上
あれは…
寒くて少しずつ空から白い雪が降ってた。
窓からただ、ぼんやりとその雪を見ていた。
暖炉の火がまきと共に明るさを増す。
ゆらゆらとしているゆりかごには、子供が眠っている。
洗面所においてまだおいてある彼の歯ブラシ。捨てられない彼の来ていた服。彼が持っていた携帯電話。
その他の彼の物もまだ、残されている。
彼が近いうちにこの世を去ることは分かってはいたけど、彼に対しての私の気持ちに整理がそう簡単につくはずもない。
もし、まだ君が生きていたら、私達の人生は全く違ったのだろうか。
しかし、涙はまだ一度も出ない。
唐突過ぎてなのか、事実について行けてないのか、ただ、1人用のソファーの上に座ったまま、その夜を迎えた。
その夜は、いつもよりも静かだった。
これは、夢だ。
そうだ!
夢だったんだ。
そう自分に言い聞かせる。
その夢の中の君が何故私の目の前に立っているのだろう。
まだ、夢が覚めていないのだろうか。
何度も何度も現実を疑う。
目を開けたり閉じたり眠ってみたり様々な方法を試したみたが、ただ、私の目の前には君がいる。
目がおかしくなったのだろうか。
勿論、私は自分の目を疑う。
目には涙しか、浮かばない。
ねえ、君なの?
ねえ、ねえ。
ねえ、君は、幸せでしたか?
3月の生温い風が窓から入ってきた。
ゆりかごにいる子供は、まだ眠っている。
「なんで、泣いてるの?」
君は私を見て言う。
私の目からはただ、涙しか出ない。
口から言葉が出ない。
「泣かないで…笑って!」
微笑みながら私に声をかける。
これは夢なのだろう。
どう考えたって、これは夢だ。夢に過ぎない。
でも、それでもまた君に会えたことがうれしすぎて涙が溢れるばかりだ。
そのまま、夢は終わってしまった。
目覚め、布団から顔を出した。
すると、薄っすらとカーテンの向こう側から日差しが差している。
夢だったんだ。やっぱり。
ベットに座り込んだままである。
今日が来てしまった。
ゆりかごで眠っている子供は、目覚め、わあわあと叫き出す。
「はーいよ」
ゆりかごにいる子供を抱え、抱っこをして、落ち着かせようとした。
「はいはい、はいはい」
と言葉をかける。
少しすると、自然と大人しくなっていった子供、眞理。
私の娘だ。まだ10ヶ月くらいである。
彼との間に生まれた子である。
しかし、彼は、病気でこの世を去った。
それから、2週間してからだ。
亡くなった彼が出てきた夢を見るようになったのは。
暗闇に沈んでいる余裕なんてなくて、日々子供の世話と稼ぐための仕事に時間を注ぎ、そんな時間もなくただただ、日々は過ぎていく。
だけど、目を覚ましたら、隣のベットに男の人がいる。
後ろ姿で頭しか見えず布団を被っている。
これは夢だろうか。
私は、布団から、目だけを出す。
もう一度、目を閉じ眠る。
すると、アラームよりも先に
「起きないと遅刻するよ!」
声が聞こえた。
「うーんん…」
私は、少しして自分の耳を疑う。
しかも、男の人の声が聞こえたからだ。
10ヶ月の子供のはずがない。
他には、誰もいない。
誰?
何?
「ねえ、遅刻するってば!」
再びあの低い声が聞こえた。
錯覚だろうか。
「ねえ!ねえってば!」
再び自分の耳を疑う。
しかし、はぁっとした瞬間だった。
その声が懐かしく聞こえた。
あの人の声、彼の声に似ている。
低くて、少しざらざらとする感じだけど、とても優しい声。
目が開かない。
いや、開けたくない。
だって、これは夢なのだから。
そうだ!これは夢だ!と思い混んでいた。
「早く起きて!ねえ!」
私の身体を揺する。
え?
思わず、その方向を振り向き、目を開ける。
すると、私の目の前に…
自分の目を疑う。
夢…?
何これ。
覚めきってないのだろうか。
自分の頬を思いっきり抓る。
「痛い!」
え?
痛い?
夢ではない。
そんな姿を見た彼は、私を見て笑った。
「わははは、わはははは、どうしたの?」
笑いが止まらない彼。
私は目を大きくし目が丸くなる。
え?
優…?
腹を抱えながら、まだ笑っている彼。
私の言った言葉に対して
「そうだよ!他に誰だよ!」
笑っている彼。
私は思わず
「ねえ、笑過ぎだから。」
そう言ってから、少しして一緒になって笑ってしまった。
そう!
私の目の前にいるのは…
あの低くて少しざわざわするけど、とても優しい声。そして、背は170センチメートルくらいで背が高い。優しくて暖かい彼からの温もり。目は丁度いい位置である。何よりもイケメンだ。
私は彼の大きくて優しい手に触れる。
しかし、それでも私はこれは優しい夢だとまだ思い込んでいる。
これは夢だよね?
現実じゃないんだよね?
現実だと思いたくなってしまう。
この時間が終わってしまった時、全てが崩れてしまうからだ。
暫くすると、
「おはよう!」
彼のあの優しい微笑みがあった。
「うん…」
「うんじゃないでしょ?」
「え?」
「あ、あ、おはよう…」
彼は私の頭を
「よし!」
と言い、優しく撫でた。
幸せそうな顔のままでいると、彼は私の額と自分の額を軽くぶつけ合わせ、目と目が合った瞬間に微笑みあった。
彼だ!あの彼だ!
私は、その時、これは夢だろうが何だろうがいい!
そう、思うことにした。
だって、今、ここに彼がいるのだから。
すると、不思議と次第にゆっくりと、私の目から涙が次々と流れる。
目に溜まった涙もだんだんと溢れて来る。
そんな姿を見た彼は、何も言わず、ただただ私を優しく抱きしめた。
外に降り積もった雪は、次第に再び雪で真っ白と埋め尽くされていた。
その雪がなぜか、とてもきれいに見えた。
私は、その日、その後、やっとわあわあと素直に泣くことができた。
子供はまだすやすやと眠っているようだ。
私は、その後、何だかんだと仕事に行く支度をして、彼に子供を任せ、
「行ってきます!」
玄関から、優しく微笑みながら手を振り、見送りをする彼に手を振り、いつものように仕事に出かけた。
雪が積もった街の中、仕事に行くのに歩いていた途中だった。
私は見た気がした。
とてもとても小さいけど、キラキラと輝いたものが飛んでいるのを。
何なのだろうか。
その時はまだそのことにあまり気にしていなかった。
このキラキラと輝いて飛んでいる物が何なのか、まだこの時の私は知らなかった。
気のせいだろう。と。
真っ白に広がった雪の中、歩きながらそう、私は思った。
仕事場に着き、タイムカードを押しいつも通り出勤した。
エレベーターに乗り、8階を押す。
そのまま、エレベーターは、私を乗せて3階で一旦止まる。
すると、男の人が1人乗って来た。
そして、6階のボタンを押した。
再びエレベーターは、私を乗せて6階に止まる。
その男の人は、降りて行った。
男の人は、降りた後、私の方向を向いた。
目が合った。
見覚えのあるようなないような感じだ。
エレベーターのドアがゆっくりとしまっていった。
彼はずっと降りてから私を見ていた。
閉まった後、上へ上がって行く。
誰だろう。
ここにいた人だっけ?
思い出そうとするが、思い出せない。
誰だろう。
再び思い出そうとした。
でも、やはり思い出せない。
誰?
気になる。
しかし、そんなことをしている合間に、エレベーターは8階に来ていた。
ドアが開いた。
私はエレベーターから降りた。
その時、足をエレベーターから離し、降りたと同時に思い出す。
心がふわっとした。
あっ!
顔が変わり、体型がぽっちゃりからスマートになっていて少し顔の感じが変わっていたようだ。
ただ、あの目つきはあの時の私にした目つきとまったく同じだ。
彼は…
私の元彼である。
彼と付き合う前に消滅した恋人だ。
最後の日に彼は私に…
え?なんで?ここで再開?
動揺を隠せない。
急に私の顔は真っ青になる。
会いたくなかった。
顔さえ、見たくもなかった。
もう、一生会いたくない人だ。
そして、私はそのままその場でしゃがみこんでしまった。
すると、廊下からそんな私に気づいたのか、急ぎ足で人が私に近づいて来た。
「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」
私は気が付き、目を覚ますと、椅子に座っており、子供を抱えた彼がいたのだ。
「大丈夫?」
心配しているようだ。
私の顔に触れ、頭を撫でた。
そして、彼は、私の耳に向かってそっと小さな声で耳打ちをした。
私は、彼のその言葉に微笑んだ。
その日、病院から退院して3人で歩いて帰った。
右には彼。真ん中は子供。そして、左が私。
子供も彼も笑っている。
あの頃撮った写真を飾った写真立ての時のように。しあわせそうに。
懐かしい。
そんな前のことでもないのに。
この幸せな時間が長くは続かないことは何となく感じていた。
ねえ、こんな幸せな時間はいつまで、続くんだろう。
怖いよ。幸せ過ぎて。
急に消えてしまうのは。
だけど、この幸せな時間は、いつか消えてしまうんだね。
雪が降り積もったままの街は、クリスマスが近くキラキラとさせている。
君は、私といて幸せなでしたか?
それから、1ヶ月して、服の整理をしている時、タンスの中から手紙だろうか。
きれいな封筒を見つけた。
何だろう。
その手紙の宛ては私だった。
彼の名前が封筒の裏に書いてあった。
私は、その手紙を読んだ。
それは、私への思いだった。
その時、最後に彼から残された物は、子供と手紙であった。
雪がまたゆっくりと降り続けたクリスマスの日、再びキラキラとして何かが飛んだ気がした。
あの時と…
この時の私もまだあまり気にしていなかった。
これが何だったのか。
雪は今もゆっくりと降り続けた。
私は、彼のいる天国に手紙を送った。
送れているかはわからないけど、私の思いを書き綴った。
世界で一番愛する人へ
私は、君に出会えて数えきれないくらい、いっぱい幸せをもらいました。
君と一緒に居られるだけで、幸せだったよ!
君は私といて幸せでしたか?
私に沢山をありがとう!
君にありがとう!
世界で一番愛した女より
そんな短い手紙を。
あの手紙の返事を。
それから、2ヶ月して、天国から…