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苺な姫と苦労の執事の夏休み  作者: キミドリ・さつき・杏
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キミドリパート

キミドリのパートです。

 広がる宇宙の中にある気がしなくもない、とある惑星――いちご星は、先日の地球からの来客も去り、夏の平穏な空気が流れている。そのことがこの星の万能執事、リッカはとても嬉しかった。たとえそれがつかの間の平和だと知っていても。


「ああ、平和だ……。仕事もなく、メイドの失敗の後始末もなく……こんな日は羽毛布団で眠りたいって今は夏か……ぼけてるな」


いつもの外道執事様はどこへやら、夏の日差しと開放感からかリッカは惚けたようににへらと笑いながら濃い茶色の執事服を着崩し、自室で寝転んでいた。


 しかし、彼はとっくに気がついていた。きっとこんな気分でいられるのはこの刹那だけであるということと、その証拠に部屋へ向かってくる足音に。


 てとてと足早にリッカの部屋に向かって歩く(いちご)(ひめ)。このいちご星をまるごと治める国の第二王女である。そして、リッカが苦労をするとすれば彼女が基本的に原因である。ようはわがままでふわふわぽわぽわ、そういう人物なのだ。よくこれで王室を継ぐ権利を有すことを許されているのか、彼女の姉である林檎(りんご)の同僚ダラスは首をひねっている。


 そんな彼女がリッカの部屋に向かっているということはこれはもう誰にでも予想できる執事忙殺フラグだ。彼がいちご星人と地球人のハーフで不死の力を持っているというところが余計にタチが悪い。彼はきっとこのままイチゴ星のために一生を捧げる運命にある、ハーフであるというのはそういうことだ。


 いちご星に隷属(れいぞく)する執事、リッカは悲壮な運命を理解しつつもギリギリまで刹那的な幸せを手放したくなかった。そのため……


「リッカー、いるー? あのねあのね! 私地球に行きたいなーってあれ? 何してるのリッカ?」


部屋の扉を勢い良く開け放ち、ずかずかと飛び跳ねながら部屋に入ってきた苺姫は思い切りリッカの鳩尾を踏み抜いていた。普段なら常人ならざる反射神経でいかなる攻撃もよけきるリッカだが、今回は幸せを求めるあまり、回避行動が遅れてしまったようだ。彼は潰されたカエルのような声をだしたものの、すぐに起き上がると怒りに顔を引きつらせながらも苺姫に話しかけた。


「これはこれは姫様、ご機嫌麗しゅう。今回はまたどのような御用で……」


「ちょっとリッカ!? キャラを見失わないで! まるで地獄から響いてくるかのような不気味な声だし!!」


事実、彼の声は地獄の底から聞こえてくる怨嗟(えんさ)の声のような響きを持っていた。かなりの怖がりである苺姫が心底震え上がるのにも無理はない。


「ふんっ、どーせまたろくでもない……」


「何か言った、リッカ?」


「いえいえ、なんでもありませんとも、ええ。さっき地球がどうのとかおっしゃっていましたが……」


「そう! 私ね、地球へ行きたいんだあ~。だってね、地球ではまだ夏でしょ、だから夏祭りがあるんだって!」


「……どこでそれをお知りに? 林檎様が言っておられたとか?」


「ううん! この……よいしょ、天音(あまね)宅配サービスってところの天音さんがね、リッカ宛に雑誌みたいなのを沢山送ってきていたんだけど、そのなかのほら! この一番分厚いヤツに夏の祭りがどうのって……」


「ひ、姫! 勝手に人の荷物を開けてはいけません!」


「勝手にじゃないよ、天音さんに開けていいですかーってきいたらいいですよーって……」


「あんな胡散臭いやつの言うことを聞いちゃいけません!! 大体、その荷物は私のではない!! やつの私物です!」


「えー、じゃあ下においでよー。天音さんまだ下の応接間にいるよ?」


「なんで……はあ……じゃあ行きますか……」


因みに天音というのは火星に物資を密輸入していると噂のアヤシイ宅配サービス経営者のことである。目本といちご星を繋いでいる宅配便も、ここが唯一である。リッカがこの前パソコンと苺への土産であるぬいぐるみを送ったのもこの会社だ。


「天音さーん、リッカを連れてきたよー」


アヤシイ商売をやっている人とは露知らず、無邪気に駆け寄る苺と、それに続くリッカ。拳を固めながら、それを必死で抑えながらであったが。


「あ、リッカきた。ちわーっすいつもご利用あざーす」


「それは客に対する言葉使いか? おい、どうなんだ」


緩い口調で声をかけてきた天音に既に髪も目も(あか)く光らせ低い声で応じるリッカ。


「いやー、リッカはなんというか・・・・・・クライアントっつーか同志という認識の方が強いもので……」


「まっとうな得意先だろ! 顧客だ、この国が!」


「えー、そんなこと言ってると届けてやりませんよ、色々と。わざわざ偽装までするのは面倒で面倒で……」


にへらと緩くにたつく天音にやましいところがあるのか、押し黙るリッカ。


「みゅ? リッカがなんか頼んでるの?」


何故か目の前にいるリッカ本人にではなく天音に尋ねる苺に、諭すような口調で天音は口を開こうとしたのだが……


「そんなことは知らなくていいですからおやつでも食べてきたらどうですか。ほらほら、地球に行くなら持っていくもののリストでも考えといてください!」


と、半ば強引に苺を応接間から追い出してしまった。


「あー、説明しようとしたのに……」


「しなくていい!!」


今までに何があったのかはさて置いて、そういえば要件を聞いていなかったことを思い出したリッカは今更ながら尋ねた。


「そんなの! 目本へ行って夏の祭典に参加するために決まってるだろ!」


「知らんよそんなもの! 大体なんでこっちに来る必要があるんだ!」


「なんでって……知り合いに男の娘がいるというのに、利用しない手はないだろうと……」


「誰だ! そんなことを言った奴は!」


「ダラス」


「だと思ったよ!」


というか、それ以外考えられるわけがない。彼は自称苦労人の林檎の同僚で、いつも暇さえあればリッカに嫌がらせを仕掛けてくる。とどのつまり暇人だ。何故なら、自分の仕事をうまいこと言って部下や林檎に丸投げしているからだ。そして何故かその被害にリッカも遭っている。主に林檎の八つ当たりという形で。


「まあまあ、落ち着けよ」


「落ち着いていられるか! あととっとと帰れ!」


「えー、いいだろ別に。明日には行きたいんだよな。泊めてくれよ、帰るの面倒くさい」


「部屋は貸さないからな! 大体お前みたいなのを城で寝泊まりさせるなど……」


「危ないって? ならお前の部屋でもいいぜぇ?」


「断固お断りだ!」


「なんでだよ、つれないねえ……明日の準備手伝うからさあ……」


「む……」


天音にも分かっていたのか、その提案はリッカにとってかなり魅力的なものだった。


「ほら、お前これから姫とかの浴衣やらなんやらどうせ作らされるんだろ? ならその間俺が相手してやれるし、荷造りもさせられるし。メリットだらけだぜ?」


「…………分かった、俺の部屋の簡易ベッドを貸してやる。でも頼むから大人しくしておいてくれ……」


「よっしゃっ! 了解だぜ執事さん!」


「ならそこに散らばる荷物の類もちゃんと片付けてくれよ、俺の部屋に置いといていいからさ……」


今日も執事の苦労は絶えない……。




「さて、明日出発って無理あるよな……やるしかないんだろうが……。じゃあまず荷造りリスト作って、目本に連絡入れて、手土産作って、浴衣作って……作ってばっかりか……。まあまずは天音の世話しないとな……一応客人だし……」


ブツブツと予定を組み立てながら部屋へ戻ろうとすると


「こんにちは! フラワーショップキラ星の(さつき)でーす!」


いちご星御用達の花屋の店員、皐がやってきた。


「ああ、いつも配達ありがとう……って何か頼んでましたっけ?」


「ああ、今回はプレゼントです。うちの(めい)がリッカさんにって。受け取ってくれますか?」


「あ、ああもちろんです。ってなんで私に……?」


「あ、あーそれは……開けてからのお楽しみってことで……」


「はあ……まさか、毒性のある植物とかじゃないですよね……」


「そんなことは絶対にありません! とにかくこっそり一人きりで見てあげてくださいね」


「わ、分かりました……。あ、そうだ。明日地球へ行く予定なのでまたよろしくお願いしますね。と言っても私は別行動かもしれませんが……」


「あ、ホントですか? 明日定休日だし、ぜひ遊びに来てくださいね! では失礼します」


皐は優しいほほ笑みを終始たたえつつ、そのまま去っていった。


「プレゼントって……なんだろうな……あとにしよう……」


とりあえず包みを厨房近くの隠し扉――リッカしか知らない――の中にいれ、部屋へと戻るリッカ。




「お、戻ってきたか。それよりお前の部屋どうなってんだよ……コスプレの衣装ばっかりじゃないか」


にやにやと笑いを貼り付け部屋に戻ってきたリッカに声をかける天音。


「勝手に人のクローゼット開けるな、あとそれは全部ダラスからの嫌がらせだ」


「あれ、全部姫とかに渡していたんじゃなかったのか?」


「大概はな。でもさ……こんな衣装渡せるか?」


リッカは天音が漁っているクローゼットの奥の方から制服と思しきものを取り出し見せた。


「ちょっ、これあのアニメの……」


「俺は知らないが、こんなもの渡せるか? 無理だろ? だからこうやって溜まっていくんだ……いつか処分しようとは思っているんだが……」


「えー、もったいない。そんだけのクオリティのモンだぞ?」


「いらないもの持っていても仕方ないだろ……」


「じゃあさ! お前コスプレしろよ!」


「嫌だよ! なんでそういう結論!?」


「え? お前の素材もいいし、衣装も完璧だし……」


「だからといってやる必要ないだろ!」


「白髪でショート……ふむ、あのキャラと……あれもいけるな……」


「無視すんな!」


なんだかんだで息の合っている二人であった。




「あーもう、じゃあとりあえず荷造りリスト作ってみたから姫とかの手伝いしてやってくれ」


「らじゃったー。あ、目本にも連絡いれとくぜ? もっとも、ダラスは知ってるがな」


「ああ、ありがとう。助かるよ……」


「じゃっコスプレの件は頼んだぜぇ! 衣装は決めてあるから覚悟さえ決めてくれればいいよ!」


「……ちっ、分かったよ……ただし、普通のにしただろうな? 一応俺男だからな?」


「わかってるってーあんまりなのにすると絶対拒否るからその際どいところをつけたと思う!」


「はあ……」


こうして、リッカはコスプレを余儀なくされ、平和な日曜の大半を浴衣作りと手土産作りに費やすのであった。




「……ふう、手土産はこれでいいか」


数時間後の厨房には大量のスイーツが並んでいた。どれも目を見張るほどの出来である。


「時間なかったからマカロンとか作れなかった……ホント急すぎる……」


ぐちぐちと後片付けをしながら文句を垂れる執事。


「ふう、じゃあ次は浴衣か……どうするかな……五人分? 生地はいいとして、デザインだよな……」


「あ、リッカ様! 浴衣作ってくださるんですよね? 天音様から聞きました! あのですね……」


厨房からでて廊下をとぼとぼと歩いていたリッカに神華(みか)が駆け寄りつらつらと自分の計画を話し出した。それを無表情で聞くリッカ。


「じゃあ、そんなわけでお願いしますねー私たちは天音様と荷造りしてますから!」


言いたいことだけ言って颯爽と来た道を駆けもどる神華を無言で見送るリッカ。


「はあ……やるか……」


神華がガトリング砲のように喋っていった内容を反芻しながら材料置き場へと重い足取りで向かっていくリッカの姿は悲痛なものを感じずにはいられないものがあった。




それから、また数時間。既に日は西に大きく傾き――と言ってもいちご星内の太陽の明るさが変わっただけなのだが――夕食時まであまり時間がない。


「リッカー、浴衣できた? あとお夕飯は何かな?」


今日一日の苦労を知らない苺は無邪気にリッカの作業室を訪ねた。


「ああ、姫。ちょうどできましたよ、これ」


少し、少しだけ疲れた声音でリッカは苺のために作ったフリルたっぷりの和服とドレスの合いの子のような浴衣を差し出した。


「わー! 可愛い! ありがとうリッカ! やっぱり天音さんのいう通りだったよ、リッカはやっぱり凄いね!」


「あ、ありがとうございます……」


さっきよりずいぶんと安らかな顔つきになったリッカにお夕飯よろしくねっと手を振って出て行った。と思いきやまた戻ってきた。


「お姉様のってどんなのなの? ちょっと気になるんだけど」


「ああ、林檎様のはですね……」


と、紫色が艷やかな浴衣を苺の前に掲げるリッカに、苺が絶叫した。


「お姉様のやつと同じのがいい! 色違いで作ってよ!」


「え、えー……」


実は、作りながらそんな予感はしていたのだ。それでも現実から目を背けたかったリッカは結局面倒ごとを引き受けることになってしまった。


「作ってよー、ねえお願い!」


「……そしたらお夕飯が遅れますよ? いいのですか?」


「う、うー……」


涙目でプルプル震えながらリッカを見つめる苺を、悪魔、いやあくまでリッカは冷静に見つめ返した。


「あ、飯なら俺がつくりますよ、姫」


その時ひょいと顔を出したのは天音だった。


「え? 作ってくれるの? やったー! じゃあリッカよろしくね!」


そして今度こそ苺は出て行った。


「お前、料理できんのか?」


「お前ほどじゃないがかなりの腕だぜ?」


「……そうか、じゃあ任せた。くれぐれもメイド三人には手伝わせるなよ」


「ん? なんで?」


「あの三人はな、どんな料理も毒物に変えるスキルを持ち合わせているんだ……それはそれは恐ろしい能力で苺のトラウマになっている」


「そ、そうか……分かった、気をつける」


天音も顔を引きつらせて出て行った。


「じゃあ、色違い作るか……お揃いもーっとか言いそうだからそっちも作らないとな……」


執事の苦労の日曜はまだ続く。




浴衣を作り終え、夕食の席へ。夕食は既に終わりかけであった。


「あ、遅かったねリッカ。デザート食べてるところだよ。天音さんってお料理上手だね、おいしかった!」


「いやあ、リッカの料理にはかなわないですよ、姫。喜んでいただけて光栄です。デザートもお口に合いましたでしょうか?」


「うん! 美味しいよ!」


「それはよかった。あ、リッカの分の夕食もあるぞ? すぐ用意できるけど?」


「ああ、有り難い。ちょっと片付けだけしてくるからその間に頼む」


「了解した、お疲れ様」


リッカに労いの言葉をかけ、厨房へと天音は消えていった。


「姫、浴衣ができましたがどういたします?」


「着る! お揃いのやつ?」


「ええ、一応」


「私たちも見に行ってもよろしいですか?」


苺とリッカの会話を聞いて三人のメイドの一人、聖華が尋ねてきた。


「ああ、もちろん来てくれて構わない。一度着てもらいたいし」


「「「分かりました!」」」


三人仲良くいい返事で答える。さすが三つ子なだけあるというべきか。


「じゃあ早速行こうよ!」


「口にクリームをつけたまま行かれるおつもりですか、姫」


張り切って飛び出そうとした苺に冷静に注意する(ゆう)()であった。




「どうかなリッカ!」


「……ないわー」


「ええ!? 酷いよ!」


あんまりなリッカの反応に衝撃を受ける苺、しかし苺の恰好の方がよほど衝撃的である。


 今、苺はリッカが作った林檎とお揃いの浴衣を着ていた。なんというか、苺の幼い容姿とミスマッチして、そう言うなれば……


「……これは事件レベル」


「違うよ!」


神華のつぶやきにも律儀につっこむ苺だが、誰も耳を貸さない。似合っている、似合っていないの問題ではなく、こんな恰好で出歩かせるわけにはいかないと誰もが思うであろう姿。


「いいじゃん! 大人っぽいし! お姉様とお揃いだし!」


「いや、確実にアウト……」


「じゃ、じゃあこっちの色違いで!」


「……まあ、いいでしょう。じゃあよろしいですか?」


「うん!」


だなんて無邪気に頷く苺を見て、リッカはかすかな罪悪感を覚える。実は、色違いといっておきながら微妙にデザインが変わっているのだ。どうせ事件になるのだから最初から手を打たねばならなかったのである。苦労を回避するためには仕方がなかったのだが、それでも胸が痛んだ。


「うにゅ? どうかしたのリッカ?」


思わずこわばってしまったリッカの顔を見て苺が無邪気な瞳で尋ねる。


「ああ、いえ……なんでもありません。少し疲れただけです……」


「リッカ様ー、私たちの分もバッチリです! ありがとうございます!」


丁度神華が浴衣のチェックを終えて、話しかけてきたので、リッカはとてもありがたかった。


「大丈夫だったか、よかった。じゃあ私は夕食を摂ってくるからその間頼んだぞ」


「はーい、了解です!」


こうして、苦労の日曜始まって以来の休息の時間を得たリッカであった。




「いやー、お前も一日大変だったな。今更だが悪いな、押しかけてきて」


「今更すぎるだろ……いや、でも助かった。感謝してる」


「そうか、ならいいけど。そうだ、明日の出発時間って何時だ? イベントはパス持ってるから並ばないで入れるけど……七時には行きたいところだな」


「……正気か? SAN値大丈夫か? なあ、俺は犬か馬か、はたまた奴隷か?」


「いや、で、出来ればそうして欲しいかなーなんて……」


急に引け腰になる天音。それもそのはず、リッカの目は既に紅くちらつき眩い白髪も今では燃えるような紅に染まり始めている。


「……ふん、いいよ。やってやるよ、ここまで来たらなんでもやってやる……!」


リッカはついに不貞腐れてしまったようだ。


「そういえば皐さんがなんかプレゼント置いていったな、なんだったんだろう。ちょっと見てくる」


「ん? ああ行っといで」


隠し扉にたどり着き、中の包を出す。


「なんだろう、これ……赤い薔薇の花……?」


包には沢山の赤薔薇が。そして持ち上げると何かが落ちた。


「……カード? 萌さんからだ。えーっと……お仕事ご苦労様です、か。ありがたいなあ」


今日一日の苦労を思い出し、リッカは萌の優しさが心に染みた。


「なんだったんだ? ってその薔薇どうした?」


「ああ、プレゼントってこれだったんだ。萌さんからだとさ。仕事お疲れさんってカード付き」


「へー、よかったな」


天音は赤薔薇の花言葉をリッカが知っているか聞こうとしたが、言わないほうが面白そうなのでやめた。そしてリッカはそんなことには微塵も気がつかずに薔薇を応接間の大きな花瓶にいけた。




「出発は明日の早朝なので今日は早めに寝てくださいね。莱夢(らいむ)様もネットばっかりやってないでとっとと寝てくださいね?」


「……莱夢、目本に行かないもん」


「え?」


明日の予定が決まり、苺やメイド達に説明していると苺の妹である莱夢が衝撃の発言をした。


「桜お母様とお留守番するって決めたんだもの、ちゃんとお勉強しないと林檎お姉様に叱られちゃう。会いに行きたいけど、我慢する」


「え……い、いいんですか? 本当に……?」


「いいの! 莱夢はお留守番なの! その代わり!」


ビッとリッカに指を突きつけて言い放つ。


「莱夢はちゃんといい子でお勉強してますって林檎お姉様に伝えること! 忘れたらリッカのパソコンクラッシュしてやるんだから!」


「あーはいはい、分かりました。了解しましたよ……」


何かを諦めたような口調のリッカに対して、苺は納得いかないといった口調で文句を言いかけたが妹の凄みのある目つきに怯み押し黙ってしまった。


「えーっとじゃあ参加メンバーは六人でよろしいでしょうか? では各自荷物を忘れないようにしてくださいね、頼みますから!」


「「はーい」」


返事は優等生の五人である。




翌日の早朝、太陽が白む少し前。


「全員の搭乗を確認。皆様おはようございます、昨晩はよくお眠りになられましたか?」


「「……すー……すー……」」


「「全員既に爆睡!?」」


そう、あまりに朝が早かったため操縦を担当するリッカと天音以外座席に座って一分以内に睡魔の猛攻に屈してしまったのだ。城の朝はゆっくりなのだ。 何故なら早く起きすぎるとリッカの邪魔になるから。因みに、莱夢と桜女王は見送りに来なかった。地球へ行くくらいで見送りをしていられないのであろう。


「……じゃあ、行くか」


「おう」


操縦者組はそれだけの言葉を交わし、果糖の力でロケットを離陸させた。




数時間後、目本の大使館の横に見事な着陸を終えて、リッカと天音は荷物を運び出していた。


「結局誰も起きなかったな」


「熟睡にも程があるだろう……」


操縦者組は少しばかり疲労の色が見える。と、そこへ林檎とダラスがやって来た。


「おはよう、二人とも。お疲れ様、また妹のわがままに付き合ってくれて」


「つーか連絡昨日だぞ? 冗談で言ったのになんとかなるもんだな」


「冗談って……ダラスお前……」


「……いい加減リッカが不憫だな。可哀想に」


天音の顔がリッカの不憫さに引きつっている。


「まあ、それはいつものことだからさて置いて。ほかのメンツはどうした?」


「ああ、まだ機内で爆睡中だ。呼んでこようか?」


「いや、いいよ別に。あいつら、というか主に苺がいると煩いし。それより天音、リッカの衣装の件は?」


「おお、バッチリだ! さてリッカ、覚悟は決めたか?」


「ああ、もうどうにでもしてくれ……」


不憫な子、リッカは諦めたようだ、色々と。


「あ、林檎様。手土産としていくらかスイーツをお持ちいたしました」


「おお、気が効くな。毎回毎回ありが……」


「おっし! じゃあもう行くか!」


手土産を渡した次の瞬間にはテンション急上昇のダラスに引きずられるようにしてリッカは傍に止めてあった車に乗せられて連れ去られていった。


「誘拐事件……?」


ひとり取り残された林檎は呟いた。そしてスマホ、通称林檎携帯で呟きもした。




「さーて、リッカさんや。この衣装を着てもらおうか」


「おい、なんだその衣装! ちょっ、おい! やめろぉおおおおお!!」


運転を任された天音は、ダラスに取り押さえられるリッカに心底同情しつつも、同時にダラスグッジョブとばかりに賞賛もしていた。そしてイベント会場へと車を走らせるのであった。




「すー……すー……っは!」


 ロケットの中、いち早く目を覚ましたのは苺だった。


「ねむー……ってもう目本着いてる? リッカいない……」


ぽけーっとしながら機体から降りる。そこには……


「わーい! お姉様だ! おはようございます!」


「おはよう、朝から煩いなあ苺は」


「うん、お姉様に会えたから元気になった!」


「じゃあその勢いで駄メイド共を起こして来い」


「わかった!」


さらりと暴言を吐いた林檎の言葉に素直に従う苺。そしてロケットの開け放した扉から三人の嬌声、いや奇声が響いてきた。数十秒後、少し髪の乱れた駄  メイド……メイドが降りてきた。


「おはよう、役立たずのメイド共」


「「「……おはようございます、林檎様」」」


「そういえばリッカはどこ?」


「ああ、今しがた誘拐……いや、ダラス達と出掛けた。お前たちが寝こけている間に。でもほら、手土産を置いていったぞ……お前たちが寝こけている間に」


「に、二回も言わなくても……」


「いやーリッカは凄いなーこれだけの仕事をほぼ一人でやってきたんだから。操縦までやってなー……お前たちが寝こけている間に」


「「「「……ごめんなさい」」」


「ふん、まあいい。じゃあリッカの手土産でも中で食べながら今日の予定を決めようじゃないか」


「あ、お姉さま! 私はねー……」


「中にはいってからだといっただろう、目本語通じてるか?」


「うう……はーい」


沈み込んだメイドに代わり、苺が張り切って声をあげるも冷静にいなされてしまう。




「もぐもぐ……で、どうする?」


リッカの作ったスイーツを食べながら林檎が尋ねる。そこへ苺がさっき言いそびれた提案を口にする。


「あのね、プール行きたいんだけど!」


「え、面倒だから却下」


「何で!? 泳ぎたいもん! プール! プール!」


「あーもう……分かったから静かにしろ。メイドはそれでいいか?」


「「「「……はい」」」


まだまだ沈んではいたが、プールへ行くことに決まって少しだけ元気になったメイド三人であった。



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