バスルームの住人
物書き初心者の書いた、BL小説でございます。
そういった意味合いで閲覧注意です…。
うちのバスルームには、嫌な住人がいる。
うちというのは、比較的都心に近い場所にあるアパートのワンルーム。
そのバスルームというのは、本当におまけ程度の小さな風呂場。
そのバスルームには、一週間前から大嫌いな義父が住み着いていた。
僕は実母からの仕送りで暮らす貧乏学生。
その実母は一ヶ月前、うちのバスルームに居座る義父と再婚した。
そして、一週間前に派手な喧嘩をやらかし義父は僕の家へ。
逆じゃないのかと言いたい、うちに来る人間が。
とにもかくにも、自宅に帰ると僕は嫌でも大嫌いな義父と顔を合わせなくてはならない。
義父はバスルームに住んでいる、そして今は夏。
シャワーを浴びないわけにはいかない、出てもらわないわけにはいかない。
バスルームは狭い、それ以前に裸を見られたくない。
そんなこんなで、僕は今日もしかめっ面でバスルームの戸を開けた。
「お、おかえりぃ。暑かったろ」
「この室温の中、バスルームに住み着いてられるあんたの気が知れない」
室温、温度計を振り切っている。
そんな中で狭いバスルームに座り込み、にこにこ笑う義父。
やっぱり嫌いだ。
この笑顔が嫌いなんだ。
いい歳なのにやたらとイケてる、このオヤジが嫌いなんだ。
母さんが惚れるのもわかってしまう顔が笑顔を作って、それが今は僕だけに向けられている。
何か勘違いしそうになる、この瞬間。
暑さのせいだと思い込み、僕は早々にバスルームから義父を追い出した。
シャワーを浴びた後、更なる地獄が待っている。
義父は勝手に扇風機に当たり、冷蔵庫から取り出した炭酸のジュースを飲みつつ僕を一瞥。
そして、ニヤリと笑って手招きするのだ。
「今日も家賃を払わなきゃな、可愛い息子よ」
「僕はあんたの考えてることがわからないよ、おっさん……」
嫌そうに首を振る僕と、立ち上がってそんな僕に近付いてくる義父。
そして、激しく暑いというのに義父は僕をキツく抱き締める。
これが、毎日。
嫌いだ、嫌い。
僕は義父の大きな体に閉じ込められながら、うるさくなる自分の鼓動にイラついた。
僕の背中を撫でながら、義父は言う。
俺は可愛い息子を可愛がりたいだけだ、と。
義父のゴツゴツとした手が、僕の背中を這い回る。
何故、僕は抵抗しないのだろう。
暑さでぼーっとする頭で、イラつきながら考えていた。
すると、そんな僕の耳に囁きが吹き込まれた。
「やっぱり可愛いな。お前の母さんより、ずっと……」
今、このオヤジは何と言ったか。
再婚した自分の妻より、その連れ子の息子が可愛い?
こんな、真夏の密室で抱き合う意味で?
僕の心臓は、一気にうるさくなった。
同時に、僕は力いっぱい義父を突き飛ばしていた。
義父は大きな物音を立てて、クローゼットに背中を打ちつけた。
僕は荒い息を吐きながら、痛がる義父を見ていた。
「いってぇな……本当のことだろうが」
「いい加減にしろよ、変態オヤジっ……」
僕の視界がぼやけていく。
そんな僕を見て目を見開く、変態オヤジの義父。
一度開いた僕の乱暴な口は、止まることを知らなかった。
大嫌いな義父に向けて、最悪の言葉がぶつけられていく。
「何なんだよ、あんたは……!母親の再婚相手にドキドキする僕がおかしいのか?あんな風に抱き締められて、触れられても僕がおかしいのかっ!?」
いつの間にか、僕は真っ赤な顔で泣いていた。
そこそこの歳の男子が、ぼろぼろと。
そんな僕を、義父は静かに見ていた。
そして、クローゼットに背中を預けていた義父が立ち上がる。
ゆらりと立ち上がって、立ったまま荒い息で泣く僕に近付いてくる。
そして、僕の頭に大きな手を乗せて呟いた。
「お前の母さんとの喧嘩の原因、話してなかったっけか」
「……っく、何だよ、今話すことかよっ……」
義父は静かに、息を吐いた。
そして、僕の言葉を無視して母さんとの喧嘩の原因を口にした。
「お前の母さんよりお前を好きになったから、喧嘩になった」
義父の言葉は、見事に僕の頭を真っ白にした。
冗談に聞こえたらまた突き飛ばしていたが、最悪なことに冗談には聞こえなかった。
義父は言葉を続け、僕はいつの間にか泣きやんでそれを黙って聞いていた。
「この歳で目覚めちまったんだから、仕方ないだろ。しかも、再婚の後に。今この状況、俺だって必死こいて維持してるわけで……」
ピリリリリリ。
その時、微妙なタイミングで僕のズボンのポケットに入っている携帯電話が鳴り出した。
義父は、携帯を見るように僕を促した。
僕はポケットに手を突っ込み、携帯の着信を確認する。
着信の正体は、母さんからのメールだった。
僕は黙って、メールを開く。
嫌な予感はしていた。
こんな展開になった途端、きっと急に義父は母さんの元へ戻ってしまうのだ。
きっとそんなことになる内容のメールだろう、僕はそう思っていた。
そして、現実は何でもかんでも僕を裏切る。
母さんからのメールは、僕にとってあまりにも衝撃的だった。
硬直する僕の手から、携帯が奪われる。
携帯を奪っていった義父は、母さんからのメールを一読すると吹き出した。
「あーぁ、離婚されちまった」
「……僕も、縁を切られた」
そう、母さんはこの義父との離婚と僕との絶縁をメールで告げてきたのだった。
理由は、簡単に書かれていた。
義父は変態だし、悔しくて僕が許せない。
母さんは近日中にサインをした離婚届を送ってくると、メールの最後に書いていた。
未だに笑い続ける義父と、すっかり頭の中が冷えてしまった僕。
僕は本当にごく自然に、義父の体に身を寄せていた。
「これは、両思いと受け取っていいのか?元息子よ」
「勝手にしろよ、元親父……」
拗ねたような僕の声に、義父はもう一度笑った。
そして、義父の大きな手が僕の顎を持ち上げて義父と目が合う。
吸い寄せられるように唇が重なって、一瞬で離れた。
あぁ、もう戻れない。
僕はそう思いながら、義父ではなくなったただのオヤジの顔を見つめていた。
オヤジの目が、にこりと笑う。
「今日から俺が養うのはお前になったから、全部任せとけ」
オヤジはそう言って、自分のズボンのポケットから分厚い財布を取り出して僕に見せた。
僕がそんなことを心配しているように見えたのか、オヤジは更に続けた。
クーラーなんて何台でも買ってやるぞ、とか。
しかし、僕の表情が晴れないのはそんなことが原因ではなく。
僕が憂鬱そうなのは、目の前のオヤジに何となく敗北感を感じていたからだった。
こんな地獄のような真夏に、バスルームで生活するほどに思うなんて僕には出来ない。
それ故に、何とも言えない気持ちが僕の胸を渦巻いていた。
味で例えるならば、甘酸っぱい。
しかし、いつまでも暗い顔をする僕にオヤジは止めを刺した。
「……好きなんだからいいだろ、もう。何を悩んでるんだか知らんが、男らしく諦めろ」
男らしく諦めろ、そう言われてしまってはもうどうしようもなかった。
僕は感情のままにオヤジに抱き着き、汗ばむ肌を密着させた。
僕のうるさい鼓動に気付いて、オヤジが笑う。
真夏のワンルーム、狭いバスルームに男二人が同時に世話になることもありそうだ。
特に今日は、絶対にもう一度シャワーが必要だ。
まだまだまだ、僕もオヤジもお互いから離れそうにない。
温度計は、最高温度を振り切っている。
閲覧、ありがとうございました。
作者の双月でございます。
「僕」と「義父」のお話、どうでしたでしょうか。
私的には、非常に楽しんで書けました。
また双月の作品で惹かれる物がありましたら、ぜひ閲覧してくださると嬉しいです。
以上、作者の双月でした。