第1話 祝福の輪の外で
ジューンブライドは幸せになれると言われている。
言葉の通り、チャペルから出てきたふたりは幸せいっぱい、と言う感じだ。
私は、ここから見下ろして、誰にも聞こえない声で「ふふっ」と笑う。
整った顔立ちのイケメンは、これから起きる破滅も知らず、自信に満ちあふれた表情で、笑顔で手を振ってみせる。
男性の左手に、自分の右手を添えて歩調を揃える新婦も、清楚な笑顔を振りまいている。
「お腹、大きくならなくて良かったね」
これだけ距離があるんだもの。そのくらい呟くのは、ありだと思う。
幸せいっぱいの二人のために、アーチを作った人々は、祝福の花びらをふわりと投げかけている。
祝福の太い声は、新郎のノリの良い友人たちだろう。何か言葉をやりとりしながら、嬉しそうだ。
フラワーシャワーの中を、にこやかに、ゆっくりと歩むのは、私の姉・花村望未と、凍堂幸人さん。
一点の曇りもなく、幸せそのものだ。
姉は、たっぷりと手間を掛けたクラシカルな純白のドレスを着て、笑顔。「全てを手に入れた」という自信に満ちた、いつもの顔。
清楚な花嫁姿を演出する化粧は完璧だ。この日のために通い詰めたエステのおかげか、ここから見ても、全身から「幸せな花嫁」だと言わんばかりに光り輝いている。
ドレスだって、何度も手直しが入っただけあって、肩口にかかるレースも、背中のラインも完璧に整えられている。それが、姉の趣味に合うかどうかは知らないけど。
幸人さんは、少し照れたように笑っている。
細かいところまでチェックを受けたタキシードは、きちんと仕立てられて、よく似合っていた。
歓声が上がった。
肩を抱き寄せて、挨拶をしているらしい。
カメラマンがビデオを回し、差し上げられたスマホが頻りに写真を撮っていた。
――シアワセそうね。
カップルを取り巻く、人の輪を見下ろしながら、心からそう思う。
私は、その輪の中にはいない。
式場の庭を見下ろすカフェで、ただ、それを見ているだけ。
だから、ふたりの声は聞こえない。幸せそうな表情だけを、私は見ている。
「ノン。あなたは、昔から、そんな顔をしてきたよね」
欲しいものを手に入れた時の、満足そうな笑み。
自分が選ばれたと、疑いもしない、自信に満ちた顔。
拍手が、ここまで響いてくるほど、大きくなった。
誰かが「おめでとう!」と叫んだ。
もう一度、ふたりは、お辞儀をしてみせた。
姉、そして、私の元婚約者……
「おめでとう」
小さく、言葉にしてみたら、心の中が思ったよりも弾んでしまった。
親戚や、新郎の友人たちに囲まれて写真を撮る姿。この後、何度も何度も写真を撮るのだろう。
「私は、そろそろ行くね」
窓の外に向かって、そう言ってみた。
日曜日だけど、私には山ほど降りかかってきた仕事がある。
ふふっと、最後に冷たい笑いを漏らしてしまうのを、私は自分に許した。多分、姉をこの目で見る、最後になるのだから。
二人は、これからハネムーン。ヨーロッパを2週間。
帰ってくる頃には、私の仕事も終わっていると良いな……
駅への道のり。
子どもの頃のことを思い出すはずが、なぜだか、あのバッグのことが頭に浮かんでしまった。
「考えてみれば、あれ以来見てなかったな」
元婚約者からもらった、あのバッグだ。
ブランドものだと聞いたけど、私が箱から取り出す前に、姉のものになっていた。
「ずっと、ノンは、そうだったよね」
ノン――望未
二つ年上の姉。
なんでも欲しがる「のぞみちゃん」は、妹のものを、全部、手に入れないと気が済まない。
だから、私は「望未」と呼ばず、ただ「ノン」とだけ呼ぶと決めたのは、いつのころだっけ?
フランス語を大学で習ったとき「ノン」の意味を知って、ちょっと笑ってしまった。
ノン――拒否
私は、きっと、本能で拒否したかったんだと思う。
私の名前は花村愛実。
いろいろな意味で「恵まれていない」せいか、親ですら、メグとしか呼ばない。めぐみ、という名前で、親から呼ばれた記憶はほとんどない。
「呼ばない名前なら、最初から付けなきゃいいのに」
そんなことを考えるようになったのは、いつからだろう。
たぶん、ずっと前からだ。
なんでも欲しがる「のぞみ」ちゃんと、めぐまれてない「めぐみ」ちゃん。
私が手に入れた物は、ぜーんぶ姉が欲しがるから……
おもちゃ。
文房具。
服。
私が大事にしていたものは、気づくと、みんなノンの部屋にあった。
「ちょっと借りるだけ」
「一緒に使お?」
「交替でね」
その言葉のあとで、返ってきたことは、一度もない。
親は、それを止めなかった。
「姉妹なんだから、仲良くしなさい」
「仲良く、一緒に使いなさい」
仲良く、一緒に、という言葉は、便利だったのだろう。
ノンが気に入らないものは、私のもの。
ノンが気に入ったものは、ノンのもの。
いつしか、我が家のルールになってしまったのは、いつからなのか、自分でも思い出せないくらいだ。
駅のホームに着いて、電車を待つ私を祝福する人はいない。
白いドレスの代わりに、スーツ姿の私だ。
ふっと、スマホを見ると、静かなまま。誰からも、何も来ていない。
当然だよね。
祝う人は姉に送り、祝わない人は言葉を無くしているはずだ。
休日出勤の電車は何事もなく過ぎていく。
今日の私は,みんなに祝われてはいけない日なのだから、何もなくて当然。
どこかに遊びに行く親子連れの幸せそうな姿を見ながら、私は、深く息を吸った。
――幸せだよ。
これでようやく、奪われる人生は終わる。




