御社代(みやしろしろ)
『急募 白山神社での巫女バイト(時給九百五十円!)不定期』
マンションのポストに投げ込まれていた一枚のチラシ。
「九百五十円か・・・。アリやな・・・」
地方の大学に通う女子大生、御社代。大学生活二年目にして、彼女は人生初となるアルバイト先を探している最中であった。
チラシを読みながら、ボロいマンション・・・どう見てもアパートだが・・・の階段を上る。
「なるほど・・・なるほどね」
講義終わりで、すでに日は傾いている。とりあえず明日、さっそく電話してみよう。
アパートの二階の通路で、初冬の冷たい風に落ち葉が踊っていた。
「九百五十円か・・・。アリやな・・・うん、アリアリ・・・」
カタカタカタ・・・・・。静かな室内に、パソコンのキーボードを打ち込む音が響いている。まあ、実際は響いているわけではないが。
「えーっと、『姫山 バイト』っと・・・」
現代の技術は素晴らしいもので、家でコタツに入りながらも、彼女の住む姫山市の求人情報を目にすることが出来るのだ。地方の都市と言えどもなかなか栄えている為か、居酒屋や家庭教師などの求人が大部分を占めているようだ。
「うーむ・・・・・・。やっぱさっきのやつの方がいいかな・・・。『姫山 バイト 神社』っと」
検索ワードを絞る。該当するアルバイトが何件が出てきたが、もう古い求人で、今はもう募集していないところがほとんどだった。
「白山神社か・・・。この中には無いか」
調べてみると、白山神社のホームページらしきものも見つからない。どうやらやはり、地方の小さな神社のバイトのようだ。しかしそれであの時給は少々不自然だ。
「・・・まあ、宮司さんがバイトの相場を理解してないとかそんな感じかな」
代は、さっきのチラシを手に取った。気づかなかったが、どうやら紙に筆で書いてあるようだ。印刷ではない。
「すご、手書きじゃん・・・。何枚書いたのか知らないけど、めっちゃ大変そう」
もしかして、求人チラシをかくバイトだったりして。
「まあいいか・・・明日お昼で講義終わりだし、そのあと電話でもしてみるか」
そう言って代は、ノートパソコンをそっと閉じる。どうやら、いちいちウインドウは消さないタイプのようだ。
「・・・・・・寝よ」
蛍光灯の紐を二回引き、消灯。女子大生は、掛布団を頭まで被った。
代は、見覚えのない鳥居の前に立っていた。鳥居の、神社の名を記しているであろう部分には何も書かれていない。
鳥居の向こうには、木々に覆われ、薄暗くなっている階段が見える。山の中腹か、もう少し上方にある神社へと続いているのだろう。見覚えはないが、ありがちなつくりの神社のように思われた。
神社か・・・。お参りでもしていこうかな・・・。
代は鳥居をくぐり、階段を上りはじめる。石造りの階段だ。かなり古い物のようだが、造りはしっかりしている。ただ、雨の日には上りたくはないかな・・・。階段は、思っていたより長くはないようだ。ただ、お年寄りには少々きつそうだ。
代は、なにか確信があるわけではなかったが、自分の今いるところが、バイトをかけていた白山神社だということに、なんとなく気づいていた。
階段を上りきると、なかなか広い境内が広がっており、そして、拝殿が見えた。よく見ると、賽銭箱の上に誰かが腰掛けている。なんとなく、不思議な気分だ・・・。だが見過ごすわけには行かぬ。
「そこ、座るとこじゃないですよー!神様に失礼ですよ!」
代は柄にもなく、賽銭箱に腰掛けている不届き者に注意をした。彼女は八百万の神を信じているため、こういう場面では黙ってはいないタイプなのだ。
「おや、なるほど・・・面白いな」
まあまあ距離があるものの、代は不届き者の声を聞いた。よくわからないが、声からするに、若い女のようだ。高校生くらいだろうか。
「とにかく、そこは座
耳障りな電子音で、代は目を覚ました。
「・・・・・・・るさいなぁ」
手探りで目覚まし時計を探し、いつものように叩く。叩けば黙る。目覚まし時計は本当に単純な奴だな。代は毎朝そう思う。
「・・・・・・夢か」
神社の夢見たのは初めてかな・・・・・まあ、あのチラシのせいか・・・。代は体を起こし、ベッドの横にあるこたつの上を見た。みかんにペンケースに目覚まし時計に・・・・あれ、神社のバイト募集チラシが無くなっている。
まあ、どうせ寝てる間に下におちたんでしょ・・・。それより、あと十分寝よ・・・
再びベッドに寝転がり、毛布を頬のあたりまで引き寄せる。二度寝遅刻パターンの典型例である。
「ふぅ・・・・あったかい・・・」
目を閉じる代。次の瞬間、彼女はすでにまた眠りについていた。
さっきの続きか・・・。
代は、さきほどの夢に出てきた、神社の境内の中央あたりに立っていた。不届き者はというと、今度は拝殿へ上る数段の階段に座っている。
「ねえ、あなたがバイトの人?」
不届き者はそう言って立ち上がると、代に向かって歩き始めた。拝殿の屋根の影でよくわからなかったが、日の下にでてきた少女は、藤色の地に菊の花の柄の入った、高そうな着物を纏っていた。
「バイト・・・・・・・いや、まあ、まだ決めてないけど・・・」
伸ばせば肩までありそうな髪を、頭の後ろでまとめている。梅の花の枝を思わせるかんざし。不届き者からは、とても高貴な雰囲気が漂っていた。
「それより、あなたは一体・・・?」
「私?私は・・・・・まあ、後で会って話したほうが早いし、今は・・・・・」
少女はすこし考え込んだ様子。
「ええと、人間は、職場の上司の事を、一体なんて呼ぶの?」
「上司のこと・・・・・?うーん、よくわからないけど・・・・・そうだね、店長、とか?」
難しい質問だ。代のこの回答はまあ仕方ない。
「店長か・・・・・。まあ、いいや。今は店長とお呼びなさい」
少女はそう言うと、代に向かってどうだ、と言わんばかりの表情をみせた。いわゆるドヤ顔だ。
何を偉そうにしてんだかこの娘っ子は・・・。代はそう思ったものの、表には出さないでおくことにした。
「店長・・・まあ、それでいいっていうんなら店長って呼ぶけど」
本当にいいの・・・?と言う顔をする代。一方店長は自慢げな表情だ。
「店長って、意味分かってる?」
大丈夫かな・・・といった様子で質問する代。それに対し不届き者は
「分かってる分かってる。店の長のことでしょ?」
「みせの・・・おさ、か・・・。まあそうだけど・・・・長なんて言葉、すごい久々に聞いたよ」
「私も長なんて言うの、ものすごく久しぶりだよ・・・」
二人は少しの間、互いを見つめあい、くすっと笑った。
「ふふ・・・。あなたなら大丈夫そう!待ってるからね」
店長は微笑みながらそう言って、ちいさく手を振った。
「・・・みたいな夢を見たわけよ」
学食で、代は友人たちに今朝の夢の事を話した。ちなみに二限は寝坊したため自主休講だ。
「なるほどね、夢を見るのに忙しくて二限サボったわけだ」
昼食をとりながら、友人Aが
「棚橋葉子よ」
・・・友人の棚橋葉子がそう指摘した。ちなみに、代と葉子は大学に入ってから知り合った。
「いや、二限出られなかったのは起床事故だよ・・・。事故はもう仕方ない」
「それで単位大丈夫なの?」
「いや・・・結構ヤバい」
「留年しても、知らないんだからね」
葉子は若干厳しいことを言うが、いい友人である。
「あ、このひじき、きのこ入ってる・・・」
「ん?あ、葉子ってひじきダメなんだっけ」
「きのこがダメなの!ひじきだめだったら取ってくるわけないでしょ」
「そりゃそうか」
代はこう、なんというか間の抜けている性格なのだ。
「とにかく!きのこあげる・・・」
葉子はそう言って、箸で器用にキノコとその欠片を代の皿へと移していく。
「やれやれ・・・葉子ちゃん、好き嫌いはダメだよ」
「きのこは食べ物じゃない。パセリと同じ立ち位置よ」
「いや、パセリも食べるでしょ・・・」
代は続ける。
「まあ、とにかくさ、今日の講義終わったら白山神社に行ってみようと思うんだけど・・・。一緒にくる?」
「行かないわよ・・・。っていうか、それほんとに大丈夫なの?なんか話聞いてる限りだと、すっごく怪しいんだけど・・・」
葉子は代の言葉に、眉を寄せた。
「まあまあ、そんな顔しないで、さ。美人が台無しだよ」
「まあ、代が行くっていうんなら別に止めないけど・・・。どうなっても知らないわよ?」
「どうなってもって・・・まあ大丈夫でしょう。ね」
「いや、私に言われても知らないわよ・・・」
「・・・・・・・っ。ふう、ごちそうさま。さて、じゃあ三限行きますかね!」
代はそう言って箸をトレーの上に置いた。一方の葉子はと言うと
「え、ちょっと待ってよ・・・。まだおあげ食べてない」
食事中のようだ。代はそう言うところに気づかないからモテないのだ。
「葉子おっそーい。そういえば、葉子っていっつもきつねうどん食べてるよね」
「美味しいじゃん」
「そうなの・・・?まあ、何でもいっか」
「そうよ。人の好みなんて人それぞれだし」
そう言って、油揚げを咥える葉子。
「ん」
「いや、食べてるとこ見せつけなくていいから・・・」
葉子も葉子で、ずいぶん変わった娘であるようだった。
三限を終え、代は白山神社を探して歩いている。
「えっと・・・地図だとこの辺なんだけどなぁ」
代の手には、折り畳み式の携帯電話が握られている。どうやら携帯の地図アプリを利用しているようだ。
「しっかし・・・さすがにそろそろガラケーじゃ不便かもしれないな・・・」
地図を頼りに、目的地を探す。
歩いているうちに、町のはずれまでやってきてしまった。日はもう傾きかけている。
「あれ、なんかここ、見覚えが・・・?」
このあたりは来たことが無かったはずだが、どうもそうではない気がする。既視感と言うかなんというか・・・。
「あ、そうだ。このあたり、夢で見たんだ!ってことはあの山の・・・」
代は携帯の画面から目を離し、近くの山まで向かった。畑を横目に、山を囲うように作られたアスファルト道を前進。そして、見覚えのある物が視界に入ってきた。
「あ!ここだ!」
小走りで鳥居の前まで移動する代。鳥居にはしっかりと『白山神社』と彫られた石板が掛けられている。
「うーむ・・・ここか。しかし家から来るにはちょっと遠い気もするけど・・・・・ちょうどいいし原付でも買うか」
いいから早く行け。
「・・・ま、まずは面接か!」
代は一息つくと、白山神社へ続く階段を上がっていった。長さと言い勾配といい、夢の中で出てきた神社とあまり変わらないように思われた。
「おお・・・私、予知夢とかそう言う才能に目覚めたのでは?」
どうやら、彼女には独り言という特殊能力もあるようだ。
階段を上りきると、まあまあ広い境内が現れた。鎮守の森に囲まれた境内は、そこそこの広さを持ちながらも、纏まっており、まさに神社!のような印象を与えている。
「ん?あれは・・・」
代は目を細めた。拝殿の賽銭箱の脇に、誰かが座っている。
「まさか・・・」
代は拝殿へ向け、足を進めた。人影がだんだん大きくなっていく。あの服装は、夢で出てきた・・・
「て・・・店長?」
代は拝殿から三歩手前あたりで歩みを止めた。拝殿へ上がる階段には、夢で見たままの少女が腰掛けていた。
「やっと来たのね。今日はもう来ないかと思っちゃったわ」
少女はそう言ってゆっくりと立ち上がる。藤色の着物の柄が、一瞬妖しく光ったように見えた。
「やっぱ・・・店長さん?」
「ふふ・・・。この間は仮に、ね」
艶のあるショートの髪に、花の形の髪飾りが相まって不思議な美しさを醸し出している店長。代は少しの間、少女の振る舞いに見とれていた。
「改めて自己紹介しなきゃね。私の名前は、山神白。この神社に住んでいる神様です」
白は、恥ずかしげもなくそう言い放った。
「え・・・?神様・・・・・・・・?」
代はまばたきを二回。話が飲み込めていない、の証拠だ。この日から、代の日常は大きく変化していくわけであるが、今の代は、そのことを知る由もなかった・・・。
簡単に言えば妖しろの巻き直しです。登場人物の名前は同じなのが多いですが、お話はちょっと変えてありますので多分大丈夫かな!うん。