⑥
「…で、お前はこのエルフの子供?を保護したのか」
「はい、大尉」
「その救助活動に彼処の猟区管理協会のお嬢さんも加担したということだな」
デスク専門の軍人は、ため息をついてからジェイソンを見る。それから、外で獣の解体作業を意気揚々と行っているタリヤを睨んだ。
ヘルメットを外して脇に抱え、銃からはマガジンを抜いてあるジェイソンは少し顔を俯けていた。
扇風機が回るプレハブハウスの簡易事務室で、ジェイソンとその上官はあまり明るい顔をしてなかった。
「ただえさえ、ライフル協会の回し者の彼女が来ること自体あんまり歓迎じゃあないのに、なんで活躍するんだよあのアマは」
「それは―」
「お前らが行ったことは、人道的且つ此方の道徳的観点から見て正しい。しかし、正しいだけでそれが必ずしも人に喜ばれる、賞賛されることとではない。況してや今回の件もその一例だな」
「はい」
「また奴等の影響力や活動範囲が広がる。即ちソレは要らない火種を生み出しかねん」
「大尉」
「お前の意見も大体分かるが、最終的にお荷物且つ厄介事を持ち込むかもしれないアマだ。以後、勝手に行動させるな。枷、付けとけよ」
「了解」
ジェイソンはそう言って、デスク専門の上官の愚痴を聞いてタリヤの元へと歩く。
彼女は口角を上げて、狩った獣を部位別に解体している。その近くには、山岳用ガスバーナーと調理用金網やトングが見えた。
その場で焼いて食べようというのだ。
手慣れた手つきでハンティングナイフセットのガットフック付きのスキナーナイフで肉を切り分けていく。
切り分けた肉をプラスチック製のまな板に載せていき、その肉を軍部の給食者が珍しそうに見ている。
「大体の肉は加熱加工すれば食べれる気がするけど、流石に食事で出す訳にはいかないな」
「見た感じ鹿肉っぽいッスけどね」
「確かにそうだな、食感はどうか知らないけども」
「あの保護したエルフの子供なら何か知ってそうッスよね、言葉が通じるかは分からないけども」
タリアは血の付いた水色のゴム手袋を外して、遠くで現地通訳を通して事情聴取されているエルフを見た。
「あとでその肉の感想を教えてくれや」
「食べて生きてたらッスかねぇ…」
「虫か何か居なかっただろ?」
その言葉にタリヤは、笑いながら自分の腹を指差す。
「乙女の胃袋に合うかは、わからないッスからね」
「ハハハ!!エイリアンみたいな体液じゃないなら大丈夫だろ!」
笑いながら給食班の班長は去っていった。
その後姿を見送ってから、改めてエルフの子を見た。
身長はかなり低めであり、小学生よりも幼気な印象がある。しかし、地球でも通じてるエルフ事情が此方の世界でも同様であるならば、あのエルフはかなり歳を喰っているはずである。
それは、タリヤや年金受給してる高齢者なんか比べ物にならない筈だ。
しかし、乙女にそんな事を聞くのは失礼というもの。
タリヤは帽子をかぶり直して、沈む夕日を眺めた。
「今日はこの肉とバドワイザーで良いかな…こっちは合衆国のテレビ通じてるッスかねぇ」
そんな事考えながら、解体作業を再開する。
一方、リレイは尉官クラスの軍人から事情聴取されていた。
カタコトの言語で一部会話に支障を来していたが、概ねニュアンスは伝わっていた。
「つまりアナタ、は、通訳集めの、宣伝を目に入れて、やって来た?」
「そうじゃ、通訳になるためにやって来た。その途中で、獣に襲われ、金属の紐に脚を取られしまいソチラの下僕に保護されたのじゃ!」
「…全体として、理解した。しかし、その募集は、もう、終了していたのを享受していない?」
「は?」
リレイの希望した軍部の通訳育成は募集定員を迎え、尚且募集締め切りが数日前だったことをリレイは今知った。
そして、リレイは大きく肩を落とす。
今彼女の夢物語が1つ終わった。
終わったいうか、無残に砕け散ったというべきか。
釈放され、夕日を見ながら途方に暮れるリレイ。
これからどうやって帰るか、そんな事は頭にない。
一抹の夢というか、新しい生活への夢が砕かれたのだ。やる気も何も起きてこない。
何のために自分はここまで来たのか。
何故ココに来たのか。
どうしてこうなったのか。
「なんじゃ、これでは無駄骨だった訳じゃな」
少しだけ、目頭熱くなり涙が一粒二粒と流れる。それを止めるように、手で拭う。
「なんじゃ、ワチの涙はまだ枯れては居なかったか…スイパーが見たら驚くだろう」
荷物をまとめて、来た道を戻ろうとする。
憂鬱な顔で出入り口のゲートへ脚を進めようとすると、視界の端っこで手招きする人間の女性がリレイには見えた。
自分を鉄の紐から救い出した女性だった。
何かを話しているが、異世界の言語をまだ取得していないので何を話して手招きしているのかは分からない。
とりあえず、近寄ってみた。まだこのまま帰るのも勿体無いし、もう少しこの異世界の建造物を見ていきたいという下心もあったからだ。
女は見たところ駐在軍とは違った服装をしていて、その駐在軍兵士からも冷たい目線を送られていた。
獣を解体して、その肉を火で焼いているのだが、その光景はリレイの部落でもよく見られている光景だ。
「(ウィッス!!)」
人間の女性は顔を赤めて手を上げてリレイに挨拶した。
それが、挨拶だとリレイは何と無く分かり、同じように手を上げて挨拶を返す。
しかし、まで言語は分からない。
しかも、何だかこの女性の持つ得体の知れない円柱の容器と口から酒のような臭いがした。
その女性は手招きして、リレイを隣に座らせた。
陽気な風に見える彼女の隣に渋々座り、その女性に話しかける。
「おヌシはココの兵士かえ?」
「(あー?何話してるんスか?ココは中東じゃないんッスよ?)」
自分も人間の女性もお互いに言葉が通じないことを改めて再認識した。
見たところ、ここの駐在軍兵士ではなさそうだ。規律やら服装が全く違うし、女が殿方を差し置いて晩酌しているのだから。
「ここの兵士のような格好ではないが、おヌシは非番の見張りか何かかえ?」
「(あ、これ?これはアレッスよアレ。ブリティッシュ的に言えばエールでジャーマン的に言えばラガー。USA的にはビールぅ!)」
何と無くリレイは意味が伝わっていないことを察したが、相手はそうではなさそうだった。
そもそも何故、リレイが通訳を志望したのか。
それは、彼女にはある種の特殊な能力があるからだ。
「(へへへ?顔近づけてどうしたんスか?へ?あっ?えっ?)」
「許せ」