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アメリカ合衆国では、狩猟は州政府発行の狩猟免許を取得しないと行えない。
車の免許証のように善良な市民ならば、誰でも取得できる。
ハンター全体は1370万人、鹿目的のハンターは1100万人規模の人間が取得している。
狩りのシーズンになると、休暇を取ってまでも狩りをする方も居る。
勿論、タリアもその1人である。
免許証で許される狩猟を楽しむ愛好家である彼女は釣りを始め、鹿、猪、熊、狐、たまに内緒で海狸を狩ることもあった。
間違ってカナダ=アメリカ国境を超えてカナダ側でビーバー狩りをした事もあり、国獣であるビーバーをカナダ領で狩ったこともある。
そんな彼女は今、新しい国、未知なる土地、得体の知らない動物との遭遇に心踊らせながら、異世界へのゲートを潜った。
大量の荷物と共に米軍基地内に設置された[特区移動装置]とされる転移装置を潜る。
特区とは、合衆国内に出来ている異世界とは説明が付かないので議会で納得いかせる為に付けられた名前である。
ジェットコースターや絶叫マシンとは違った慣性の法則みたいな感覚と真っ白な世界を数秒体感したら、テレビで見慣れた合衆国の軍隊、その軍隊が設営した駐屯基地の中の移動装置付近の床とキスしていた。
近くに居た隊員に起こされ、礼を言う。
「大体初めて此方に来る輩は皆床とキスするんだよ。男同士の間接キス大会で、初めて女が参戦した歴史的瞬間だ」
「うぇえ…いやな歴史的瞬間ッス」
「ムキッ!男だらけの間接キス大会に女性が参戦!ムキッ!からドキッ!に変わったな」
「オェ!って単語の方がお似合いッスよソレは」
移動管理を行う隊員から、嫌なことを言われ、顔面についたゴミを拭うタリヤ。
移動装置は小さな施設内ホールで行われていて、そこから物資やパーツ等が運び込まれる。
車両や兵器に関しては、移動装置自体の出入口が3もないので分解して運び込まれる。
タリヤの団体名が入ったジープの分解されて運ばれた。
米軍の整備部に組み立てて貰い、ガソリンを給油する。
整備班の兵士の作業を見ていると、下ネタを言われる。
「民間人として初めての異世界、社会的処女貫通おめでとうだな!NPOのお姉ちゃん」
「ついでにファーストキスも床に奪われたッスよ」
「お?誰にだ?」
「床ッスかね」
盛大に笑われ、チップをやる。
荷台をワイヤーで牽引し、基地内の端っこに設置されたプレハブハウスが団体ブースなっており、ジープを走らせハウスへ移動した。
異世界とはいえ、空が地球と同じ青く、雲も白い。
基地内の為にまだ外の世界はどんなかは分からないが、空が青く太陽があるなら大丈夫と彼女は思った。
しかし、太陽が2つ。空の上で光を放ち、紫外線をまき散らしているではないか。
「なるほど、太陽が2つもあるのか。驚きッス」
2つある驚きより、日中の活動時間の方が気になるタリヤ。後で再度米軍が作成した地理マニュアルを読もうと思った。
簡単に荷台の荷物を運び入れ、命令通りに事務所として機能できるようハウス内に荷物を開けて簡易机等を机設営、設置する。
その作業を終えて、基地内の時間に時計を合わせ、地理マニュアルで日没と日の出時刻を確認。
「ちょっと、プラっと外に行くッスかね!」
少しで良いから、外に出たい。
彼女の頭の中はそれだけ。
外に出て、近くの見たこと無い生物を見てみたい、触れてみたい。
植物を獣を触れてみたい。
私物の荷物から、黒いポロシャツ、オレンジ色のパーカー、カーキ色のチノパンとトレッキングシューズを出して着る。
ペリカンケースから、ヘンゾルと社製スコープを載せたモスバーグ社製MMR Hunter(AR15の猟銃)を出して、チャージングハンドルを引いて薬室を確認した。
MMR専用に作った弾丸を空のショートマガジンに入れ、弾を入れたマガジンを2つ用意。
水筒や支給された地図、風速計、レンジファインダー、解体用ナイフセット、ゴム手袋、ファーストエイドキット等をワンデイバックに押し込む。
「…っと、その前に基地管理の方に挨拶しないと」
荷物を担いで、基地司令室へ向かう。
基地を歩いていると、話は既に通っているからか、狩猟するスタイルで居ると兵士達はあぁあの団体か…と納得してくれた。
タリアにすれば、有り難い。憲兵や警備に兵士に詰問されなくて済むからだ。
司令部に顔を出して、管理者と最高責任者に挨拶を済ませる。あとで、担当の者が改めて挨拶にくるが、今は無事に団体第一波が到着したことを報告するという名目での挨拶。
「で、君はその装備で、まさか今から狩りに出るとか言わないだろうね?」
「えっ?ダメなんすか?!」
同時刻
リレイは興奮していた。
「なんと!異国語ならぬ異世界語の通訳の育成とな?!」
「あのよく分からない駐在軍からの公式募集らしいですよ、リレイ様」
リレイは村に配布された米軍のチラシを見て興奮する。
内容は英会話講座の案内であった。
しかし、募集内容は少し厳しい。
友好的で偏見や部族至上主義などの思想がないこと等が条件であり、自尊心が強い種族には厳しい条件であった。
そんな内容を読んでもリレイは臆することもせずに、目を輝かせる。
自分の知能を活かせる時なのではないか。
ワチ以外に適性な奴はいないのではないか。
異世界の言語とは未知なる言語、安々と学べるものではない。
見聞をまた広げられる、世界が広がる。
そのことで頭がいっぱいなのだ。
募集要項の紙切れを持って、リレイはスイパーに頼む。
「この募集に、ワチは応募できるかの?」
「無理ですね、リレイ様」
「なっ?!何故じゃ!!」
彼女はその言葉に噛み付く。
出来ない、学べない理由がない。
意欲もやる気もある。まだ衰えていない。
なのに何故だ。
紙切れをスイパーは見て、ある箇所を指さす。
「リレイ様、その紙に書いてある教習所は、蛮族の住処。ここからウン十キロもあります。それを毎日通うのは骨が折れますし、何よりリレイ様は馬に乗れないじゃないですか…」
「足が届かないだけではないか!そんなの問題ではないわ!」
「いいえ、大きな問題ですよ。それは」
現実問題、足がなければ通うのは厳しい。しかし、何処かに野宿するのはツライ。
又、近くに宿舎がある訳でもなく、宿泊費もバカにならない。
だからといって、歩いて通うのは現実的ではない。
リレイは顔を曇らせた。
「では、ワチはこの講座に参加出来ないのか?」
「私が毎日送り迎えするには限度がありますし、村の皆もそこまで暇ではありませぬ」
「朝の狩りの時だけでも、送り届けてくれれば、帰りはワチ1人で帰るというのはどうじゃ?」
「その1人が、先遣隊の狩りグループに合流できなくて遭難したら責任は誰が取るんです?」
「………無理なら、何故ワチに見せた」
「一応、全員閲覧との書留がありました故に」
「そうか、夢を見させてもらったわ」
リレイは諦めたような顔をしながら、改めて紙切れを見た。
地図の場所を頭に入れて、大体の位置を覚える。
通えないならば、近場で自炊生活をすれば良い。
リレイは心の中でそう思った。