッキーのかけらをとった。あ、唇触っちゃった。ぎくしゃくしながら手を下ろしたら、先輩がじっとこちらをみていた。


「へっ」

 伸びてきた指が、私の唇を撫でた。──はっ、これは、まさか。キス、される!?

 私はぎゅうっと目を閉じた。先輩の顔が近づいてきて──くることはなく。


「おまえの唇、柔らかいな」

「はい?」

「ふにふにしてる」

 指先でふにふにされて、私は真っ赤になった。


「ま、紛らわしいことしないでください!」

「紛らわしいって?」

 先輩はキョトンとしている。私とキスしようなんて考えもしないんだろう。

「なんでもないです」

 私はいたたまれなくて、クッキーをサクサクかじった。


 先輩はベッドに寝転がって、私が貸した本をパラパラめくっている。

「結構細かい字だな」

「そうですか? 普通ですけど……」

 私はそう言いかけて、ハッとした。そうだ、先輩は読み書き障害なのだ。


「あの、私音読しましょうか」

「本当か? じゃあ、頼む」

 私は先輩から本を受け取って、音読し始めた。少女小説だからさほど文が詰まっているわけじゃないが、さすがにフルで音読するのは大変だった。


「面白かったですか?」

 先輩はふむ、と頷いて、

「気がついたんだが、俺はおまえの声が好きだ」

「っ」

 私は本を落としかけた。無意識にこういうこと言うから困るのだ、この人は……。


「内容はどうだったんでしょうか……」

 ボソボソ尋ねたら、

「ん? ああ、面白かったぞ。もう一巻たのむ」

「いえ、そろそろ帰らないと」

「そうか」


 先輩は残念そうな顔をして、

「また来週も来て、音読してくれ」

「はい」

 音読するって目的があれば来やすい。やましいことも考えなくてすむし……。

 私は先輩に玄関まで送ってもらった。


「迎えがくるので、ここで大丈夫です」

「うん、じゃあまた月曜日」

 先輩はそう言って手を振った。彼の姿が扉の向こうにきえて、ため息を吐いた。なんか私、ちょっとがっかりしてる。先輩に触れられた唇をなぞった。体温が二度くらい上がった気がする。


「うう」

 脇役Cにロマンチックな展開なんかこないのだ。やましい考えは捨てなければ。



 ☆



 翌日曜日、私は再び先輩の家に来ていた。

「よく来たな、ルミナ」

 先輩は私を部屋に招き入れ、お茶をいれて、音読するよううながした。実に健全だ。あれ? 私音読係だっけ? そんな錯覚すら覚える。


 いや、それでいいのかもしれない。音読係として徹するのも、私に合っている。先輩の彼女なんて、そもそも分不相応なんだから。


「じゃあな、ルミナ。また月曜日」

 先輩が爽やかに手を振る。爽やかすぎませんか先輩。やましいことを考えてるのは私だけなんですか。

 踵を返しかけた彼のシャツを、思わずつかんだ。


「ルミナ?」

「あの、先輩……」

 心臓がどくどく鳴る。私はぎゅっ、と目を瞑り、先輩に顔を向けた。時が過ぎるのが、永遠のように長く感じられる。


「リカルド?」

「あ、母さん」

「えっ、リカルド先輩の、お母さま?」

「そうよ。やだ、あんた彼女いたの?」

「ああ。ルミナだ」

「へぇー」


 先輩のお母さんは楽しげに私をみた。

「あんたこういう子がタイプなんだ」

「1日帰ってこないんじゃなかったのか?」

「あら、私が帰ってきても気にする必要ないわよ。続きをどうぞ」

「続き?」


 先輩がキョトンとしているので、私は真っ赤になって後ずさる。

「あ、あの、私、失礼します」

「ルミナ?」

 そのままだっ、と駆け出した。



 ☆



 翌日、私は恥ずかしくて先輩と顔を合わせられなかった。先輩は何回か私に声をかけようとしたが、ひたすらに避けた。

 自分からキスをせがむような真似をしたことを思い出すと、顔から火が出そうだった。


 リカルド先輩から逃げるように、足早に歩いていたら、誰かに肩を叩かれた。

「っ!」

「よっ」

 調子よく手を上げていたのは、ひとりの男子生徒だった。


「アレックス」

「久しぶり。元気?」

「元気だけど、なに」

「セーレさまとデートしたいから仲取り持ってよ」

「絶対いや」


 彼は私の幼なじみ──らしく、子供の頃から近所に住んでいる。こんなキャラ、ゲームに出てきたっけな……。

「つーか、おまえリカルド先輩と付き合ってんだって?」

「だから、なに」

「マジかよ。合わねー」


 私はむっとしてアレックスをにらんだ。

「セーレさまが自分になびくと思い込んでる身の程知らずに言われたくない」

 セーレさまにはレイさまっていう素敵な婚約者がいるっていうのに。


「だってあのカップル変だもん。セーレさまは美人だけど、絶対男慣れしてないぜ」

「セーレさまに何かしたら、あんたの恥ずかしい秘密を全校にバラしてやるんだから」

 うわコエー。アレックスはけらけら笑い、

「ま、幼なじみのよしみで頼むよ、ルミナ」


 私の肩を叩いて、鼻歌を歌いながら歩いて行った。

「もう、なんなの」

 私はため息をつき、再び歩き出そうとした。

「ルミナ」

「わっ」


 いきなり腕を引かれて、私はびくりとした。

「せ、先輩」

「どうかしたのか? 今朝からずっと逃げ回ってるじゃないか」

「別に、逃げ回ってるわけじゃ」

 私は俯いた。いや、逃げ回ってる。


「俺と付き合うのが嫌になったのか」

「や、っぱり、先輩と私じゃ釣り合わないな、って」

 本当は、私ばっかりぐるぐる考えているのがいたたまれないからだった。


「……さっきのやつは、誰だ?」

「え? ああ、アレックスです。幼なじみなんですけど、すごい身の程知らずで、セーレさまと付き合いたいとか言うんですよ」


 私が眉をしかめたら、先輩がむ、と唇を曲げた。

「先輩?」

「……ロレックスってやつは、おまえと仲がいいように見えた」

「ロレックスじゃなく、アレックスですが」

 なんか無駄に高級感が増した。

 先輩は唇を尖らせて、

「なんとなく面白くないんだ」


 それって。もしかして、やきもち、とか? なんだか胸がきゅんとした。


「な、ないですから、あいつは私みたいに普通な子には興味ないし。すっごい面食いだから」

「本当か?」

「はい、全くありえないですよ」

「そうか」


 先輩はホッと息を吐き、私の頭を撫でた。

「先輩?」

「ルミナはかわいいのにな」

「っ」

 なんでそうさらりと言っちゃうんですか……!


 私は、 かわいくないです、と呟いた。もしかわいく見えるのなら、それは先輩と一緒にいるからだ。

 先輩に、恋をしているからだ。

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