さつきパート
プールを出てしばらくしてから、林檎の自慢のスマホに着信が入る。
「リッカだ。どうしたんだろう」
林檎は苺を起こして自力で歩かせてから電話を取った。寝起きの苺が何かを察して心なしかおびえている気がするが、やましいことがあるからではないということにしておこう。
『もしもし、林檎様ですか』
「ああ、そうだが……何かあったのか?」
『いや、今気づいたのですが浴衣を渡しそびれていましたので、天音に届けさせて花屋の梟神に預けておきました』
「ああ、そうか。わざわざ済まない。じゃあ今から花屋に向かう」
梟神? と疑問を抱いている人には、
『せーーっつめいしよーー!』
かっこよくポーズをキメた花屋の双子に説明をしてもらおう。
「梟神とは、私たち花屋のペットである!」
「しかしただのペットではなく、苺星を統括する神なのである!」
皐と萌がテンポよく説明をする。
「関西弁で流暢にしゃべるししっかりものだが、勝手に苺星を抜け出すのである!」
「梟神がいないときは、海豹命や熊君が統括を行っている!」
萌が説明を終えると、ありえないほどの爽やかな笑みを浮かべた皐が、さて、とみんなに振り返る。
「では浴衣を着にいきましょっか!」
全員がそれに、テンション高く返し、歩き始めた。
「そういえば花屋のお二人は浴衣の試着事件のこと知りませんよね?」
歩きながらふと、神華が聞く。
「試着、事件ですか?」
萌が首をかしげる。
「ええ、いや、実はですね、浴衣をリッカ様が作ったとき、少し事件がありまして」
優華が苦笑いで苺の方を見る。
「えええ、ちょ、ちょっと! あれを事件っていうなんておかしいよ!」
「その事件なんですけどね、」
「どうして事」
「苺様がお祭りに行くなら浴衣が着たいと仰いまして、」
「事件じゃな」
「それで浴衣を作ったんですけどね」
『事件』という表現が気に食わなかった苺が必死に抗議しているが、そんなことなんて全く気にせず聖華が話を続ける。
「だぁかぁらぁ人の話を聞」
「最初はフリルつきのものを作っていたんですよ、ネタで」
「ちょーっと待った! 今小声で何か言った!」
「ですが林檎さんの浴衣を見た苺様が、ぜひ色違いにしてくれと駄々をこねましてね」
またも苺が無視され続けているが、花屋は先が聞きたいので気づかなかったことにした。
「それでしょうがなくもう一度作ったのですが、それがもう、なんというか大人っぽすぎてですね、」
「何が悪いのよ!」
「なんというか、この容姿であの浴衣はもうまさに事件というか……」
ここで耐え切れず苺が声をはりあげた。
「聖華ひどいよぅ! にゃああ!」
しかし、メイド3は白々しく明後日の方向を向き、花屋は笑い上戸に陥ったため気づかず、林檎は意味深に親指を立てるのみだった。
苺の一人むなしい抗議を華麗にスルーしている間に、花屋についた。皐と萌にうながされて全員が裏口から入るや否や、ハキハキした関西弁が聞こえてくる。
「おお、皐も萌もやっと帰ったんか。全く、急にやな、長身の客が来たと思ったらあの凶暴リッカの一味の天音とかいうやつでな、しかも五人分の浴衣をやで? 五人分やで? 急に運べとか言われてやな」
「はいはい、お疲れ様でした」
ぴらぴらと手をふりながら適当に萌があしらう。梟神はせめてもの抵抗に羽をばたつかせたが、あとから入ってきた苺星民もあえて無視して部屋の奥へ歩いていく。苺と二人で被害者の会だのなんだの言っているが、きっと幻聴だと全員がスルーした。
その後林檎がなんとか苺をなだめ、全員で着替え始めた。慣れた手つきでさっさと大人っぽい紫色の浴衣を身にまとった林檎が、みんなの着替えを手伝いながら感想を言う。
「花屋は水着もそうだったが浴衣も水色とピンクなのか。もうもはやトレードマークだよな、その色」
「はい、死んだ母親が作ってくれたエプロンが懐かしくて、気づいたらこの色に手が伸びるんですよね」
苦笑して萌がそういい、少ししんみりモードになりかけたが、それがことごとく苦手な皐が、萌を茶化してもとの空気に戻る。
「メイド3はなんでも似合うよなぁ。さすが観賞用メイド」
『お褒めに預かり、光栄でございます林檎様!』
メイド3が綺麗にハモるが、はたしてそれは本当にほめられているのだろうか。観賞用というところにいやみが感じられたのは気のせいではないはずだ。
そして林檎は、思わせぶりに苺の方を見……
「みんな着たか、この近くに会場があるらしいから行こうか」
「お姉さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
苺は、驚異的な速さでスマホを打鍵しながら出て行った林檎を必死に追いかけていった。あとに残ったメイド3が、皐と萌に、
「行きましょうか」
と、苦笑いでうながした。
少し小走りでメイドと花屋が追いつくと、苺は満面の笑みを浮かべていた。
「あのねあのね~! お姉さまがわたあめ買ってくれるの~! えへへ、わったあめわったあめ~!」
めっちゃ機嫌回復してた。びっくりするくらいハイテンションだった。花屋はあきれてものも言えなかったが、メイド3はこんな事態にはもうなれているらしく、
「私は金魚すくいがしたいです!」
と、神華。
「光る腕輪が欲しいです!」
次は綺麗なものが好きな聖華。ちなみに好きな花は白百合である。
「メロンのかき氷食べたいですね。さっき食べ逃してしまいましたし」
そして優華。プールで林檎にかき氷を取られたのが悔しかったようである。
……慣れているのではなかった。ただひたすらにテンションが高いだけだったようだ。しかし花屋も持ち前のノリと順応力を生かし、
「萌! ひっさしぶりにヨーヨー釣り対戦やるぞ!」
「うぉっしゃぁ! 手加減せんぞー!」
「ヨーヨーって苺色以外もあるんですか! 楽しみですね!」
「でもあれ、空気抜けたらただのゴミ……」
『夢を壊すなぁぁぁっ!』
あれやこれやと騒ぎまくるのを、
「はいはい、近いところから全部回るからね」
『はぁい』
何かを諦めたような顔をした林檎が、まとめにかかった。しかし、何かがおかしい。
「おい、みんな、今の『はぁい』に、苺の声は混じってたか?」
「あれ?」
勘の鋭い林檎が指摘すると、全員が確かに聞かなかったと騒ぎ出した。
「苺(様)!?」
苺は、忽然と姿を消していた。
「着いて一分で迷子かよぉぉぉぉ」
林檎が頭を抱えて悲痛な声で叫んだ。普段冷静な林檎がそう叫んだことで周りもパニックになり、
「どうしましょう! 誰かリッカ様を!」
「今の話だとわたあめの屋台とかに居そうなものですよ!」
「わたあめは複数店舗あるみたいなんですけど、どうするんですか!」
聖華、神華、優華が順に叫ぶ。三人とも抱き合って半泣きだ。
「リッカさん呼んだほうがいいよ!」
「私ちょっくら屋台見てくるぅ~~~!」
皐は手をチョキにすると足が速くなるという迷信を信じながら飛び出して、わーわー叫びながらも皐よりは落ち着きのある萌に首根っこをつかまれ引き止められている。
しかしそうやって周りがパニックになったとたんに冷静沈着な元のキャラに戻ったらしく、林檎がただ一言、
「リッカに電話するから落ち着け」
そうのたまった。