フラグなんていりません!
初投稿です。
「まっ、なんだ。進級してもよろしくな秋島!」
「…うん!また同じクラスになれるといいね!」
イケメンスポーツ少年、といった風貌の真中 哲に笑みを向けて、私は頷いた。にかりと歯を見せて笑う真中は、こちらまで爽やかな気持ちにさせてくれる人だ。短く切りそろえられた黒髪、着崩した制服はだらしがないという印象はなく、ただただ爽やかだ。
軽く手を降って、教室を出ていった真中を見送って、私も教室を出た。
明日から春休みに突入する私の通う学校は、『恋咲学園』という名称だ。
恋の花咲く学園という意味らしい。ちなみに名付け親は理事長だという。何てメルヘンチックでロマンチックな感性をお持ちのだろう。素晴らしい。
恋の花を咲かせるつもりはまったく、これっっぽっちもないけど!
何時もより少し重たい鞄を手に廊下を歩いていると、軽く頭を叩かれた。こんな呼び止め方をする人を、私は1人だけ知っている。
気が進まないが、振り返らないわけにはいかないだろう。
「何かご用でしょうか、八王子先輩?」
「なんだ、その可愛くねー顔は」
そして人を小馬鹿にする。
しかし、出会ったばかりの頃はもっと酷かった。からかいまじりな今と違い、心底鬱陶しそうに辛辣なお言葉を浴びせられていたものだ。ブス、とか邪魔だ、とか視界に入るな、だとかもうどこのいじめっ子かと。
しかしこの元いじめっ子・八王子 崇臣は、この恋咲学園の生徒会長であらせられる。
切れ長の瞳は凛々しく、髪は校則に従って真っ黒だが、何故か襟足だけが少し長い。ワックスで軽く前髪を弄っている。
顔は言うまでもなくイケメンだ。しかも御曹司でもある。
神様は不公平だ。性格に難ありを差し引いても不公平に思える。その性格さえ魅力的だという女性は後を絶たないのだから。
「可愛くない顔でスミマセンネー。生徒会長様にいつまでもこんな顔を見せておけませんので、失礼します」
「……マジで可愛くねーな」
八王子先輩が苦々しい顔をして呟くのが聞こえて、そうだろうと胸を張った。
勿論、心の中で。
どうかそのままの評価でいて欲しい。ラブロマンスなんて今生の私には必要ないのだ。
「じゃ、八王子先輩お元気で!新学期にお会いましょう!」
再び絡まれる前に退散だ。八王子先輩は学園で人気者No1なため、あまり近くにいると女生徒からの熱ーい視線が痛いのだ。
少々陰口を叩かれたりしているため、自己防衛に必死なのです。
ただでさえ、私は学園の人気者と関わり合っているのだから…必然と言えば必然なのだけど。
八王子先輩から逃げてから私が自宅に着くまでの間に、ホストにしか見えない担任、一匹狼な不良くんや、そこらの女子より可愛いツンデレ美少年、近寄りがたい雰囲気を纏った秀才くんと当たり障りのない会話を交わした。
そして靴を脱いで、家事に勤しむ母に帰宅の挨拶、階段を上がり自室のドアを閉めたところで――ガッツポーズ!
「ふ‥ふふふ。やったわ。やったわよ秋島姫乃。見事なノーマルED!!これで私も自由の身…!」
私こと秋島姫乃は全ての攻略キャラの親密度を一定に保ったまま、晴れてノーマルEDを迎えました!
まったく……、死んだと思ったらこれっぽっちも望んでいない乙女ゲームの世界に生まれ変わって、しかも主人公―秋島姫乃―だと気付いた時の絶望から本当に長かった。
でも、これできっと大丈夫。私が転生した『恋の花を君と』という乙女ゲームは、続編がもっとも高評価なのだ。2では、前作の攻略キャラが全員登場。そこに新規キャラ2人の合わせて8人が攻略出来る。
そして、ここが一番重要なのだ。
2で、ヒロインが変わる。
私こと秋島姫乃は、実はユーザー受けの良くないヒロインだった。たまに出るヒロインの言葉が無神経だったりなどが理由にあがる。
今は私が秋島姫乃なので、無神経うんぬんは更にグレードアップしているだろう。親密度をあげたくなかったので尚更である。
しかし、2のヒロインに席を譲るためには、誰ともくっつかないことが必要だった。
設定資料集によると秋島姫乃がノーマルEDを迎えた世界が2の舞台。これは学園に2の新規キャラがいたため、確かだと思う。新規キャラとはかすりもしなかったし。
そして秋島姫乃は2の舞台に助言キャラとして登場している。まぁ、これも少し物議を醸したのだけれど割愛しよう。
本当は、どこかに転校とかが良かったけれど、ゲーム通りなら不可能だろう。
まぁもう彼らが私に恋をする可能性はぐっと低くなったから、気持ちが随分と楽だ。
だって、私に彼らが恋をしても、私がそれに答えることはないのだから。
少なくとも、いまの恋心が消えてしまうまで、絶対に。
そうだ。私は恋をしている。
誰にかって、探しても見つからないであろう記憶の中の夫に。
私は夫と所謂幼なじみで、中学時代から付き合い始めた。攻略キャラの彼らと比べるのは間違いだろうが、顔は普通だ。 笑うと目尻が下がるのが特徴で、私は夫の笑う顔が好きだった。少し意地っ張りで、頑固で、私も意地っ張りなところがあったから良く喧嘩もした。仲直りまで時間を要したけど、最後には手を繋いで笑いあった。
社会人になり、私は夫と24の時に結婚した。家族ぐるみの付き合いだったし、両方の親公認だったから、すんなりと。
そして、喧嘩をしながらも幸せな結婚生活から五年後――私は交通事故に遭い、この世を去った。
本当は、前世を思い出したのはほんの二年前だ。ここが乙女ゲームの世界で、私がその主人公だと気付いたのも。
だがそれよりも、思い出した前世の記憶。その中にいる彼に、再び恋をしたことに驚いた。
確かに、私は前世で彼がすごく好きだった。
だけど、断片的に見る夢の中で懐かしさと愛おしさを感じはしても、恋愛ではなかったのだ。
ただ、物語を見ているような心地だった。
なのに、夢の中で私が彼に告白をされた瞬間、恋に落ちた。
そして私は、前世でもこの瞬間に彼を好きになったことを思い出したのだ。
それからは、もうダメだった。彼に会いたくて泣いたし、どうして思い出してしまったのかと悲しんだ。
でも夢を見ると嬉しくて幸せで、生まれ変わってもなお彼を好きになった自分を、受け入れた。
だって、好きなのだ。
昔も今も、大好きでたまらない。寂しくても、私は彼を好きだと叫ぶ心を消せなかった。
だから私は『恋の花を君と』のノーマルEDを目指した。
因果なのか彼らとは接触せざるをえないようで、私は早々に頭を切り替えた。
彼らがいい人たちなのは接していて十分にわかったけれど、彼よりも素敵だと思えなかった。下手に好感度をあげて私に恋心を抱くなんてことは、不毛でしかない。傷つけるだけだと、わかっているのだから。
そうして記憶に残る知識をフル活用して、やっと今日を迎えた。
ぽすり、と制服が皺になるのも構わずにベッドに横になった。
私が彼以外に恋をするなら、それは彼らみたいに沢山の視線を浴びる人じゃない。
新たに恋をする時はきっと、この世界で彼に出逢えた時だ。
それは夢のような話だ。
来るかもわからない恋だ。
それに、今も夢の中でなら彼に会える。
目蓋の裏に彼の姿を描きながら、そっと瞳を閉じた。