③
「断じて許可できない。仮にも民間人を単体で出歩かせるのは、危険過ぎる!」
「一応銃も持って行きますし、軍の交戦規定(ROE)は必要最低限遵守するって言ってるッスよ!」
「そもそもこちらに来てから1時間も経ってるか経ってないかの短時間で、幻想獣が居るような場所への外出許可なぞ出せるか!!」
「んなモン、撃てば死ぬんスよ!生きてるモノ全て!特に血が通ってるなら!」
「だとしても、許可できない!常識的に考えてくれ!!」
…といったボクシングみたいな会話の末に、タリアは歩哨が肉眼見え尚且正確に射撃が可能な範囲で外出兼狩りが許された。
遠出は出来ないので、必然的に狩猟方法は限られてくる。
タリアは考えて、事務から受け取ってある書類と軍部事務へ、狩猟禁止動物が種目でいるか確認した。
日本ではニホンカモシカや地域によってはツキノワグマの捕獲自粛、カナダでは海狸等の狩りは禁止されている。
一応、規則に則り行われなければならないし、遵守する事項を破れば罪になりかない。
タリアは行動範囲と時間帯を考え、足くくり罠をすることにした。
足くくり罠ならば、場所を選定し設置して時間の経過を待つ。そして、掛かった動物にトドメを刺すだけの一見簡単そうに見える狩猟方法だ。
外界がどんな世界が広がっているか分からないが、これなら目印つけておけば人間は掛からない。
タリアは、自前の足くくり罠を3つ程持って基地の出入口ゲートを目指す。
門番の兵士に頼み、嫌な顔をされつつもゲートを開けてもらう。
重い鋼鉄製のゲートが開くと、少し気持ちいい風が彼女の髪を靡かせた。
初めて見る外界は、イメージそのまま…という訳ではないが、草原が広がり、そのまた向こうに森が見えた。植物は地球のものと似ていたが、植物に関しては食べれる野草位しか知らないので何とも言えなかった。
その風景に、小さく口笛を驚くように吹いた。
MMR Hunterへショートマガジンを差し込み、チャージングハンドルを引いて弾丸を薬室へ装填させる
「広いし雄大で幻想的な光景ッス」
「自分もそう思いましたね」
後ろから声がした。
男性の声であり、後ろを振り返ると気の弱そうな男性兵士がタリアの後ろに立っていた。
通常の陸軍装備、マルチカムのACUを着込んだ兵士だった。手には官給品のACOGが載ったM4がある。
「アナタ、誰ッスか?」
「外出の護衛を任されたジェイソン二等兵です!」
枷か…とタリアは思った。
何処まで行くか分からない民間人への抑止力で、国益、基地への被害が及ぶ場合には威嚇射撃等も許される場合もある。
そんな撃たれるまでの事を仕出かす予定も勇気も今はないので、適当に挨拶をする。
「何処まで行くのか分かりませんが、可能な限りお供護衛します」
「って言っても、散歩する距離程度ッスよ。森近く…とは言わない辺りまで」
足くくり罠を仕掛けるうえで最初に重要なことは、設置場所の選定だ。
林内や周辺の草地等を踏査して、けもの道、足跡、掘り返し跡、ぬた場、立木へのこすり跡などの痕跡を探すことから始まる。
草原の草を触り掻き分け、地面の土を見て触る。
足あとを探し、土を触ってその硬さを確認。
その足あとが新しいものか分かることもあるからだ。
鹿の足跡のようなものがあれば、見たこと無い馬の蹄に似ているものもあった。
「へぇ~、基地が作られても野生動物は来るんスねぇ」
「何を見てるんですか?」
「ん?獣の足跡ッス」
「足跡?」
「足くくり罠は、獣道とか…獣が通りそうな場所に設置するのがセオリーなんスよ」
そう言って、タリアは空き缶みたいな筒みたいなものとワイヤー、スプリングバネ等をバックパックから取り出す。
缶のようなものは、中に仕切りがありそれは上下に動く。
少し穴を掘って、筒を埋め、ワイヤーを筒の中に仕切りに一回転位巻きつけてバネをワイヤーに付ける。
仕切り板が筒から少しはみ出る位だして、ワイヤーにスプリングバネを付けた。
筒の中の仕切り板を踏むと、筒の中の奥に入り、仕切り板からワイヤーが外れスプリングバネの力でワイヤーが獣の足に引っ掛かる仕組みである。
嗅覚の良い動物に金属臭で感づかれる可能性が有るために、罠全体は土に埋めて一週間以上放置してある。
筒に近くの草や土を被せて偽装し、赤い旗を立てておいた。
旗には黄色でTRAP!と書いてある。
「これで良し!」
「これで捕れるのですか?」
「捕れる捕れる、後は近くに餌じゃないけどなんか食べ物巻いとけば掛かるッスよ」
足くくり罠を二箇所設置する。
「あとは、スポーツとして狩猟したいッスね」
「スポーツとして?」
タリアは頭に疑問符を浮かべるジェイソン二等兵に微笑み、人差し指を立てた。
「足跡からして、多分移動が早い動物が居るらしいッス。それを動かずに狩るだけ狩ってみようって考えてるッスよ」
「けど、スポーツって」
「ちょっと違うけど、向こうでいう狐狩りみたいな事ッスよ」
リレイは1人で森を歩いていた。
自分の背丈よりも何倍もある木々、歩いても歩いても終わりが見えない林。
風が吹くと、背が低いから顔のあたりだけが気持よく、後の四肢は虫刺されや草で引っ掻いて赤く発疹が出来ている箇所もあった。
背中には小さなバック、手にはやや年季の入った地図が握られていた。
道連れは居ない、彼女1人だけだ。
「あと、あとすこしのはずじゃ!異人達の居る集落は!」
異世界人の人間を知能ある生物は、異人と呼ぶ。
それは正しく、我々とは異なる[人]だからだ。
そんな異人の集落(この場合は米軍基地)を目指すリレイ。
今の彼女を動かすものは、未知なる世界からの住人や物、知識だ。
ウン百年も生きていると世界に飽きてくる。
ましてや、毎日木の実や果実と向き合う毎日なら尚更である。
少し大きな木陰の下に荷物を降ろして、家畜の胃袋で作った水筒を取り出して、薄い塩水を飲む。
「うぇええ、相変わらず保存水は不味いのぉ…」
けど、しっかり水分を補給し、行動食として干し肉を囓る。
塩水に香辛料の効いた肉を噛むと、普通の水が欲しくなるが、我慢した。
あと少しで目的地に着く。
それだけを考え、口の中に残る違和感を唾を飲み込み耐える。
どうせ、歩けば直ぐに気にならない。
リレイはそう考えて、短い休息を終えて、荷物を背負い足を進める。
歩くこと一時間弱。
鋼鉄製の扉や壁に囲まれた要塞のような建築物を肉眼で捉え、逸る気持ちを抑えながらも、しかし足を早く進める。
目と鼻の先にある未知なる世界の欠片、断片、ピース。
それがすぐそこにある。
今の自分を満足させてくれる、満たしてくれる、変えてくれる世界があるのだ。